ねこですよろしくおねがいします

 同じクラスになったことがあるのに印象が薄いのは、舞浜君が休み時間中も自分の席で本を読んでいるようなタイプで積極的にクラスメイトと関わろうとしていなかったせいだ。彼がどんな人間かまったく知らなかった。何を考えているのかもわからないというのは私も言われたけど、それでも親しみを覚えるほどのシンパシーを抱かなかった。彼は他人を拒んでいる節があって一年間同じ教室で過ごしても距離は埋まらなかったし、また自分から埋めようとも思えなかった。

 こうして体育館裏で舞浜君と対面して会話をしてみても、彼の人となりは掴めなかった。たしかに触れはしたし、その体温を肌に感じられたけど、それでも大仰な振舞いで講釈を垂れる彼との間には見ない壁があった。彼自身が、私と、いや私に限らず周囲の人間みんなと線を引いているのを感じる。すぐそばにいながらも本質的には、去年の教室と変わっていない。

「幽霊の話をしよう。キミも七不思議については耳にしたことあるだろう」

「第三棟の廊下に現れるっていう?」

 能力についてわかっただけでいまだに何故彼が私を呼び出したのかは不明のままなのだから、まだ説明は終わっていないと予測をつけられたけど、返事をしつつも真剣に耳を傾ける気はもう失せていた。立ち去るつもりはない。それでも、こんな方法で接触を図る彼に、よく知りもしない相手に告白して交際を迫る男子のような独りよがりさを見出し気持ちが冷えていく。

「それだよ。暗闇に対する恐怖心が幻影を見せるのでもなく昼間に出現するなんて妙だとは思わないかい?目撃した人間はどうしてそれを幽霊だと判断したのか?一般的に霊とされるものは見えはしても触れないものだ。人の姿はあるのに触れられなかったからこそ幽霊と判断されたのではないだろうか。見えても触れない。これは何かに似ていると思わないかい。僕たちの能力は、目視できなくなるが実体までなくなるわけじゃない。ちょうど鏡合わせのような存在だと思わないかい?」

「そうかも」

「幽霊と僕たちは同質なんだ。ただ見る方向が変わっただけで。たとえ話をしよう。キミが海へ泳ぎに行ったとする」

「海へ?」

「キミは浮き輪をつけて海面を漂っている」

 しおちゃんと海水浴に行ったことはないしビーチに好んで足を運ぶイメージもないけど、誘えばついて来てくれそうだ。私が入った浮き輪を掴んでバタ足で運ぶしおちゃんを思い浮かべ可笑しくなった。

「さて、そのときキミは他人からどう見えるか。海面が光を反射して水中からはキミの脚しか見えない。逆に地上からは上半身しか見えない。しかし、キミは浜辺を観察することができるし顔をつければ海中を覗きこむこともできる。つまり、そういうことなのさ。海原を漂流しているのが僕たち能力者なんだ。半分水に浸かり、もう半分は出ている。二つのセカイにまたがって存在することができるわけさ」

「へえ~そうなんだ」

「このセカイは重ね合わせ状態として存在している。片一方のレイヤーからはもう一方を認識することができない。しかし、僕たちは違う。自身の存在を確率的の偏らせることができる。普段は陸で暮らしながらも海面を漂うことができるようにね。偏った存在というのは、一方のレイヤーにしか属さない人間には実体を半分欠いたものとして映る。幽霊であったり透明人間であったりとね」

「なるほどね~」

「もちろんこれは単純化した話で、実際はもっと複雑なんだけど。セカイは複合的に重なっている。雲のように輻輳ふくそうしたセカイを正しく収束させるのが能力者、第六次元の知覚シックスセンスを持った者の使命なのさ。ゆえに僕たちはこう名乗っている。輻輳機関デコヒーレンスと」

 私は理解する。こいつは自分を選ばれし者とだど考えている。そうやってまわりを見下している。

「正しいって何?」

「セカイを安定させる人類を守ることだよ。無限に枝分かれする未来、その運命の分岐点において悪しき芽を摘み取り、より良く、より安定し、より正しいほうへと導く。重なり合ったセカイを覗くことができる僕たちは、あり得るかもしれない別のセカイを知ることが可能なさ。戦争パンデミック大規模災害経済危機、そうした人類を脅かす災厄を未然に取り除くことができる。並行して存在する可能性に干渉し、確率を偏らせ悪しき未来を消し去るのさ。量子テレポーテーションテレパシーで余剰次元に情報を送り、高次元からの観測により重ね合わせとしてのセカイを収束させてね」

「都合のいい未来を選び取るってわけ?」

「そういうことさ」

「傲慢。セカイを正しいほうへ導く?結局、自分たちの都合のよいセカイを作ってるだけじゃん」

「そんなことはない。僕たちは人類全体の利益を鑑みて判断している。間違っても個人的な感情やエゴによって動いているわけじゃない。このセカイを、人類のことを考えている。人々が大きく道を踏み外さなかったのは機関による選別があったからこそだ。避けるべき可能性を退けてきたからこそ、セカイは正しいものとして、安定したものとして守られてきた。だから、キミにもそれに協力して欲しい」

 はっきりと言ってやる。

「イヤ」

 口にしてから、この私の答えが彼らの望むものでなかったら人類の益を損なうセカイとして私もろとも消えてしまってもおかしくないと思い当たる。私が機関に入るという選択肢以外は不都合なものとして切り捨てられ、私はここにいられなくなる。彼らによって私が一員となるセカイに確定されれば私は消滅する。

 けど、そうはなっていない。私はここにいる。無限に存在するだろうセカイがあっても私の感情は彼らの自由には出来ず、そしてだからこそこの気持ちは本物なのだ。皮肉にも彼らによって正しさが保証されている。

「どうしてだい?」

「あなたが嫌いだから。たいそうなことを言っているけど、つまるところそれって線民意識で周囲を見下してるだけでしょ」

「待ってくれ。なぜそうなるんだ。セカイを導くことのどこが間違っているというんだ。見下しているだって?そんなことはない。能力者だからって特別ではないんだ。ここが可能性のセカイとしてあるのか、量子コンピュータ上のシミュレーションなのかは僕らは知り得ない。このセカイにいる僕たちは観測者にはなれない。セカイを確定させるのは外側の力で、僕たちは内側であがいているにすぎない。能力があろうとなかろうと、観測者になれず可能性でしかない僕たちは、このセカイの人類は等しく平等なんだ」

 言葉は通じているのに肝心のところでズレが生じている。

「じゃあ、なんで!なんでこんな手段で私を仲間に引きこもうとしたの?いきなり呼び出されて来てみたら全裸で待ってるし。そんなことされて、はい一緒に頑張りましょうなんて言えるわけないでしょ。相手がどんな気持ちになるとか想像しなかったわけ?あなたにとって私なんてその程度のものなのよ。私だけじゃない。周囲の人間なんてどうでもいいと思ってるのよ。人類を守る?たいそうなお題目だこと。あなたには守られる側の人間のことなんて何も考えていない。たしかに、ここは不確定な可能性のセカイかもしれない。消えてしまうセカイなのかもしれない。けど、私たちはここにいるし、ここで笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだりする。私たちの暮らしも私たちの気持ちもここにある。あなたにはそれが見えていない」

 まくしたてながらも私は自分の言葉に潜んだ傲慢さを自覚している。けれど、私は彼のために言っているのではない。自分のためだ。私自身の立っている場所をはっきりさせるために、私は言葉を紡ぐ。


「だからてめーには友達がいないんだ!」


 言い捨てて空き地を立ち去った私は、後悔はなかったけどそれでも己の吐き出した台詞の強さに、相手を否定する暴力性に少なからずショックを受けて傷ついているのを自覚していた。泣きたいような感じ。

 学校の敷地を出て通学路を歩きながらスマートフォンを取り出し、しおちゃんに電話をかける。

「もう用事終わったの」

「……うん」

「ん?どうした」

「ちょっと声を聞きたくなって」

「そんな恋人みたいな」

 しおちゃんはいつも通りで、それだけで間違いじゃなかったと思え、私は電話を離してつぶやいてみたりする。

「それもいいかもね~」


 それは消えゆく言葉。

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幽霊たち 十一 @prprprp

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