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チタン

『かえで』から、『花楓へ』

 かえでは、『かえで』が嫌いでした。

 初めてかえでが目を覚ました時、お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、誰も『かえで』を喜んでくれませんでした。

 でもそれは、当たり前の事でした。お兄ちゃんたちが望んでいたのは『かえで』じゃなくて『花楓』だったんです。

 会ったことも、触れたことも、心の中で感じたこともない、もう一人の自分。それが、みんなの望んだ『梓川花楓』でした。

 かえでは、すぐに分からなくなりました。

 誰も知らないし、誰も『かえで』を望まない。そして、誰にも愛されない。

 怖い、怖い、怖い、みんなが怖い。『花楓』を知っている全ての世界が怖い。かえでは、腕に広がる痣と共に、怯えることしかできませんでした。

 だけど、お兄ちゃんは、『かえで』を受け入れてくれようとしました。

 由比ヶ浜かんなさんの小説を買ってくれたり、日記をつけるように言ってくれたり、かえでが『かえで』として生きていくきっかけをくれたり、お兄ちゃんは、かえでを支えてくれました。

 だけど、現実はそう上手くはいきませんでした。お母さんは、『かえで』を受け入れることができなくて、かえでも、お母さんに「一緒にいたくない」、そう言ってしまいました。

 ほどなくして、かえではお兄ちゃんと二人で藤沢市で過ごしました。かえでは、お母さんに申し訳なくて、『かえで』の事が嫌いになりました。

 『かえで』が『花楓』だったら、こんな事にはならなかったのに。いつだって、かえではそんな事ばかり考えてしまいました。

 だけど、そんな事を考えるかえでは、今では間違っていたと断言できます。

 お兄ちゃんと二人暮らしを始めて、いろんな事がありました。

 お兄ちゃんがデリバリーのお姉さんを連れてきたり、そのデリバリーのお姉さん、もとい麻衣さんとお付き合いを始めたりしました。

 麻衣さんは凄く綺麗な人で、かえでは少し尻込みしてしまいました。だけど、そんな麻衣さんとかえでは仲良くなれて、とっても嬉しかったです。

 ある時は、お兄ちゃんの友達の理央さんが、長い間泊まったこともありました。

 理央さんはとても物知りで、色々な事をかえでに教えてくれました。理央さんとも、仲良くなれました。

 またある日から、麻衣さんの妹の、のどかさんも家によく来るようになりました。

 最初は金髪が怖くって、近寄り難い印象だったんですけど、のどかさんもとてもいい人で、かえではまた仲良しになれました。また、嬉しくなりました。


 『かえで』は、1人じゃなかったんです。みんな、かえでを受け入れてくれました。

 最近は、お兄ちゃんと一緒に外にも出られるようになりました。

 それに今日は、パンダを見に行って、コンビニで一人で会計をして、そしてなんと、学校にも行けました!夜の学校は、少し卑怯な気もしたけど、かえでは、とても嬉しくなりました。

 そして、それを全部手伝ってくれたお兄ちゃんが、かえでは大好きです。世界で一番のお兄ちゃんだと思います。

 かえでは、もう大丈夫です。

 そして、『花楓』も、もう大丈夫です。最近、ずっと『花楓』の夢を見ます。『花楓』の見たもの、触れたもの、感じたもの。全部が、かえでに流れてきます。

 そして、なんとなくかえでは分かってしまいました。

 次に目を覚ました時、『かえで』は『花楓』に戻ります。よく分からないけど、そんな確証が湧いてきます。

 かえでは居なくなります、だけど、怖くありません。かえでは、幸せだったからです。

 そして、『花楓』も怖くありません。世界は、思ったよりも優しくできています。

 お兄ちゃんも、麻衣さんも、理央さんも、のどかさんも、お父さん、お母さんも、みんな優しいから、『花楓』もきっと大丈夫です。

 だから、怖がらないで、もう一度世界に触れてください、『花楓』。

 みんな『花楓』を受け入れてくれます、愛してくれます。だって、世界は優しいんですから。

 今なら言えます、『かえで』は、『花楓』の事が大好きです。何も『花楓』の事を知らなくても、かえではそう言いきれます。

 『花楓』は、絶対に大丈夫です。なんてったって、『かえで』は、いつだって、心の中から応援してしますから。

 皆さん、おやすみなさい。

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