*【Read】

 考古学というロマンスに取り憑かれている父に取り上げられることを危惧して代わりの手土産まで用意したチャルロイドは、翌日、さっそく手記を読み込もうと宿を置く集落に留まった。


 昨日のように1人で冒険に出かけないことを何度も繰り返し約束させられたが、時間の・・・限られ・・・ている・・・父が、どんなに心配しようといつまでもチャルロイドを構っていられないことは知っていた。


 元々、文明の飲み込まれた東洋の島なんて辺地を訪ねたのは私用であって仕事ではなかったのだ。


 ————母が亡くなって、若かりし頃に交わした約束を思い出した。生前には果たせなかったそれを今になって果たそうとしている。

 それだけの話。


 母の遠い昔の祖先がこの東洋の島にまだ国があった頃に暮らしていたらしい。

 バザーで並べられた骨董品の短剣を指して、似たものがうちにあると述べた母はそれから父に尋ねたそうだ。


 ——この短剣はどんな歴史を辿ってきたものなのか。


 代々受け継いできた品ではあるが、それ以上のことを覚えている親族がいなかった。

 だから、物知りな父なら代わりに答えてくれるのではないかと考えた。


 結果として、答えられなかった父は、いつかきっと解き明かしてみせると約束してそれっきり……。

 今更すぎるレポートの束を墓前に供えられたって母も呆れ返る以外の反応を返せないに違いない。


 死者への手向けという本人同士以外には価値のつけられないものに賃金が発生する訳もなく——。

 ここにこうしているのは詰めに詰めたスケジュールの合間で、無駄にできる時間など本当は1秒もないのである。


 どんなに渋ろうと見送った父が振り返ることはない。

 遠ざかるその背にチャルロイドは笑みを向けた。

 さあ、これで安心して手記を広げられる……。


 しかし、鼻歌が漏れるほどに上機嫌だったチャルロイドは、早速と広げた手記の文字を追うごとに強い落胆を感じて気分が落ち込んでいくのを自覚することになる。


 読み進めていくうちにあることに気が付いたのだ。


 その時受けたショックは、ダイヤだと思っていたものが実はガラスに過ぎなかったとか。50ガァロで買った骨董品が実は1ガァロにも満たないようなゴミも同然の品だったとか。無情な現実を突きつけられ時のそれと一緒で……。


 ガラスは世界有数の技師がカットしたものでそれなりの付加価値が付いている。歴史的観点から保存状態を考慮するなら25ガァロまでは値が回復する。そのくらいの差はあったけれど、とにかく、せっかく手に入れた宝物の価値が一瞬にして下がった。


 手記を綴った女が実は何も知らない第三者だったなんて…………。


 人は夢想する生き物である。

 人伝ひとづてに聞いた話のどこまでが正確かなんて分かったものじゃない。


 それらしくまとめただけ。実際に未来から訪れたヒューマノイドを目にしてもいなければ、チャルロイドに宛てた文面も、それを知る相手に習ったからこそ書けた————未来を知る者が確かに存在したことを証明するものではあったけれど、その当人、当事者とは異なる女がどれだけの事実を記せたものか。

 知るすべはそれこそ過去に渡る以外にない。


 歴史書と思っていたら想像の産物と言われたようなものでもあって、つい、閉じた手記をしまってからふて寝を決め込んでも仕方のないことだったと言わせて欲しい。


 返却するには父との約束を破った上で迷った末に見付けた場所へ自力で辿り着かなければならかったし……それが無謀なことだと分からない子供ではなかったから。見付かった時のためにと父には渡さないでいた文献の中に紛れ込ませて、結局、怪しまれすらしないままに持ち帰ることになる……。


 ————その手記をチャルロイドが次に開くのは10歳を過ぎて以降のこと。

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メルシア、彼女は何を望むのか 探求快露店。 @yrhy

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