今年の夏の終わりも

花音

平成最後の夏


 今年は、いつにも増して暑い。酷暑とテレビで騒いでいる通り、外に出ただけで汗が吹き出す。

 平成最後の夏、といっても私の周りは何も変わらない。課題に追われ、友人と遊び、恋人と週末を過ごす。そんな日々に変化が欲しくて、私は彼に提案したのだ。

 「なにか特別な思い出が作りたい。」

 平成最後だし……ともごもご付け足す私に、彼は少し面食らった顔をして、少しの間を置いて穏やかに笑った。

 「遠出のドライブ、しようか。」

 いつもと変わんないじゃん、とむくれる私を宥めながら、来週末の遠出が決まった。8月最後の週末。行き先は伊豆。夏だし海に行こうというなんとも単純な理由でそこに決まった。

 いつもと変わらない、そう言いながらも私は密かに来週末を楽しみにしていた。


土曜日の夜、彼が家に泊まりに来る。駅まで迎えに行きがてら、明日のための飲み物やドライブのお供のポテトチップスやガムを買い込んで家に帰る。

 「楽しみだね。」

 私がそう漏らすと

 「楽しみだね。」

 彼もそうふふっと笑った。

 明日のために、早く寝よう。そう示し合わせて眠りについた。……私は結局明日が楽しみすぎてなかなか寝付けなかったけれど。



 朝6時。いつも10時起きの2人からするとかなりの早起き。もそもそと起き上がり、顔を洗い歯を磨き、私はいつもの薄化粧をする。

 「準備できた?」

 「もう終わって待ってます。」

 私が問うと彼はそう答えながら漫画を閉じた。

 運転が好きな私が運転手。お気に入りの軽自動車に乗り込み、目的地をセット。予定は未定、なので適当に海岸を目的地にしてある。

 「いざ、出発!」

 おー!と2人して意気込んで、車は発車する。バイパスをしばらく走った後、高速に乗り伊豆を目指す。東名に入る頃には助手席で彼はすやすやと寝ていた。

 「まったく……。」

 少しCDのボリュームを下げ、早めのブレーキと滑らかなアクセルを心がける。

 休憩もせず走り続け、高速を降りた頃、ようやく彼はお目覚めになったようだ。

 「んん、おはよー、今どの辺?」

 「もう高速降りたよ、目的地まであと少しだし、お昼ご飯食べるところ探さなきゃ。」

 「せっかく海の方に来たんだし、美味しい海鮮が食べたいなぁ。」

 「はいはい、じゃあ調べてくださいな。」

 はーい、と答えてスマートフォンをいじり始める彼に、私はちいさな笑みがこぼれた。

 かわいいな。……付き合った頃からずっと、彼は優しくてかっこよくてかわいい。歳上だけれど、時折無性にかわいい、と愛しさが込み上げる。恋は3年で冷める、と聞いたことがあるけれど、一向に冷める気配を見せない私の恋心に感心してしまう。ずっと、冷めなければいいな。おじいちゃんとおばあちゃんになってもまたこうして……

 「よさそうなところがあった!」

 「えっ、はい!」

 少し空想に耽っていた私を彼の声が呼び戻した。この先の定食屋さんの海鮮丼が美味しいらしい。キラキラした瞳で語られたら、お昼はもう確定だ。案内をしてもらいながら、右へ左へハンドルを切り、着いたのは小さめの木造のお店だった。幸い3台しかない駐車場もまだ空いており、慣れたもんだとバックで入れる。

 「楽しみだねー!」

 そう言いながら待ちきれないのか先に引き戸を開けて入っていってしまった。もう、と少し呆れつつ私も続く。

 店内は落ち着いた作りで、木でできた机と椅子が年月を経て少しつやつやしていた。まだピークの少し前なのかチラホラ空いている空席の中から奥の角の席に座り、海鮮丼ふたつ、と迷いなく注文する。

 はいよ、と答えるおばちゃんも慣れた様子で、伝票に書き込む。お水はセルフなので、と言われたので荷物を置いて隅っこの給水器に向かい、二人分のガラスのコップにじゃばじゃばと水を入れて席に戻る。

 「ありがとー。」

 「いいえ。」

 こうして、些細なことでもお礼を言ってくれる彼が、私はとても好きだ。水を飲みながらスマートフォンで観光スポットを調べて海鮮丼を待つ。

 「ねぇ、ここ日本で唯一?稀少石でパワーストーンブレスレットが作れるって。行ってみたい。」

 「女の子は好きだよねー。よし、見てて。めっちゃご利益あるブレスレット作る!」

 次の行き先が決定したところで海鮮丼が来た。流石海の街、ネタが大きい。それはもうはみ出している。

 「これは美味しいやつだよ!!」

 「美味しいやつだね!!」

 2人して頷きあい、いただきますと早口で言うとかぶりつく。丼物にかぶりつくはおかしいかもしれないけれど、お腹もすいていたし何より美味しそうな見た目にやられてもごもぐと頬張る様はかぶりつくという言葉が似合う。ものの20分もしないうちに無言で平らげ、ごちそうさま、と手を合わせる。小学校の先生が「命をいただきます、ごちそうさまでした、なんだよ。」なんて言っていたっけ。見た目に恥じぬとろける美味しさだった。酢飯もいい感じだったし。

 「では、行きますかねー。」

 お会計を済ませた彼がこちらにやってくる。運転手が私ならスポンサーは彼だ。ありがたくごちそうさまでした、と伝えて再び車に乗り込む。

 目的地はここから30分ほど車を走らせたところらしい。ブレスレット作りは予約してないけど、当日参加も可となってたしまぁなんとかなるだろうとエンジンをかける。

 海沿いの道を選んで走っているので景色が綺麗だ。日頃の行いなのか今日は快晴。暑いけれど、日差しに波がきらきら光って青と白のコントラストが美しい。

 「綺麗だねー。」

 「それは君の方が綺麗だよ、っていう返事待ちですか?」

 ばか、と呟いて運転に集中する。たまに似合わずキザなことを言うからタチが悪い。心臓が追いつかないじゃないか。


 途中で飲み物を買い足すためコンビニに寄り、予定より少し時間をかけて現地に到着した。

 ちっちゃい白いこぢんまりとしたお店。ガラス戸から覗くと、店内には色とりどりの天然石が置いてあり心が跳ねる。

 「早く行こう!」

 今度は私が彼を置いてけぼりにして店内へと急ぐ。受付のお姉さんにブレスレット作り2人分、と伝えたところで彼も店内に入ってきた。

 基本料金はないので選んだ石に合わせてお支払い、など説明を受けながら私の目は何を選ぼうかと目の前に広がる石たちに向けられていた。

 「見てて!ご利益あるの作るから!!」

 「私の方がセンスいいですし。作ったやつは交換ね!」

 勝負のような約束をして、早速組み出す。夏だからラリマーなんて素敵だな、と石の名前を見て手に取るが彼のイメージではどう考えてもないので悩んだ末ケースに戻す。

 結局、私が組み上げたブレスレットは黒と紺と青と水色、そして透明な水晶という男性向けのシンプルなものになった。1粒だけ、ピンクが少し入ったグリーンのトルマリンを入れたのは、ずっと一緒にいたいなという願望の現れだった。我ながら乙女なところもあるんだな、とちょっと気はずかしい。

 「出来た!」

 彼が自信満々の顔で見せてきたのは何ともカラフルなブレスレットだった。入ってない色を探すのが難しいぐらい。それでも割とパステルカラーが多めなのは私の好みを加味してくれたのか。

 「なんかすごいね…。」

 チャームまでついてるし、となんとも言えないアーティスティックな形のシルバーのチャームを見て呟く。

 「これを着けていれば新世界の神になれるから。」

 店員さんも最早苦笑している、それでも「独創的で素敵ですね」と言ってくれる接客スキルに心の中で感謝した。

 お会計を済ませ、楽しかったですと店員さんにお礼を言いまた車へ。せっかくなので当初の目的地の海岸に行ってから帰ることにした。

 車ですぐだというナビ通り、すぐに着いた。小さい駐車場もあり、時間なのかガラガラなので好きなところに入れて車から降りた。

 「海風だぁー……。」

 普段感じることのない磯の香りをめいいっぱい吸い込みながら海岸へ続く階段を降りる。左手は彼の右手へ。周りに人もいないのでちょっと大胆に手を振りながら歩く。

 「とても楽しそうですね。」

 彼がちょっと含みのある笑顔を向けて話しかけてきたけれど、私もにやりとした笑顔で返した。

 海岸は夕日が沈む1歩手前、という感じで薄赤く染まっていた。伊豆の海は綺麗と聞いていた通り、水もとても綺麗だ。

 「夏も終わりですねー。」

 「まだまだ9月も暑いですよ。まだ夏です。」

 確かに、なんて返しながら砂浜をぶらぶら歩く。時折貝殻を見つけては吟味しながら拾う私を彼は楽しそうに眺めていた。

 貝殻が両手いっぱいになった所で、そろそろ帰りますかね、と彼から声がかかる。えー、まだ拾い足りない……とむくれつつも帰り道も長いので渋々従う。

 また手を繋いで車に戻る。手を繋いで海の方を歩くなんて少女漫画みたい、なんてこっそり思う。だからこんなことを言ったのだ。

 「来年もそのまた来年も、また来たいね。子どもが産まれたら子どもも連れてみんなで来たいね。」

 「何言ってるんですか。」

 彼がこちらを向いて神妙な顔をする。

 「当たり前です!」

 力強くそう言われ、思わず笑ってしまった。


 帰り道は疲れたのか高速に乗る頃には彼はすやすやと寝ていて、一方の私は寝る訳にも行かないのでこんな時のためにと買っておいた眠眠打破を飲んで運転に集中する。これは夕食は地元のファミレスかな、と到着時刻と渋滞予測を計算しながら東名高速をひた走る。


 ねぇ、平成最後の夏だけど。去年もこうしてどこかに出かけてはしゃいでクタクタになって帰って、きっと来年もそうだよね。ずっと、今年だけの思い出を作ろうって出かけたり遊んだりして、結局毎年の恒例行事になっていくんだよね。

 ずっと一緒にいられるように、あなたの隣に胸を張っていられるように。私も成長するから見ててね。


 そうこっそり心の中で話しかけながら、夜景を窓に映して囁く。


 「愛してます。」

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