♡54 朝倉家の伝統行事/『なまはげんっ』そいつは節分にやって来る
「明日のバレンタインどうする?」
「私は○○くんにあげようと思って」
「うっそー、手作り?」
「まさかぁ」
……という会話が聞こえてきます。
中学生の皆さんもバレンタインということで張り切っているご様子ですね。僕が勤務しているこの中学では「学校に必要ないもの」は持ってきてはいけないルールなのですが、ここは寛大に目をつむって何も耳にしなかったことにしましょう。
さて。僕はというと妻のかな子さんがくれるチョコを楽しみにしている……わけではありませんね。なんなら、高校時代から現在に至るまで、かな子さんからチョコレートの類を頂いたことはありません。
バレンタインは「たーくさん、お菓子もらうですっ」と張り切っているかな子さんウハウハdayであって、彼女の中では「あげる」側であったことは一度もないのです。夫である僕もしかり。くれません、キラッキラの笑顔で要求してきます。
……ということで、バレンタインは最寄りのスーパーが「本日限り」で販売するハート型のコロッケを買ってカレーにのっけて食べるのが恒例行事になっています。
その後は僕の手作りブラウニーを食べて終了。あとは約ひと月かけて、かな子さんが大量に貰ってきたチョコをひたすら食べまくり、「もうチョコ見たくない病」に侵されていくのが、ここ数年のパターンなのです。
僕は若干明日が怖くなっているのですが、すでに数日前からかな子さんは「もらったですぅ」とぽつぽつとチョコやら何やらを貰ってきているわけで。今年はあの緑アフロ熊がバレンタイン業界にも進出しているので、さらにあいつのグッズが増えていく恐怖も重なってきている。
まあ、いいんです。
かな子さんが幸せそうなら、僕は何の文句ありません。
そして、ここからバレンタインネタではなく、なんと、大胆にも節分ネタを披露しようかと思っています。その名も、我が朝倉家伝統の「なまはげん」の襲来。
あれは節分当日。恵方巻を無言で食べつくした夜のことです。
「わりーごはいねーが」
廊下をぺたぺたと歩いて来る音。僕は豆が入った小袋を手に、やつが来るのを大人しく待っていた。
「おおうおおう、わりーごいたんべ。おめーは、悪い子だんべ?」
ぬっと我が家の平穏なリビングに登場したのは鬼だ。鬼……というか、「これであなたもくまボン☆帽子」をかぶった緑アフロと黒い熊耳がのぞく頭に、かな子さんがせっせと制作した鬼のお面(かな子クオリティ)をかぶった人物、その名も「なまはげん」がやって来たのである。
ホラーも裸足で逃げ出すほどの、不気味なお面だ。ナニアレ、どこに目があるの? 口なの血なの、何がついてんの?? 顔面から電柱にぶつかったようなお面の下は、ファンシーな寝間着姿でピンクのフリフリが可愛らしい、見事なモデル体型である。そのギャップが、よけい怖さを助長している。
しかし、ここで怯えていてはいけない。どん引いてもいけない。
僕は決められたセリフ「ここに豆があるぞ」を叫ぶと、豆の小袋をなまはげんに向かって軽く放り投げた。パシリと豆袋が叩き落とされる。どうやらあのお面でも、なまはげんの視界は良好のようだ。
「なぬー。こんなもの、きっかーーんっ」
なまはげんは「うがー」と雄叫びをあげると、無防備な僕の腹にタックルをしてきた。そして尻もちをついた僕を見下ろして愉快げに笑う。
「フハーハハハッ。我はなまはげんっ。悪い子はお仕置きじゃああ」
なまはげんはスチャリと背中に突き刺していた剣(新聞紙を丸めたもの)を抜くと、「ひえええ、おやめになって」と叫ぶ僕(このセリフも指定があったのであって、僕の素ではない)の体を遠慮なくポカスカ叩き始めた。
「わりーご菌を撲滅すんのじゃあ。出でいけーい、なーまはげーーんウルトラスペシャルめちゃんこすごいーね打撃、とおおう、ペシペシ」
ひとしきり叩いて満足したなまはげんは、「なまはげんっ」と凛々しい声で決めポーズ――斜めに両腕をキレよく突き出す――をすると、ムフとふんぞり返り、「それではまた来年くるのじゃ。良い子にしておれよ。フハーハハハハ。なまはげーん」と上機嫌で廊下をぺたぺたと歩いて戻って行った。
……という珍事が、我が家の節分なのです。
毎年、僕が悪い子役で、かな子さんが「なまはげん」をはりきって演じている。いつ何のきっかけで、この「なまはげん」が誕生したのか謎ですが、いつぞや見せてもらったアルバム「かな子5才」の写真にも、この「なまはげん」らしきポーズを決める鬼の面をかぶった妻がいることを思うと、そうとう歴史のあるキャラのようです。
「なまはげんっ。フハーハハハッ」
僕の妻は少しオカシイ 竹神チエ @chokorabonbon
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