第6話 2ーA組 倶利原透子
「驚いたな。まさかこうまで上手く事が運ぶとは」
特にダメージも無さそうな生徒会長がゆっくりと生徒会室に入ってきた。
「先々日の事だ。一人の女子がこの馬鹿騒ぎに対して防災プランを持ち込んできた。そこにはあの馬鹿に告白しようとする女子の校内分布図、それらに対応する為の適切な人員配置までが事細かに記されていた。我々も頭を悩ませていた案件だったので渡りに船ではあったが、信頼性に対しては疑問があった」
中庭に面する窓の側に立つと、入口で立ち尽くす私に向かって会長は振り向く。
「しかしどうせ馬鹿騒ぎならこれに乗るのも一興かとそのまま採用してみたが、これ程とはな。東棟の混乱は既に収まり負傷者もいない。事態収束までの予想時間まで完璧だ。それどころか、奴はお前と黒咲が最初に上がってくる事まで予見してのけた」
「奴って、誰ですか」
私の問い掛けに、会長は無言で眼下の中庭を指して見せる。
東棟の離れた出入り口から人目を忍ぶようにして出てくる国塚先輩が見えた。
その先輩の前に立ち先導する女子が一人。アレは、
透子ちゃん。
「目的だけが不明だったが、そういう事か。なんとも
透子ちゃんが、国塚先輩と一緒に校門に向かって歩いていく。
どうして、とは思わなかった。これは勝負なのだから自分が取り得る最適の手段を選ぶのは当然だ。透子ちゃんが勝てる方法はこれしか無かったのだ。私は何故気付かなかったのだろう。透子ちゃんの秘めた想いに。一体私は何を見ていたんだ。完全に私の負けだ。それに透子ちゃんなら良いかなって思う。透子ちゃん可愛いしお似合いだし、私の好きな人達が二人共幸せになるならそれは凄く良い事で、国塚先輩の隣に透子ちゃんがいて、透子ちゃんの隣に国塚先輩がいて、それで私は
私は、どこに行けばよいのだろう。
頭が真っ白になる。耳鳴りが止まらなくて何も分からなくなる。
漂白された世界に12時40分のチャイムと下校を促す放送だけが響く。
放送。
理性が蒸発した私は生徒会室を出て走り出す。
階段を駆け降り3階廊下へ。
丁度、放送を終えた委員の子が放送室から出てきた所だったので開いたドアに無理やり体をねじ込んで放送室へ雪崩れ込む。
私は一度も放送室に入った事が無いのでどのスイッチを入れれば良いか分からない。
構うもんか。
片っ端からスイッチを押してマイクを掴んだ。
「くにづかせんぱい!!!」
私の声が全校内に響き渡る。
放送室の防音ガラスから中庭の先輩と透子ちゃんが見える。二人が驚いてこちらを振り返っている。
「2年C組の天津坂宮古です!先輩に助けられた時から、ずっと先輩の事を見てきました!部活の時も、休み時間も、登下校の時も、お昼ご飯の時だって、ずっと先輩の姿を探してました!私が見るのはいつも先輩の広くて逞しい背中で、先輩はいつもどこかを目指して走り回ってて、それで、えっと、えっと」
手に掴んだマイクが霞んで見えない。喉がひりついて息が苦しい。
私はちゃんと声を出せているのだろうか。
「私が知ってる先輩はそれだけです!私はこんなに先輩が好きなのに、たったそれだけしか知らないんです!もうそんなの嫌なんです!私も先輩と同じものが見たい!先輩がどこに向かって走ってるかを知りたいんです!横で一緒に走りたいんです!せんぱいのいきたいところに、わたしもつれていってほしいんです!だから、だから!」
最後に思いっきり息を吸って。ありったけの声を振り絞る。
轟き響け、私の恋。
「わたしと!つきあってください!!!」
◇
8月11日、午後6時15分。
二十日間に渡る懲罰的奉仕活動を終えた私は、美術室の机に寝そべって透子ちゃんに愚痴を述べていた。
「いやあの流れでフラれるって思わないじゃないですかフツー。あんなさー感動的なさーもうドラマかってくらいのさー、ねえ聞いてる透子ちゃん?
そう、私はあの後あっさりと「俺には想い人がいる!だからお前の想いには応えられん!すまん!」と振られてしまったのです。
これは京香先輩が教えてくれた、まだ私がここに入学する前の話。
その時一年だった国塚先輩は、当時の生徒会長に告白した。するとその人は
「いいよー、ただしワタシについてこれたらネ!」
とだけ返事し、その三日後に学校を辞めてアメリカに留学してしまったという。
そんなダイナミックな振り方あるかって思うけど、当時の国塚先輩はそれをこう解釈した。
「これは試練だ!今の俺では貴女に相応しくないと!もっと逞しい男になれという事なのですね!」
それから国塚先輩は目の前のあらゆる事に全力で取り組んだ。
勉学と部活は言うに及ばず。知識を求め、体を鍛え、目の前の厄介事や頼まれ事に片っ端から首を突っ込んだ。全ては、自分を成長させる糧とするために。
それが国塚先輩の二年間に渡る八面六臂の真相。
あの人は、本当にたった一人しか見ていなかったのだ。
そんな国塚先輩ももういない。
憧れの人を追いかけて、同じように留学してしまった。
その悲しみを少しでも癒やしてもらおうとこうして透子ちゃんに愚痴っているのだけど、透子ちゃんは俯いたまま、一言も喋ってくれません。
やっぱり、謝ったほうが良いのかな。
あの時、透子ちゃんがした事は何も間違ってないと思う。
その後の私がした事も。けれども。
「……ごめんね、透子ちゃん」
私のその声に、透子ちゃんがようやく顔を上げてくれた。
「どうして、ミヤちゃんが謝るの」
泣き出す一歩手前の声だけど、ようやく透子ちゃんが喋ってくれた。
「私ね、透子ちゃんがライバルだなんて全然思ってなかった。透子ちゃんが国塚先輩の事を好きだなんて一度も考えた事なかった。この一年、ずっとここで透子ちゃんに話を聞いてもらってたのに私は何も気付いてなかった。だから」
文字通り、私は恋に盲目だったのだ。それで目の前の親友を見失うなんて。
私はなんて未熟者なのだろう。
申し訳なくて透子ちゃんの顔を見られない。
けど、それじゃダメだから私は勇気を振り絞って顔を上げる。
するとそこには
「私が……?」
呆気にとられた透子ちゃんの顔があった。
「国塚先輩の事が、好き……?」
「うん、告白しようとしてたんだよね?」
「いいえ?」
えっ。
「え、あれ?透子ちゃん国塚先輩の事が好きなんだよね?」
「私、ああいう暑苦しい人はちょっと」
「は!?いや告白するためにこっそり東棟から一緒に出てきてたよね!?」
「アレは、事態の中心人物がいつまでも残ってたら面倒だからさっさと帰ってもらおうと思って」
「透子ちゃんは国塚先輩の事が好きなんだよね!?」
「この際だから言うけどミヤちゃんはアレの何が良かったの?」
「じゃあ私は一体何のために学校中に聞こえるデカさで公開告白した挙げ句に夏休みの半分吹っ飛ばしたんですか!?!?!?」
「ねえミヤちゃんそういえばあの時の告白、私ちゃんと録音してあって一日一回聞いてるのよ。ミヤちゃんも聞く?」
「みゃーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
あまりの、あまりの仰りように私は猛然と手足をバタつかせる。
私のその手を透子ちゃんは手にとって、本当におかしそうに笑ってくれる。
それで私は、ああ帰ってこれたんだって思う。
だったら、私はもうそれで充分だって
「いや待っておかしい納得がいかない」
「何が?」
「透子ちゃんは国塚先輩の事が好きじゃないんだね?」
「むしろどちらかといえば嫌いだわ」
「じゃあ、なんであんな手の込んだ事したの」
あの一連の事態を透子ちゃんが裏で制御していたのは疑いようのない事実なのだ。それも普通では考えられない執念で。一体何が透子ちゃんを突き動かしたのか。
「それ、は」
ここに来て透子ちゃんが言い淀む。
少ししてから、透子ちゃんが絞り出すように呟いた。
「ミヤちゃんに、告白なんかして欲しくなかったから」
ああ。
「そっか」
「怒らないの?」
「怒らないよ」
私も、同じ気持ちだったから。
私はなんだか嬉しくなってしまって、机の上をゴロゴロ回る。
そうしていると、透子ちゃんが不意に立ち上がるのを感じたので顔を上げた。
「あのね、ミヤちゃん。こういう流れだからって訳じゃないんだけど、私、ミヤちゃんに聞いて欲しい事があるの」
声を震わせながら。
目尻に少し涙を浮かべ。
夜の藍色に染まり始めた美術室の中で、夕焼けのように頬を染める透子ちゃんがそこにいた。
私はそれを見て、全てがカチリと繋がったのを感じる。
正直ビックリしてるし心構えも出来てないけど、こんな透子ちゃんを見るのは初めてだから、なんだか楽しくなってくる。
今度は私が透子ちゃんを手玉に取る番なのだ。
さあてどうしてくれようか。
今日までずっと、私の前にいてくれた人。
私に向けてくれたその笑顔を、一つ一つ思い出す。
その気持に、真正面から向き合うために。
「いいよ、聞かせて?」
私はそう言いながら透子ちゃんのマネをして、悪戯っぽく笑うのです。
マジックLOVEアワー・クライシス 不死身バンシィ @f-tantei
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