第4話「QLN」

  ◆ ニュースバリュー


 翌日、ひかるは電脳部に顔を出す気がせず、そのまま下校した。

 九天きゅうてんと並んで帰り、ナイン電脳探偵事務所に行く。ビリヤード台に半ば占領されたこの部屋も、最近ではしっくりと来るようになった。

九地きゅうちさん、あかり先生と同級生だったんですか?」

 昨日知った高校時代のことを九地に尋ねる。

「同じ図書部員でしたね」

「仲、よかったんですか?」

「恋人ではなかったですよ」

「あかり先生が、九地さんのことを話していました」

 ノートパソコンに向かっていた九地は手を止める。そして、困ったように身を縮め、それ以上は、あかり先生の話題に乗ってこなかった。

 光はスマートフォンを取り出して、ネットのニュースをチェックする。いつもの習慣。光の数少ない趣味だ。

 ――トランク開発者の桜小路恵海さくらこうじえみさんは女子高生。

 ヘッドラインを見て、ぼんやりとした頭が一気に覚醒した。えっ、どういうことだ? PRUNUSSEAではなく桜小路恵海。ハンドルネームではなく本名。これまで公言していなかった情報が、ニュースになって表に出てきている。

 記事を開き、素早く読む。プロフィールだけではない。写真まで載っている。

 桜小路先輩の名前でウェブを検索する。複数のニュースがヒットした。全て今日公開の記事だ。

「どうしたんですか平原くん」

 九地が顔を上げる。

「これ、見てください」

 息せき切って、スマートフォンを九地に向ける。

 画面を一瞥したあと、九地は自分のノートパソコンで検索する。光は立ち、九地の背後に移動した。

「どうしたの?」

 宿題をしていた九天が、手を止めて振り向く。

「桜小路先輩のニュースが、ネットに複数出ている。ハンドルネームではなくて本名で」

 九天もやって来る。九地は、ウェブブラウザのタブを開いて、いくつかの記事を確かめる。

 同時多発的に、トランクが紹介されて、先輩の個人情報も公開されていた。横並びで掲載されていることに光は驚きを隠せない。

「桜小路さんは、開発者であって、こうした営業的な仕掛けができる人ではないですよね?」

「ええ」

「それなら誰かが裏で動いていますね。単なるニュースリリースの掲載ではない、ライターが書いたきちんとした記事です。ある程度の金や経験、コネを持った広報が動かないと、これだけ一度に大量には公開されません」

 ベンチャー企業にいた九地は、製品の広報がいかに難しいのかを知っているのだろう。

「いったい誰の仕事なんですか?」

「プラチナバリューの地井。順当に考えれば、そうなりますね」

 九地は淡々と言う。

「これは、問題なんじゃないですか」

 自分の想定外のことが起きている。そのことに危機感を抱く。

「いえ、今のところ、問題は何もないです」

「なぜですか」

「事件性はありません。被害者もどこにもいません。これだけきちんとした広報ができるのならば、プラチナバリューの地井は有能な人物なのでしょう。そういう能力を持つ個人は、まれにいます」

 興奮する光をよそに、九地は冷静な声で言う。

「でも、怪しい相手ですよ」

「桜小路さんが被害に遭っているのならばともかく、今のところは、よいビジネスパートナーに出会ったとしか言えません」

「そうですか」

 光は肩を落とす。全ては空回りだったということか。桜小路先輩は騙されていたわけではなかった。勝手に怪しいと決めつけ、自分は右往左往していた。事件など、どこにもなかった。一人のストーカーが嫉妬に狂い、走り回っていただけだ。本当に笑える話だなと、光は思う。

「この件は、これで終わりにしたいと思います。いろいろと、ありがとうございました」

 財布から五千円を出す。これまでの感謝の気持ちを込めて、九地に渡す。そろそろ手を引く。昨日考えていたことだ。

「継続調査はいいんですか?」

「僕が出しゃばることではないですから」

「まだ何か出てくるかもしれないですよ」

 悲しみの混じった笑みを浮かべ、首を横に振る。

「いいんです。今回の件は、僕の暴走です」

 九地は何か言いたげだ。九天は、静かに光に視線を注いでいる。

「ビリヤード、やってみてもいいですか?」

「ええ」

 台の下に腰を屈め、九地は、キューとボールを出してくれた。

 九地は、ナインボールの配置に玉を置く。光は、構えてキューを突く。キューが無様に揺れ、手玉はあらぬ方向に転がった。どの玉にも当たらず、手玉は静止する。

「はは、難しいですね」

 九地が手を出し、キューを受け取る。彼は手玉を元の位置に戻して、キューを構えた。

「全ては物理法則で動いているんですよ。人間社会も同じです。玉突き衝突の結果、何かが起きるんです」

 手玉は勢いよく動き、いろとりどりの玉が台上に散らばる。いくつかの玉が穴に落ちた。九地は手玉を突き、的球をポケットに落としていく。

「少し教えましょう」

 九地は糸のような目を、弓のようにする。

 社会は、玉突き衝突の結果動いている。僕は、その動きを読み誤った。

 しばらく部屋で過ごしたあと、別れの挨拶をして、光は事務所をあとにした。



  ◆ 信用経済


 週末を挟んで月曜日になった。

 放課後、電脳部の部室に向かうと、廊下に人だかりができていた。

 多くの男子が窓に貼りついている。人の垣根をかき分けて部室に入り、中で音楽を聴いていたしょうのヘッドホンを奪った。

「おっ、ヒカルか」

「ねえ、ショウ。あれ何?」

 光は、窓を指差して事情を聞く。

「桜小路恵海親衛隊」

「はっ?」

「ネットのニュースで話題になっただろう。その後、SNSで情報が拡散して、まとめサイトでも取り上げられた。一躍、時の人だよ。

 まあ先輩は、地味だけど美人の部類に入るからな。文化系で大人しそうなところが、おまえみたいな奴にヒットしたんだと思う。つまり、あそこにいるのはヒカル、おまえの同類たちだ。よかったな、仲間がいっぱいできて!」

 窓の外に視線を注ぐ。そろいもそろって、運動とは無縁といった風貌の男たちだ。

 にわかが。

 腹立ち紛れに、心の中で罵倒する。僕は入学直後から、先輩に注目して追っていたんだ。毎日更新のエミペディアだって作っている。きみたちとは違うんだよ、きみたちとは。光は、アイドルの古参の追いかけみたいな心境で、ぶつぶつと不満を口から漏らした。

「それで、話題の中心の先輩は、どこにいるの?」

「こっそりと準備室に逃げ込んで、プログラムを書いている」

「先輩らしいね。開発一筋。変にアイドルじみて舞い上がるよりはいいけど」

「まあね。そこは一貫している」

 嬉しそうに翔は言う。

「ヒカル、どうする? ライバルが大量に登場だ」

「ふんっ、年期が違うよ」

「それはそれは」

 翔は楽しそうだ。

「桜小路先輩、さりげなく守った方がいいぜ」

「ファンから守れって言うの?」

「違う。同性の嫌がらせからだよ」

 光は、驚いて翔を見る。

「今日だけで何人かから聞いたぜ。桜小路は、つけ上がっている。ハブろうぜ。そういう話をな。先輩、妬みの対象になっている」

 光は体を硬くした。

 翔は、女の子たちと話す機会が多い。自然と彼女たちの噂も耳に入ってくる。

 光は、女子たちのあいだで孤立している九天のことを思い出す。同じような立場に、先輩が追いやられるということか。ひどい話だ。唾を吐きかけたい。義憤を感じた。先輩のために何かしたいと思った。

 翔と話していると、入り口の扉が開いて、あかり先生が入ってきた。

「ねえ、平原くん、須崎くん。あれ、どういうことなの?」

 窓の向こうを指差しながら言う。ネットに疎いあかり先生は、事情をまったく知らないようだ。

「実は――」

 手短に昨日のネットニュースの件を説明する。へー、ネットにもニュースがあるのねと、いつの時代の人間なのだという台詞を吐き、あかり先生は感心した。

「それで、当の本人の桜小路さんは?」

「準備室で天岩戸状態です」

「先生が踊る?」

「アマノウズメは、裸で踊ったそうですよ」

 ウィキペディアの知識を披露したら、蔑むような目で見られた。その様子を見て、翔はおかしくてたまらないといった様子で、腹を抱えて笑う。

「先生、ネットに詳しくないから、よく分からないわね」

 あかり先生は困ったように言う。

 そもそも、桜小路先輩が何をしているのかも、先生は把握していないに違いない。ウェブサービスと言っても、ちんぷんかんぷんのはずだ。

 時間があれば活字ばかりを読んでいる先生は、ネットの常識は、定年退職した教師レベルに低い。

 廊下のざわめきが止まった。外で雑談をしていた男子生徒たちが、口を閉じたのだろう。

 何かあったのかなと思い、視線を向ける。扉が開き、九天が入ってくる。彼女が窓の方をにらむと、男たちが慌てて顔を引っ込めた。殺気にびびったのだ。九天は、本気で殺しかねない目つきをしているからなと思う。

「どうしたの九天?」

「おにいちゃんが、あんたのことを呼んでいる。桜小路先輩の件で、お詫びがしたいって」

「どういうこと?」

「会ってから説明するって。専門的な話になるからって」

 話の筋が見えない。桜小路先輩の件で、何か見落としていたことでも、あったのだろうか。

「分かった。九地さんに会いに事務所に行こう」

「私もついて行っていいかしら?」

 あかり先生の意外な台詞に驚く。

「先生も来るんですか? まだ勤務中ですよね」

「部活動の一環として、話を聞きに行くってことでどうかしら?」

 あっけらかんと先生は言う。

 思っていたよりも大胆な人だ。もっと控え目で大人しい人かと思っていたけど、そうではないようだ。

 学校で生徒に向けている顔が全てではないだろう。人は、多くの顔を持っている。それらを使い分けることで生活している。学校で、家で、ネットで。ネットでは、アカウントごとに、人格や性別を変えて活動する者もいる。

「九天、いい?」

「おにいちゃんが嫌がらなければいいけど」

「伺ってもいいかしら、来栖さん」

 あかり先生は、無邪気な顔で九天を見る。

 九天の邪気が押されている気がする。渋々といった様子で、九天はスマートフォンを出して電話をかけた。

「いいって」

「あっさりOKしたね」

「だいぶ焦っていたけど」

 九天は不満そうにこぼす。

 九地が慌てるところを見てみたかった。

 光は三人で部室を出て、九地の待つ事務所に向かった。


 いいと言ったくせに、九地は石像のように固まり、ぎくしゃくとした動きをした。

 エスポワールの二階、二〇一号室で、九地とあかり先生は対面した。

「来栖くん、最近連絡をくれないから心配していたのよ」

「久し振りです、早瀬さん」

「今度、お酒を持って遊びに来てあげるね」

「いや、それは、いろいろと自重した方が――」

 お酒の席で、何かあったのだろうか。光は想像を巡らせながら、九地とあかり先生のやり取りを、しばらく観察する。

「それで、九地さん。今日はどういった用件なんですか」

 だいぶ時間を過ごしたあと、声をかけた。放っておくと、延々と二人だけだ話し続けそうだったからだ。

「そうでした。今日は、平原くんにお詫びをしようと思い、お呼びしたのでした。

 実は平原くんが帰ったあと、調査を継続していたんです。そしてこの週末に、複数の不可解な動きをネットで観測したのです」

 板を載せて即席の机にしたビリヤード台。その上に、九地はノートパソコンを置く。

 光たちは画面を覗き込む。表示されているのは、桜小路先輩についてのニュースだ。

「これを見て、どう思いますか、平原くん」

 教師が生徒に尋ねるように九地は言う。

 光は、じっと見つめる。女子高生、美人、天才、そういった言葉が並ぶ。あおり気味で過激な記事だ。週刊誌の電車のつり広告を思い出す。

 PVは稼げるかもしれないが、桜小路先輩とトランクの魅力を正しく伝えているとは言いがたい。

「バズりそうですが、どぎついですね」

「では、こちらはどうですか」

 次はツイッターのタイムラインを見せられる。

 桜小路先輩の写真を載せて、女子高生プログラマーとしてアイドル化している。よく似た投稿がいくつもあり、いずれも多くリツイートされていた。中には、カメラアプリで加工したようなキラキラした写真もあり、どこの誰だよといった気分になる。

 九地は光に視線を注いでいる。

 光は考える。何も問題のないニュースやツイートなら、九地は試験問題のように尋ねたりはしない。これらの記事やツイートには、おかしな点があるのだ。問題となる部分。信用してはいけないというサイン。手掛かりが、どこかにあるはずだ。

 ノートパソコンに手を伸ばして、最初のニュースに戻る。

 URLを見る。見たことがないものだ。ネットジャンキーの光には分かる。こういったニュースサイトは存在しない。おそらく、架空のメディアのものだろう。こうした記事は、偽物のニュースという意味から、フェイクニュースと呼ばれる。

 次にツイートのページを開く。発言内容が画一的だ。発言は全て、プログラムで機械的におこなっているのではないか。これはボットではないかと光は疑う。

 ボットは、ロボットを略したものだ。光は、発信者のフォロワーを確認する。ダミーアカウントばかりだ。発言が一桁台のユーザーが並んでいる。やはりボットだと確信する。

「フェイクニュースとボットですね。ネットを賑わせるために、流行を意図的に仕掛けている者がいます」

 九地は、にこやかにうなずく。

「ニュースの方は、フェイスブックで無数にシェアされています。ツイートは、大量にリツイートされています。これは検索エンジンへの攻撃ではありません。人間社会に対する認知攻撃とでも言うべきものです。

 多くの人に周知するという意味では、広告という手法もあります。ではなぜ、広告ではなく、フェイクニュースやボットを使ったのでしょうか。それは世論をコントロールするためです。人から与えられたのではなく、自分で見つけた情報だと誤認させるためです。こうした攻撃は、選挙の票操作などにも使われており、問題になっています。

 ある国が、敵対国の有力な政治家を追い落とそうとする。逆に、特定の政治家を躍進させようとする。世間からの評価を操作する。そうした攻撃手法と同じです。

 見てください。SNSでの言及数が異常な数になっています。正規のニュースと同じタイミングなために、多くの人が偽の情報だと気づいていません。誰かが広報をブーストしています。それも裏社会の方法で。そうした業者にコネクションを持つ人間がやったことでしょう。

 今回の仕掛けで、多くの人が、桜小路恵海という女子高生と、彼女が開発したトランクを認知したはずです。人は、ある対象を見た回数が多いほど、その相手を信用します。また、読んだニュースや他人の意見を、自分の考えだと信じ込みます。そして世論は形成されていきます。

 今おこなわれていることは、株価を不正につり上げる行為と同じです。誰かが、桜小路恵海とトランクの信用をつり上げています」

 あかり先生は、ぽかんとしている。ネットに疎い先生には、九地の台詞の一割も理解できていないはずだ。

 光は頭を素早く回転させる。誰かが、桜小路先輩とトランクを話題にしようとしている。仕掛けているのは、プラチナバリューの地井という人物だろう。

 ビジネスとして考えれば、サービスの価値を高めるのは、当たり前のことだ。商売上、それが望ましいのは分かる。しかし、フェイクニュースやボットなど、黒い手法を使って高めようとしているのはなぜか。

 価値を長く維持するのではなく、短期的に上げて現金化する。あとはサービスが滅びようが、桜小路先輩が困ろうが構わない。その前提で評価をつり上げているのではないか。

「神輿にされた桜小路先輩は、はしごを外されて、お金だけを持っていかれる。そうした状態になるということですか?」

「そうかもしれません。そうでないかもしれません。当たり外れのあるギャンブルとして、ブーストを狙っているのかもしれません。あるいは、つり上げた信用を空売りする。そうした商売を考えているのかもしれません。

 どちらにしろ、闇の世界と繋がった黒幕は、桜小路さんを大切に扱う気はないようです。商材の一つとしてしか、とらえていないのでしょう。不要になった時点で、捨てるつもりだと思います。穴の空いた、コンビニのレジ袋のように」

「先輩に、プラチナバリューと関わるのをやめさせないと」

 光は扉に向かおうとする。その光の手を、九天が握って引っ張った。

「待ちなさい。おにいちゃんが言っているのは、全てを悪い方に解釈した場合よ。並んでいる事実だけ見れば、黒とは言い切れないわ」

「確かにそうだけど」

「それに、仮に黒だとしても、どうやって、やめさせるつもりなの?」

「説得して」

「ぴかりんの、先輩に対する信用度は?」

 全身の力が急に失われた。まだ会って数ヶ月しか経っていない。特別親しいというわけでもない。ホテルの前で、地井に見せたような笑顔を向けられたこともない。

「じゃあ、九天が」

「私は赤の他人よ。いきなり説得して、信じてくれると思う?」

「九地さんは?」

「おにいちゃんも部外者。桜小路先輩にとって、信用度ゼロの人間よ」

「あかり先生は? 電脳部の顧問なんだし」

「先生、桜小路さんを説得できる専門分野の知識を持っていますか?」

「ごめんなさい。コンピュータのこと、よく分からないの」

 あかり先生は、しょぼんとしながら言う。

「ぴかりん、分かった? 人を説得するには、信用がいるの。セキュリティで難しいのは、その信用なのよ。

 各自が自己防衛できるスキルを持つ。それが理想だけど現実には難しい。それに、一人の人が全ての方面に精通することもできない。だから次善の策として、各人がそれぞれの分野の専門家の意見を聞くことになる。

 では、専門家として誰を信用するのか。このコントロールが必要になる。正しい専門家の意見に、全ての人が耳を傾けるとは限らない。社会は分断しているわ。有用な人間が信用を持つとは限らない。有名人の大きな声が、専門家の警告をかき消すことだってある。

 桜小路先輩の説得は難しいわよ。彼女は自分のスキルに自信がある。そして、自分が選んだパートナーの能力にも信頼を置いている。相対的に、周囲の人間に対する信用は低い。彼女は周りの人の意見を、取るに足らないものだと見なすはずよ」

 九天は、光を鋭くにらむ。

「そうだね。僕の信用度は低い。そして、電脳部の人間も同じ程度だ。たぶん彼女の両親も、似たようなものだと思う。

 先輩は、周囲の誰よりも情報技術に詳しい。その先輩に、プラチナバリューの地井は信用されたんだよね」

 ホテルの前で見せた桜小路先輩の笑顔を思い出す。完全に信頼した人間に向ける目だ。頼れる大人として、無邪気に喜びを見せていた。

 あの目や表情は、見ていない人間には分からない。戦う前から敗北を覚悟した。僕は桜小路先輩の心に、侵入することはできないだろう。

 しかし、と光は思う。諦めることはできない。黒かもしれないと分かっていながら、放っておくことはできない。傷つく可能性があるのならば、手を差し伸べなければならない。僕は桜小路先輩を助けたい。光は目に力を込める。

 九地が、財布を出して五千円札を引き抜いた。そして、光の手に握らせる。

「平原くん。五千円をいったんお返しします。この事件には、おそらく悪人が潜んでいます。まだ完全に尻尾を出していません。あるいは白かもしれないその人物を、あなたはどうしたいですか?」

 細い目が、わずかに開き、邪悪な光が漏れ出てくるように感じた。

 九地の口元は、期待に歪んでいる。依頼者の命令で、敵に破滅の一撃を与えることを望んでいる。

 敵の正体はまだ分かっていない。それに正義か悪かも判然としない。限りなく黒に近い灰色。しかし直感が告げている。桜小路先輩は騙されている。

 どこかのタイミングで決断しなければならない。冤罪を覚悟して、裁きの剣を振るわなければならない。被害が出てからでは遅い。現実の社会では、全ての答えが出てから動くと、手遅れになることがある。

 自分には無理なことでも、九地にならできる。桜小路先輩が地井を信用しているように、光は九地の力を信じている。彼なら、必要な情報を集めて、敵に一撃を与えてくれる。

「九地さん。改めて残りの仕事を依頼します」

 光は手にした五千円を九地に差し出す。

 言うべき言葉は分かっている。何度も目にした光景。ナイン電脳探偵事務所に響く断罪の言葉。裁きの剣である九地を起動させるキーワード。

「地獄へ落ちろ」

 光は声を絞り出す。桜小路先輩を救うために、まだ見ぬプラチナバリューの地井を、地獄に叩き落とそうとする。

「九天、いいですか?」

 九地は妹に尋ねる。

「許可するわ」

 決意を込めて九天は言う。

「しかるべく」

 九地は笑い声とともに、醜悪な笑みを浮かべる。

 歪んだ九地の表情を初めて見たのだろう。あかり先生は凍りつき、顔を青く染めた。



  ◆ 来栖の軍学


 エスポワールの二〇一号室。その二間の物件で、九天は兄と暮らしている。玄関に近い部屋は、兄の事務所にしている。奥の部屋は、生活道具を押し込んだ二人の寝室になっている。

 夕食を終えた九天は、風呂に入り、奥の六畳間に移動した。申し訳程度にカーテンがあり、室内は区切られている。その一方に布団を敷いて電気を消した。天井を見ながら、九天は考える。

 今日は早瀬あかりが家に来た。兄の高校時代の同級生。今は教師の女。

 早瀬には悪いが、教師という職業は糞だと思っている。問題の解決には、まるで役に立たない。

 九天は、中学時代を思い出す。あの忌ま忌ましい日々と、おこなった復讐を。中学一年生のときの記憶。馬鹿な女たちを、登校拒否に追いやった出来事を。


 小学校から中学校に上がると、クラスの大半は馴染みのない生徒になった。九天にとってそのことは、憂鬱な出来事だった。

 小学五年生のときに九天は両親を失った。友人たちは同情的で、九天のことを心配してくれた。しかし、その同情心を、新しい級友たちは持っていない。人間関係を一から作り直さないといけなかった。

 新しい環境に放り込まれた子供たちは、互いの情報を求める。自分にとって信用できる相手かどうか見極め、自らの居場所を確保しようとする。

 そうした探り合いをおこなう教室の中に、断片的な情報をラベルにして、他者にマウントを取ろうとする者たちがいた。

 両親のいない九天は「親なし」というラベルを貼られた。

 親がいないということは、ケツ持ちがいないということだ。いじめても、親経由で報復がないことを意味する。

「ねえ、来栖さんって、お父さんとお母さんがいないの?」

 三人の女子の集団。他人を見下すことを、団結と考えているグループ。関わり合いたくはなかった。無駄な労力を払いたくはなかった。

「そうだけど」

「かわいそ~~~~う」

 ――私たちのグループに入れてあげる。

 女の中のリーダーは、小柄で華奢な九天を、ペットか何かと勘違いしていた。

 最初はしつこく絡んでくるだけだった。時間の無駄なので無視していると、強硬な態度を取るようになった。突き飛ばしたり、持ち物を隠したりしてくる。犬にボールを取ってこさせるように、上履きを窓の外に投げ捨てることもあった。

 一ヶ月我慢した。教師は何の手も差し伸べなかった。仲よくしろよと、へらへらと笑って言った。教師という職業は、馬鹿でもなれるのかと感想を持つ。何かを期待した自分が悪かったと気づいた。

 体中に痣を作りながら学校に通う。クラスの人間は見て見ぬ振りだった。味方はいなかった。さて、どうするかと考える。

 九天は、死んだ父のことを考える。父は幼い九天を捕まえては、軍学の講義ばかりをしていた。自分ではなく、兄に話せばよいのと言うと、あいつは人がよすぎるかなあと苦笑した。

 ――いいか、九天。虚兵をもって実兵を討つ。来栖の軍学は幻惑の技だ。敵を退けるのに、兵の血を流す必要はない。幻を見せることで戦を避け、敵を破滅に導くことができるのだ。

 父の教えがそのまま利用できるわけではない。しかし、考え方は参考になる。九天は兄に頼み、小振りのICレコーダーを用意してもらい、学校に行った。

「来栖、てめえ、うぜえんだよ。死ねよ」

「やめて高田さん、いじめないで。どうして暴力ばかり振るうの高田さん。高田さん、ひどいことをしないで」

「ははは、逃げ回ってやがる。おらよ、地面に顔をこすりつけて土下座しろよ」

「やめて高田さん。高田さん、やめて」

 その日は、いじめの主犯格をあおり、大いに暴力を振るわせた。少しやりすぎたようだ。お腹や腕が痛かった。

 九天はICレコーダーの音声を確認する。会話はきちんと録音されていた。高田の名前もたくさん記録されている。

 翌日九天は学校をさぼった。そして、高田の母親が働いているスーパーに行った。この建物には放送設備がある。高田の母親がいることを確認してから放送室に行った。九天は、無人のタイミングを見計らって、潜り込む。そして、荷物で扉を塞いだ。

「――てめえ、うぜえんだよ。死ねよ」

「やめて高田さん、いじめないで。どうして暴力ばかり振るうの高田さん。高田さん、ひどいことをしないで――」

 大音量で、スーパー中に会話が響く。売り場が混乱しているのが分かる。扉をガンガンと叩かれた。自分の名前は、編集して消している。高田がいじめをしている様子が、彼女の母親の職場で延々と流された。

 そろそろ頃合いだな。九天は、荷物を積み上げて、高所の窓に手をかける。小柄な九天は、小さな窓から脱出した。

 今日の予定はもう一つある。九天は、高田の父親が勤める会社に行く。そして、父親が出てくるのを待った。

「高田さんのお父さんですよね。少しお話があるんです。高田さん、私と一緒にいじめられていて」

 自分の娘が、いじめる側だと告げられて、心配する親はいない。しかし、いじめられていると言われれば、話を聞こうとする。

 九天は、喫茶店で一時間ほど父親と話した。そして、その会話を全て録音した。

 翌日学校に行った九天は、高田たちに呼び出された。

「てめえ、何をやってくれたんだよ!」

 高田は怒りに任せて九天を突き飛ばす。九天は転んで膝をすりむいた。膝の砂を払って立ち上がり、昨晩用意した音声を再生した。

「順子ー、順子ー」

 彼女の父親が嗚咽する声だ。その声に、女の喘ぎ声が被っている。高田たちが、ぎょっとする。九天は用意した台詞を、淡々と告げた。

「高田。あんたの親父、腰を振りながら娘の名前を呼ぶんだな」

 場が凍りつく。高田たちの妄想が勝手に膨らむ。母親の職場で、本物の音声を流している。今回の音声が、偽物だと考える理由は、どこにもなかった。

「なあ、高田。あんたが明日学校に来たら、この音声を校内中に流す。順子ー、順子ーと言いながら抱きつく、あんたの親父の声をな」

「ひっ」

 高田は尻餅を突き、九天を見上げる。

「待ってるぜ。校内中が驚き、順子って誰だ、このおっさん誰だって、言い出すのをさ!」

 三人の女たちは、顔面を蒼白にさせた。

「やめて欲しければ、私が卒業するまで二度と学校に来るな。いいか、分かったか!」

 九天は、炎のような目を高田に向ける。

 翌日、高田は学校に来なかった。あと二人。九天は敵を排除する計画を立てる。

 一ヶ月後、三人の登校拒否児童が誕生した。無能な教師に代わって、いじめを解決した。九天はそれ以降、学校で孤立するようになる。

 それからしばらくして、兄が起業に失敗した。精神を病んで、エスポワールというボロアパートに引きこもるようになった。九天は、兄の面倒を見るために、伯父夫婦の家を出てともに住んだ。そこで九天は、兄を促し、情報技術のトラブルを解決する仕事をさせた。短期的な依頼をこなすことで、リハビリになると考えたからだ。

 九地の状態は徐々によくなってきた。しばらくして兄は、過去のことを調べたいと言い出した。

 兄が立ち直るのには必要だろう。そう判断した九天は賛成した。その結果、九地は親友の裏切りを知り、精神の平衡を崩した。

 九地は、エスポワールの部屋で暴れた。来栖の家から引き上げていた、様々な骨董品を投げては壊した。その中には、出すべきところに出せば金になるようなものもあった。

 九天は部屋の隅で小さくなり、嵐が去るのを待つ。九天に物を投げないのは九地の最後の一線だったのだろう。破壊の暴風は、まるで台風の目のように九天を避けて発生した。

 九地の破壊は自身にもおよんだ。彼は古い機械を素手で殴った。割れた花瓶を無造作に踏んだ。床や壁には血の跡がついた。一匹の猛獣が、小さい檻の中にいるようだった。

 こんなことで、唯一の家族を失いたくはない。

 九天は兄を慕っていた。よりよい結果を導くには、どうすればよいか考える。九天は、父の言葉を思い出す。

 ――いいか、九天。偽罪を犯させ密約を交わす。善良な人間ほど、罪の意識に縛られる。そうした人間を支配下に置くには、偽りの罪を犯させ、秘密の約定を結べばよいのだ。

 また、父はこうも言った。

 ――兄ではなく、弟が家を継いだのには理由がある。私の兄は優しすぎたのだよ。軍学には向いていなかった。兄弟のあいだにも、はかりごとは必要なのだよ。よりよい結果を導くにはな。

 家族の絆を組み替えて、新しい関係を築く。

 父は家督を継ぐために、それをやった。九天は兄を助けるために、それをやろうとしている。

 動機は違う。結果も異なるだろう。父の行動は、私欲から発していたと思う。自分の行動は、利他であると信じている。

 元の兄妹の形は、失われるかもしれない。それでも、全てをなくすよりはよいと思った。兄が完全に壊れる前に、自分がブレーキになる。そうすることで、たった二人の家族を守ろうと決めた。

 ある日九天は、話し合いをしたいと九地に提案した。

 うつろな目の兄は、力なくうなずく。

 荒れ果てた小さな部屋。骨董品の残骸の散らばった場所。二人だけの空間で話し合いは始まった。

 親の財産を食い潰した親不孝者。働くことなく引きこもっている寄生虫。九天は、兄の現状を責め立てる言葉を並べる。

 九地は怒りで顔を震わせる。九天は兄の感情を昂ぶらせていく。そして、いきなり殴りかかった。

 予想しなかった事態に遭遇させ、発作的に行動させる。

 驚いた九地は、九天を力任せに振り払った。二人は体格が大きく違う。長身の兄に、痩せ犬のような妹。九天の体は壁に叩きつけられた。九天は、ガラクタの散らばる床の上に、壊れたおもちゃのように落下した。

 唯一破壊に巻き込んでいなかった妹を傷つけた。

 兄は気が狂わんばかりに、むせび泣いて詫びた。

 九天の体は、骨が折れていた。痛みで頭が真っ白になる。

 ――おにいちゃんは私が守る。

 遠のく意識の中、九天は、そのことだけを考えていた。

 白いシーツ、掃除の行き届いた部屋。九天はベッドに横たわり、九地は椅子に座っている。

 入院した病院。そのベッドの上で、九天は告げる。

「おにいちゃんは壊れているの。だから、何かするときの判断は、全て私に任せてちょうだい」

「分かった、俺の行動や決断は、全部おまえに任せる。本当にすまなかった」

 人のよい兄は、懸命に詫びた。

 ――偽罪を犯させ密約を交わす。

 九天は、兄にわざと暴力を振るわせ、罪悪感を植えつけて支配下に置いた。

 ――兄弟のあいだにも、はかりごとは必要なのだよ。よりよい結果を導くにはな。

 父の言葉を思い出す。

 お父さん、こういうことよね?

 果てしない無音が返ってくる。

 既に肉体を持たない父は、何の返事もしてくれなかった。全ては自己責任だった。

「九天。俺は何をすればいい?」

 椅子の上の兄が、無邪気な笑みを浮かべて問うてきた。その顔は、これまでになく晴れ晴れとしていた。

 背筋が凍りついた。

 呵責という荷を下ろした兄は、全ての責任から解放された顔をしていた。九地が下ろした荷は、これから九天が一人で背負うことになるのだ。

 自分の目元に皺が寄るのが分かった。顔の筋肉が強張る。木の皮の仮面をかぶったようになる。

 九天は声を出そうとする。しかし声は出なかった。口の中が乾いていた。炎を飲み込んだようだった。

 兄は自分を信用している。そして、どんな命令でも聞こうとしている。

 他人に権限を委譲される重み。

 胸に大きな痛みが走る。

 人に無条件に信用される。そのことに、何の痛みも恐れも感じない人間は、いるのだろうか。もしいれば、どこか心が壊れている。九天は、兄の笑顔を見ながら、そう思った。



  ◆ ペーパービジネス


 翌日になった。光は学校をさぼって九地に同行している。これまでは報告を聞くばかりだった。しかし実際に足を運んで、自分も何か手を打ちたかった。

 九地は最初反対した。学生の本分は勉強です。学校をさぼるなど、もってのほかですと主張した。

 いつもの九地なら、そんな細かいことは言わない。あかり先生に会ったからだろう。どうやら九地は、先生にいい顔をしたいらしい。高校時代の初恋なのかもしれない。勝手なことを想像しながら、九地と待ち合わせて電車に乗った。

 電車移動で気づいたことがある。九地はとても目立つのだ。

 百八十センチメートルを超える長身。白いシャツに緋色のサスペンダー。少なくともサラリーマンには見えない。公務員とも思われないだろう。アニメや映画から飛び出てきたような人物。そうした外見のため、周囲の注目をやたらと浴びるのだ。

 光と九地は、電車のつり革を握っている。座席に座っている人たちが、ちらちらと九地を観察しているのが目に入った。

「九地さんって、滅茶苦茶目立ちますね」

「そうですかね」

「せめて普通の格好をしていたら、そこまで悪目立ちしないと思うんですが」

「シャツにズボン。普通の格好だと思うんですが」

 サスペンダーがなければそうだろう。どうやら本人は気にならないようなので、それ以上突っ込むのはやめた。

 東京で乗り換え、四ツ谷駅に着いた。プラチナバリューもラングモックも同じ住所にある。九地は一度写真を撮りに来ているが、光は初めて訪れる。

 九地は、ラングモックの岩田にアポを取った。口実は、アジアに進出している会社に、日本語による評判解析サービスを提供したいというものだ。

 SNSの投稿を収集して、特定の製品やサービスへの言及を解析する。それがポジティブなものかネガティブなものか。影響力はどのぐらいか。そうした情報を自動で記録して、確認できるようにするサービスの提供。昔九地が属していたベンチャー企業で、似たプログラムを書いたことがあるそうだ。

 九地は、システムの主任開発者。おまけでついてきた光は、若手社員という設定らしい。高校一年生なので、さすがに無理なのではと尋ねると、童顔という設定でいきましょうと九地は言った。

 十二階建てのマンションに入り、エレベーターで上階に向かう。七階で降りて七番目の部屋の前に立った。

 九地が、インターホンのボタンを押す。扉が開いて、中から四十代の男性が姿を現した。派手なシャツに、金ぴかの装飾品。体毛が濃くて日焼けしている。お腹は出ていて、小金持ちの中年男といった雰囲気だった。

「初めまして、SNSスキャナーの久留米です。こちらは、うちの若手の平橋です」

「ラングモックの岩田です。玄関先もなんですから、どうぞ上がってください」

 玄関に入り、靴を脱ぐ。廊下を抜けて応接室に行き、互いに名刺を交換した。

 九地は、来栖という名字に音が近い、久留米という名刺を作ってきた。光は、平原に似た平橋という名刺を用意した。

 岩田の名刺には、ラングモックという社名とともに、武蔵という名前の読みが書いてあった。武蔵と書いてタケゾウと読む。ムサシじゃないのかよ。心の中で突っ込みを入れる。親は、何を考えながら名前をつけたのかと思いながら、ソファーに腰を下ろした。

 岩田は話好きだった。これまでの様々な海外企業の日本進出を、面白おかしく話してくれた。

 まず、印鑑文化で引っ掛かる人がいるらしい。どういった印鑑を作ればよいか、どこで手に入れればよいか。そういったところで困るケースもあるという。

 また、敷金礼金に納得がいかず、話がこじれることもあるそうだ。自分たちが外国人だから騙されているのではないか。そうではなくて、この国の商習慣なのだ。不信感を取り除き、ビジネスに集中してもらう。知っていれば簡単なことも、一からやるとなると大変なのだと教えてくれる。

 岩田の話は、高校生の光が聞いても面白かった。中小企業の気さくな親父といった感じだ。岩田は大きなお腹を揺らしながら、話術で場を盛り上げる。

 直接的な仕事の話は一割ほどで、あとは雑談が続いた。おそらく岩田は、この人間力で商売を回しているのだろう。一対一で話すことで信頼を得る。一対多でスケールするITの世界とは、また違うビジネスの手法だ。彼は、信用をお金に換える商売をしているのだ。

「岩田社長は、今話題の女子高生プログラマーをご存じですか?」

 話の流れに上手く乗って、九地が質問した。

「へー、女子高生プログラマーかい。興味あるな。それで、そいつは、どんなことをやっているんだ?」

 岩田は、好奇心を剥き出しにして身を乗り出す。九地は、桜小路先輩の開発しているウェブサービスの説明をしたあと、一呼吸置いた。

「彼女の広報を担当しているのは、プラチナバリューという会社の、地井さんという方だそうです。代表取締役は、岩田社長あなたです」

 直球の言葉を浴びて、岩田は目を剥いてソファーから腰を浮かせる。

「俺の会社?」

「そうです」

「確かに、プラチナバリューという会社は、だいぶ前に登記した記憶がある。だが、地井という奴は知らんぞ」

「岩田社長。あなたのお仕事は、海外から日本進出する会社のために、現地での法人設立を手助けするというものです。一から会社を作ることもあれば、休眠会社を売却することもあります。

 そうしたビジネスの中には、売った会社が、犯罪に使われるケースもあります。あなたはそうした事情を黙認しながら、法人を売買することを生業にしています」

 歯に衣着せぬ九地の言葉に、岩田は顔を真っ赤にして目を怒らせる。

「俺が、犯罪者の片棒を担いでいるとでも言うのか」

 拳を握り、全身に力がこもっている。

「岩田社長が、具体的にどういったことをしているのかは知りません。詮索する気もありません。

 私は、先ほど話した女子高生プログラマーが通う高校の先生に頼まれて、今日ここに来ました。生徒が犯罪に巻き込まれないように、調査して欲しいと言われたんです。

 大人の世界の話ではありません。対象は未成年者です。素性の知れない会社に預けるわけにはいかない。必要ならば警察に相談します。

 未成年者が被害者になっているという話なら、警察は喜んで動きますよ。それも芋づる式に余罪が出てきそうとなれば、なおさらです。私はそうした大事にはしたくないんですよ。生徒の将来もありますからね」

 九地は、岩田の心の防壁を、ゴリゴリと削っていく。

 説得力には、九地の体格も影響している。百八十センチメートルを超える身長。キーボードを扱うには大きすぎる手。必要ならば殴り合いも辞さないという態度。

 岩田は額に汗を掻き、ソファーに腰を沈める。手の甲で汗をぬぐったあと、大きく息を吐いて緊張を緩めた。

「プラチナバリューは、数年前に登記した会社でね。少し前に売る算段がついたところだよ。法務局には、もう申請を出している。審査状況にもよるが、そろそろ俺が代表ではなくなっている頃だと思うよ」

 油断できない相手だ。先ほど驚いてみせたのも演技かもしれない。

 しかし、タイミングの差だったのか。まだ岩田が社長のときに、九地は登記簿を取ったというわけか。

「誰に売ったんですか?」

 九地は尋ねる。

「チーリンと名乗っていたよ。地井というのは、その名前の一部じゃねえのか? 日本人の名字にあるから、その方が通りがいいだろうからな」

 音の響きから、中国系なのかと想像する。

「フルネームは分からないんですか? 申請書類を書く際に必要でしょう」

 九地が当然の疑問をぶつける。

「印鑑を押して、あとは勝手にしてくれと言って渡したよ。いろいろな事情の相手がいるからな。そうした方が、高く売れるってのもあるんだ。事情は詮索しない。そういうビジネスだ。こんなことでもなければ、相手のことなんかべらべらと話さねえよ」

「チーリンは、どう書くんですか?」

「どうだったっけな。ちょっと待ってくれ、メールを確認する。隣の部屋のパソコンを見てくるよ」

「私も一緒に行きますよ。ケツ持ちを呼ばれても困りますからね」

 九地の言葉に、岩田は舌打ちをする。岩田はヤクザと繋がっているのか。大変な現場に同行してしまったと、光は体を硬直させる。

「パソコンはノートパソコンですか?」

「そうだよ」

「こちらの部屋に運び、私たちの前でメールを確認していただきます」

 相手の用意した舞台では勝負をしない。戦争と同じだ。少しでも敵の仕掛けを取り除くために手を尽くす。

 九地と岩田は隣室に行き、戻って来た。九地は岩田の横に移動する。光も招かれて、岩田を挟むように座った。

 岩田はノートパソコンを起動する。メーラーを立ち上げ、チーリンとやり取りしたメールを表示した。

「これだよ。メールアドレスがチーリンになっているだろう。そうそう、Qで始まるんだった」

 岩田は、ぴしゃりと額を叩く。

 ――QILIN。

 日本人には馴染みのない読み方だ。

 光はすぐに気づく。この綴りは、母音を抜くとQLNになる。桜小路先輩がグーグルカレンダーに書き込んでいた名前と同じだ。

 画面をじっとにらんだあと、九地はスマートフォンを出して、QILINという言葉を検索する。

 麒麟。

 実在の生き物ではなく、中国神話に現れる伝説上の霊獣だ。

 検索したあと、九地が固まっている。どうしたのかと思い、様子を窺った。全身に力がこもっている。顔は怒りに震えている。開いた手は、握りしめられていた。殺気が部屋を満たしている。光は腕に鳥肌を立てた。

「もしかして、ジラフなのか」

 怨嗟の声が九地の口から漏れる。

 キリン。

 哺乳綱偶蹄目の動物。想像上の生き物ではなく、現実に存在する生物。

「あいつが、この件の黒幕なのか」

 九地の声は、閻魔の声のように低く部屋に響いた。



  ◆ 崩壊のエスノグラフィー


 ラングモックとプラチナバリューの所在地になっている、十二階建てのマンションを出た。

 光と九地は、四ツ谷駅へと続く道をたどり始める。

 無言だった。九地はまだ殺気を放っている。横にいると肌がぴりぴりと痛い。

 光は知りたかった。来栖九地という人間の過去に、いったい何があったのかを。今回の事件の黒幕と、どのように関わっているのかを。

「チーリンは――、ジラフとは、何者なんですか?」

 激しい拒絶を覚悟して九地に尋ねる。しばらく黙っていたあと、九地は答えてくれた。

「身近な人物ですよ。いや、身近だったと言った方が正しいでしょうね。高校時代の友人です。そして、ともにベンチャー企業を立ち上げた、メンバーの一人だった男です」

 高校時代の友人。そのことから、あかり先生の話を思い出す。

「もしかして、図書部員だった人ですか、同じ学年の」

 九地は驚いた様子を見せる。

「平原くん。きみは名探偵ですね。――もしかして、早瀬さんに聞いたんですか?」

 光は、少し考えて答える。

「あかり先生に聞いたのは、図書部で仲がよかったという話だけです。あとは直感です。高校時代の友人といっても、何人もいるでしょうから」

 九地は、真面目な顔をする。

「直感は大切ですよ。何かがいつもと違う。何となく妙な気がする。違和感は、セキュリティではとても大切なことです。

 しかし多くの人は、おかしいと思いながらも、そのまま惰性で行動します。正常性バイアスもあります。人間は、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、リスクを過小評価したりしてしまう傾向がありますからね。

 防げるんですよ、猜疑心を持って物事に臨み、警戒の手を緩めなければ。全てではありませんが、何割かの被害は避けることができます。

 致命的な被害がなければいいんです。セキュリティとは、防御の方法であると同時に、ダメージコントロールの方法でもありますから。

 通常はそれで上手く回ります。しかし、被害に遭っていることにすら気づかない、警戒心の網をすり抜ける攻撃を受けることもあります」

 九地は顔を歪めながら語る。過去に苦い経験をしたのだと光は気づく。

「いったい、何があったんですか。そして、チーリンとは、ジラフとは、どういった人物なんですか」

 しばらく黙り続けたあと、九地は話し始めた。光を信用して、自身の個人情報を開示することに決めたようだ。

「チーリンは、おそらく私の知っている人物です。こうした絵図を描けて、似た名前の人間が、そうそう何人もいるとは思えません。それに、平原くんが言っていた外見にも一致しています」

 九地は迷いながら話を続ける。

「ジラフとは、那珂麒麟なかきりんという男です。先ほど平原くんが話した図書部員ですよ。彼は仲間内でジラフと呼ばれていました。

 彼は美形で、口が上手く、周囲の信頼を勝ち得ていました。しかしその実態は、悪賢く、他人を食い物にして生きる人間です。

 私はその正体を、被害を受けてしばらく経つまで見抜けませんでした。彼も自分たちと同じ、被害者の一人だと信じ込んでいたのです。

 仲間内の中で、彼の悪事に気づいたのは私だけです。あとのメンバーは、今でもジラフのことを、信用できる仲間だと思っています。彼は私たちのあいだで、絶大な信頼を得ていました」

 そんな人間がいるのか。人の信用を易々と得て、その信用を手形として、友人に攻撃を仕掛けるような悪人が。

「高校時代、私は図書部に属していました。同学年には、早瀬さんとジラフがいました。

 同じ学年、同じ部活ということで、私と彼は親友と言ってもよい間柄でした。ニックネームはナインとジラフ。早瀬さんはそのあいだで、いつも笑顔を振りまいている存在でした。

 私たち三人は、高校を卒業して、それぞれ違う大学に進学しました。私は工学部に進み、早瀬さんは教師になるために教育学部に行きました。ジラフはビジネスの勉強をしたいと言い、経営学部を選びました。

 大学時代、図書部の三人は疎遠になりました。新しい友人もでき、たまに地元に戻ってきたときに、顔を合わせる程度の交流になりました。

 大学を卒業した私は、ポータルサイトを運営しているIT企業に就職しました。会社での仕事は楽しいものでしたが、私はさらなるチャレンジを求めました。

 プログラミングの研究会などに参加しているうちに知り合いが増え、そうした仲間たちと集まって、ベンチャー企業を作るという話になったんです。情報技術の世界では、時折あることです。両親が、この時期に亡くなり、自分の生き方を考え直したというのも大きかったです。

 プログラマーが集まって会社を作る。とはいえ、技術者だけでは、いずれ行き詰まるのが目に見えています。営業や経営が分かる人間が必要です。それも情報技術を理解していなければなりません。なかなか厳しい条件です。

 私たちは、それぞれの人脈で、いくつかの人材に当たりました。その中で仲間たち全員が絶賛したのがジラフでした。ビジネスのことが分かり、情報技術も詳しい。大学在学中に事業を興して、売却した経験もある。卒業後はコンサルタント会社に勤めており、様々な現場を知っている。

 これほど条件に合う人間はいません。紹介した私は、鼻が高かったことを記憶しています。

 起業の準備が始まりました。ジラフは、ある種のサイコパスだったのだと思います。そうした人間は、人の輪に入っていくのが特に上手いと言われています。彼は、角砂糖に水滴を垂らすように、私たちのチームに浸透しました。そして、ともに会社の立ち上げに関わったのです。

 ジラフは複数のベンチャーキャピタルから、ほとんどノーリスクで資金を集めました。営業や広報にも力を発揮しました。開発者だけでは成し遂げられなかった成果を、会社にもたらしました。私たちは彼を信用しました。

 会社崩壊の遠因は、開発の一部を外部に発注するようになったことでした。安価で質のよいプロダクトを求めて、私たちは海外に協力先を求めました。

 そうしたやり方は、誰が提案したのか覚えていません。自然と決まった気がします。あるいはジラフが誘導したのかもしれません。ジラフは、他人に決断させるのが上手でした。自分はサポート役という態度を崩さず、その実、周囲を意のままに動かす話術に長けていました。

 アジア圏の複数のベンチャー企業。それらに発注した仕事に、納期の遅れが発生しました。上がってきたプロダクトはゴミでした。ベンチャーキャピタルから得た金の多くが使われました。

 進捗の管理は、社内の開発者が持ち回りでやっていました。ジラフはタッチしていなかったんです。彼は責任の外にいました。ジラフは、意気消沈する仲間たちを慰める役として振る舞いました。

 会社の金がショートし始め、社内には怒号が飛び交うようになりました。社員は疲弊し、ちょっとしたことで喧嘩が絶えない職場になりました。

 ぶつぶつと独り言を唱える者、間欠的に怒鳴り声を上げる者。躁鬱が入り乱れる、すさんだ閉鎖空間。その最悪の人間関係の中で、ジラフは唯一のまともな人間として、献身的に仲間のサポートを続けました。

 最終的に会社は倒産しました。海外発注した際の契約書に穴があったんです。そのため、プロダクトの不具合を追求できませんでした。それに、管轄裁判所がシンガポールになっていたことも問題でした。自分たちの規模と経験では、海外で裁判を戦える自信はありませんでした。

 会社は倒産して、仲間はばらばらになりました。メンバーは全員、ジラフに感謝していました。私もそうです。彼に迷惑をかけて、経歴を汚してしまったと考えていました。

 私は心身ともに傷ついていました。心は荒れ果て、健康も害していました。

 ベンチャー企業を始める前には、両親が残した土地がありました。しかし、そのときには失っていました。会社の存続のために売却して、資金に当てていたのです。そのことで伯父夫婦とは対立しました。私は伯父の家を出て、小さなアパートで暮らすことになりました。それが今のエスポワールです。

 私は回復のためにアパートに引きこもりました。九天が伯父夫婦の家から来てくれて、私を支えてくれました。

 しばらく経ち、落ち着いてきた頃に、九天が私に、電脳探偵事務所を開くことを提案しました。定期的な仕事ではなく、短期的な仕事。専門知識を活かしながら、納期に追われることのない働き方をする。

 私は彼女の提案を受け入れました。ぽつぽつと依頼が入り、少しずつ取り組みました。そうした経験が溜まったあと、過去を振り返ってみたいと妹に相談しました。自分の心に区切りをつけるためにです。それでおにいちゃんの心が晴れるならと、九天は言ってくれました。

 原因となった発注先は、いずれも海外のものでした。情報を集めることは容易ではありません。旅行の費用を貯め、アジアの諸国を回りました。当時の関係者に会い、可能な限り話を聞きました。

 そうしているうちに、キックバックという言葉を耳にしました。末端の社員の話です。その会社の社長が口にしていたそうです。耳を疑いました。私のいた会社では、そうしたことは一切おこなっていなかったからです。

 キックバック先は、私たちの会社ではなく別の会社でした。社長を探すと、ホームレスでした。誰かが、その会社を隠れ蓑にして活動していたのです。

 キックバックのせいで、プロダクトの開発には、まともな人数も工数も割かれていませんでした。納品を前提とした体制ではなかったんです。最初から資金を抜くために、全てが仕組まれていたのです」

 九地の顔は青い。額には汗がにじんでいる。

 トラウマなのだろう。事実を知ったとき、彼は狂気に陥った。

 高校時代からの友人。自分が招き入れた人間。その人物が、会社を崩壊させて、仲間たちをどん底に叩き落とした。九地は親の土地も売って、会社に資金を入れていた。そうした金をジラフは、誰にも悟られることなく、周囲に感謝されながら抜き取っていったのだ。

「どうしてジラフさんだと分かったんですか?」

 今の話からだけでは、ジラフが犯人か分からない。

「リストです。海外発注先の候補のリスト。検討の初期段階で、その選定をしたのがジラフだったんです。

 選んだのは他の社員です。でも、どこを選んでも同じだったんです。いくつかの会社は、同じ社長が持つ会社でした。海外展開時に、名前だけ変えているところもありました。

 選べるだけの数があったようで、実は選択肢はなかったんです。私たちは、ジラフの手の平の上で転がされていたんです。

 その事実を知ったとき、全ての謎が解き明かされました。ジラフが糸を引いていた。そうした視点で、これまでのことを見直すと、合点がいくことばかりだったんです。

 彼がことあるごとに、適切な慰めの言葉をかけられたのは、何が起きるのかをあらかじめ知っていたからです。いつでも落ち着き、周囲の精神的な支柱になっていたのは、自分のコントロールの範囲内だったからです。

 ジラフは悲痛な顔で、私たちの悩みを聞いてくれました。おそらく彼は、地獄のような様相になっていた、あの会社の末期を楽しんでいたのです。自分は安全な場所にいて、他人の不幸を共有することに、博愛的快楽を得ていたのです。

 私は慟哭しました。怒りを周囲にぶつけました。そして、九天に怪我を負わせてしまったんです。それでも彼女は、私のもとから去りませんでした。

 私は大いに反省しました。そして九天に心の鍵を渡したのです。私の行動や決断を、そして怒りの解放先を委ねるという、権限の委譲をおこなったのです。大きすぎる負の感情のスイッチを外部装置化したのです」

 光は、何を言ってよいのか分からなかった。九地が九天にしたことは、正しいことだったのかと疑問を持つ。

 九地は妹に、怒りの解放先の決定権とともに、負の感情を丸ごと託した。九天の心は、その負荷に押しつぶされそうになっているのではないか。彼女の目は闇に染まっている。兄の恨みを一身に引き受けて、呪いをかけられた状態になっている。

 解放してやらなければならない。九天を救ってやらなければならない。

 これまで彼女に対して、そうした感情を抱いたことはなかった。初めて守るべき存在として、来栖九天という少女のことを認識した。

「ジラフさんは、なぜ桜小路先輩に接触したんですか? そして、どうやって先輩の信頼を勝ち得たのですか?」

 この事件を追うことで、九地はジラフにたどり着ける。そうすれば九地は過去から脱して、九天の呪いが解けるのではないか。

「彼には他の人にはない、桜小路さんに対する、大きな価値のあるカードを持っていたんです」

「それは」

「自分と同じ学校を卒業した先輩。学校のOB。桜小路さんにとってジラフは、他人ではないんですよ。ネットの向こうの誰かではなく、手の届く範囲にいる大人なんですよ。彼女の認識ではそうなっているはずです。広大なネットの海にいる、数少ない心を許せる人間になっているはずです。

 しかし、現実は違います。ネット越しに、ハンドルネームで知り合った相手でしかありません。ジラフにとって桜小路さんは、数多い接触相手の一人です。共通点が、たまたま出身校だったというだけです。それは、趣味でも、過去の体験でも、誕生日でも、何でもいいんですよ。共通点があるのは、偶然でも何でもないんですよ。

 正直なところ、同じ学校という信頼のよりどころを抜きにしても、ジラフは頼れる人物です。ベンチャー企業の立ち上げに関わったことがある。優秀な営業であり、広報でもある。ビジネスの様々な面について知識があり、経験がある。そうした人が、自分のためだけに働いてくれる。どうです。とても魅力的でしょう。

 ジラフは、ネットで金の卵を見つけた。有用なプロダクトを持っており、社会経験が乏しい高校生。信用させることができる共通のプロフィールを持っている。彼女は女性で、ジラフは誰の目から見ても魅力的な男性である。簡単に心のセキュリティホールを突けるというわけです。

 自分が自由にコントロールできる相手。彼は、私たちのときと同じことを、やるつもりだと思います。桜小路さんとトランクの価値をつり上げておいて、誰にも気づかれないようにお金を抜く。

 おそらく儲けだけが目的ではないでしょう。彼の能力なら、まっとうな方法でもお金を稼げます。手法自体に意味がある。そこで起きることに価値がある。

 自分に信頼を寄せている人の心が壊れ、地獄に落ちていく様子を、間近で観察するのが快感なのでしょう。

 桜小路さんの社会的価値を高めて、一気に落とす。壊れやすい卵がどうなるのかを、見届けようとしている」

 光は背筋が冷たくなった。嫌な汗を脇の下に掻いた。

 ホテルの前で桜小路先輩と会っていた、美しい容姿の男を思い出す。

 悪魔のような存在。人を破滅に向かわせるハーメルンの笛吹き男。彼は、この社会をさまようウイルスだ。被害が拡大する前に隔離して除去しなければならない。

「ジラフさんは、今どこにいるんでしょうか?」

「会ったら、ぶち殺してやる」

 怒りを解放するように九地は言う。

 声にこもった熱量に、背中の皮膚が震えた。九地は醜悪に歪んだ顔で、拳を握っていた。

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