26・王子と脱出劇


 俺は夕食も食べずに地下の部屋で寝てしまったらしい。


目覚めると、まだ夜明け前で外は真っ暗だし、お腹が空いていたので台所へ行った。


ガストスさんはいなかった。


誰かの気配を感じたのは、きっとクシュトさんの配下だろう。


あの黒いお爺さんは気配なんて感じさせたことはない。


 俺はお湯を沸かし、お茶の用意をしながら、簡単な朝食の用意をする。


「パンでも焼くか」


おばちゃんが休みの間の分として作り置きしてくれたパン種を全部焼いた。


何だかもうこの小屋には戻って来られない気がして、残しておく気になれなかった。




 焼いている間に、俺は貸し馬車屋の若旦那宛に手紙を書く。


他にもお世話になったいろんな人の顔が浮かんだが、どうしても言葉が浮かばなかった。


「ありがとう」と大きく書いた普通の紙を玄関ドアの内側に貼った。


庭師のお爺ちゃんならこれで分かってくれる。


裏口の勝手口には「余った食材は持って行ってね」とおばちゃんたち宛に書いて貼った。


たいした量じゃないからそんなに圧迫しないだろうと、来年用に取ってあった花や野菜の種を自分の鞄に入れた。


一つパンを頬張りながら、残った焼きたてのパンとお気に入りのお茶の葉も入れる。


少し走ろうと思って小屋の外に出ると、空が白み始めていた。




「ケイネスティ様、お迎えに上がりました」


全く知らない顔の男性が迎えに来た。


俺は黙ってあとについていく。


途中でクシュトさんの顔が見えたので鞄と若旦那宛の手紙を預けた。


 王宮の風呂に入れられる。   


前はガストスさんにゴシゴシやられたが、今回は若い薄着の侍女が来て、念入りに洗ってくれた。


俺は何だか余計に腹が立って、王子と交代して引っ込んだ。


 王子はどうするのか見ていたら、普通にどっしりと構えていた。


なんていうか、これぞ王族とでもいうか、あの国王陛下の立ち居振る舞いに似ている気がした。


風呂から出た後、王子がニッコリ笑うと、侍女がほんのり頬を染めて俯いていた。




 この前の新年の正装もどきとは違う、もっと重い感じの礼装を着せられた。


全体に白っぽくて銀糸の刺繍が派手に入っている。


鏡は無いけど王子ならきっとすごく似合ってるだろうな。


ちょっと年配の侍女長のような女性が来て、


「朝食はおとりになりましたか?」


と聞いてきたので、王子は頷いていた。


 今度は近衛騎士の派手な軍服の若い男性兵士が二人もきて、祈祷室へ案内される。


前回は礼拝堂だったが、祈祷室はその隣の扉だ。


何故か廊下にずらりと兵士が並んでいる。


祈祷室の近くになると、今度は文官らしいローブ姿の男性が数人並んでいる。


何だか茶番のようで、俺は王子の中でクスクス笑っていた。


王子は無表情だけど柔らかく自然な感じで振る舞っていた。


俺には出来ない。 ガチガチに固まって、足と手が同時に出たりするわ、絶対。




 祈祷室の扉の前に一人のかなり高齢の神官が立っていた。


「ケイネスティ様、この部屋にはお一人で入っていただきます」


と、注意事項を説明し始めた。


俺は以前、王都の町中の神殿で一度説明を聞いている。


それとほぼ差異はないようだ。


王子は重々しく頷いている。 役者だなあ。


 扉が開く。


中は薄暗くて足元が見にくいと思ったら、パアッと被告席のような祈祷席までの絨毯が光った。


まるで死刑台に上るようだと俺は自嘲気味に笑う。


ゆっくりと進む。


ちらりと壁際を見ると、騎士席に父王、文官席に宰相様、魔術師席に知らないお爺さんが乗っている。


どうやら他にもいるようだが、あまり気にしないことにした。


 丸い台の上に乗る。


三方向は腰までの低い木の柵に囲まれ、それ以上は前には動けない。


教えられた通り片膝を付き、手を組んで祈る。


俺は何を祈るのかは知らない。 王子はただ黙って目を閉じていた。


目の前に立つ神像の頭の上に、ステンドグラスの細長い窓がある。


そこから光が零れ落ちて来て、やがて部屋の中は目もくらむような真っ白な光に溢れた。




 声が聞こえた気がして、恐る恐る目を開けると、白い空間に神像と同じ姿の女神が立っていた。


「ケイネスティ、そしてツライケンジ。 其方たちを『王族の血統』と認め、『祝福』を授けます」


王子はさっきの片膝を付いた姿勢のままで、俺はびっくりして尻もちをついていた。


俺は、四年ぶりに自分の名前を呼ばれて、呆然として女神を見上げている。


ニッコリと微笑む女神は白い布を巻き付けたような衣装で、形容のしようがないほど美しかった。


「ありがとうございます」


王子の声が聞こえた。 真っ直ぐに顔を上げて女神様を見ている。


「あなたたちはすでに『魔術の才能』も『逆境を生き抜く才能』も持っています」


二つも!。 俺は胸が熱くなる。


王子、俺たちはこれで終わりじゃない。 きっとこれからも生きていけるぞ。


「決してそれを無駄にしないように」


「はい!」


俺は姿勢を正し、大きな声で返事をした。


女神が笑顔と共に空に舞い上がり、ふいに俺たちを包んでいた光が消えた。




 気が付くと祈祷室の中は混乱状態だった。


俺の中で何かが「王子を逃すなら今しかない」と急かす。


「今のを見たか。 こんな光量の降臨は初めて見たぞ」


「おおおお、女神様が、女神様が本当にお言葉を」


国王が台を下りて王子の側にやって来た。


「おめでとう、ケイネスティ。 お前は正式に王族と認められた。


『王族の祝福』はここにいる全員が認めたぞ。


何やらところどころ聞き取れなかったが、才能は何があったのかな?」


王子は立ち上がり、首を横に振った。


俺は『神様の祝福』で声が出るようになるんじゃないかと少し期待していたが、そんな効果はなかったみたいだ。


「ん?、どうした」


王子はその手にあの赤いバンダナを持っていた。




<発動>


バンダナはキラキラと光りに包まれ、金色の魔法陣が浮かび上がる。


そして、その姿を王子の顔の大きさくらいの黄色の鳥に変えた。


俺も驚き過ぎて良く分からないけど、カナリアみたいな鳥だ。


『父上、そして王宮の皆さん』


その鳥は王子の肩の上で言葉をしゃべった。


おおお、とどよめきが部屋の中に溢れ、やがて静寂が訪れた。


『私は王位を継ぐ気はありません。 このままノースターに向かいます』


「な、なんでそれを。 それはこのあとでー」


宰相様が焦った声を上げた。


この後、王子を交えて北領への移動の話をする予定だったらしい。


『手続きはオーレンス宰相様にお任せします』


そう言って、王子は扉に向かって歩き出した。


バタンと扉が乱暴に開かれ、戦闘用の服に身を包んだガストスさんが入って来た。


あの姿は王宮を出る準備が出来たという合図だ。


「坊。 こっちだ」


『はい』


鳥が声を発すると、ガストスさんも驚いていた。




 ガストスさんが先導して、早足で王宮の出口に向かった。


王子の身の安全のためには一刻も早くここを出なければならない。


魔力を使い過ぎて疲れた王子は引っ込み、鳥の姿も消えた。


俺は赤いバンダナをしっかりと持ち、礼服のボタンを引きちぎるように脱いだ。


裏口で、ガストスさんが指差した馬車に飛び乗る。


動き出した馬車の中で着替えていると、御者の威嚇する声が聞こえた。


「道を開けないと怪我するぞ!」


クシュトさんの声だ。


俺は窓から脱いだ服を捨てた。


ワーワーと罵声やら何やら飛んで来たが、俺たちの馬車は一気に城の外に出る。


馬車は勢いを落とし、そのまま祭りの人混みに紛れた。




 俺にはどこをどう走ったのかは分からない。


木々が茂る公園のような場所で馬車を停め、ガストスさんとクシュトさんは着替えて、俺には帽子を被らせた。


「お待たせしました」


と声がして、そこに貸し馬車屋の奥さんと赤ちゃんがいた。


俺は慌てて二人を隠そうとしたが、ガストスさんは二人を馬車へ乗せた。


「お前さんはこっちだ」


クシュトさんは俺を御者席に座せる。


「話は後だ。 とにかく王都を出るぞ」


馬車の中の親子が気になったが、俺は頷いた。


馬の扱いは慣れている。 この馬たちは俺が世話をしていた貸し馬車屋の馬たちだ。


ゆっくりと焦らず馬を走らせる。


 外門が見えて来た。


門番たちと話しているのはガストスさんだ。


俺は喋るなと言われているので、黙って馬を撫でている。


「この子の祝福をもらいに来たのだが、当てがはずれた」


などと世間話をしている。


おそらく城からの警戒は来ているだろうが、ガストスさんは人目につかないように馬車から顔を出さずに対応している。


クシュトさんは従者のような恰好で、腰を低く曲げた、まるでお爺さんのようだ。


赤ん坊が「ふぇふぇ」と泣き出し、門番はそれ以上聞かずに通してくれた。




 北へ向かう街道沿いには多くの馬車が走っていた。


途中の休憩所に入り、そこで目当ての馬車の隣に静かに停まる。


奥さんと赤ちゃんを残して素早く降りた俺たちと交代で、隣の馬車に乗っていた男が御者席に座る。


「坊や。 気をつけてな」


すれ違いざまに声をかけられ、慌てて振り返る。 貸し馬車屋の若旦那だった。


 お互いの馬車が動き出す。


「お前さんの手紙を届けたら、若旦那が何か手伝えないかと訊いてきてね」


クシュトさんに今朝、貸し馬車屋にお詫びの手紙を届けてもらった。


若旦那は俺の立場を薄々知っていたのかも知れない。


「お世話になりました。 ありがとう」と書いただけの手紙だったのに、ここまで手助けしてくれた。


俺は押し込められた馬車の窓から顔を出して、若旦那一家に何度も手を振った。


あとはあの人たちに何事もないことを祈るしかない。


「大丈夫だ。 そこは宰相がちゃんとしてくれる」


俺の心配を察して、ガストスさんがニカッと笑った。




 祭りのために王都を出入りする大勢の馬車の列に紛れて、俺たちはこれから四日間をかけて北領ノースターに向かう。


俺の第一目標だった「王子を成人前に王都から外へ出す」は達成された。


遠足は家に着くまでが遠足です。


さあ、新しい家に着くまで、気を引き締めよう。 おー!。



        ~完~

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二重人格王子~異世界から来た俺は王子の身体に寄生する~ さつき けい @satuki_kei

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