25・王子と準備


 翌朝、貸し馬車屋がお休みなので、一人で体力作りをしていた。


畑の冬を迎える準備はほぼ済んだ。


ついでに、と俺は小屋の周りも片付け、すっかりご満悦である。


「俺、片付けとか掃除とか超苦手だったけど、有能な鞄のお陰でキレイ好きになった気がする」


入れただけなので、あくまでもそんな気がするだけだけどね。




 ガストスさんが王宮からこっちに向かってくるのが見えた。


俺はちゃんと訓練してます、と必死で剣の素振りを続ける。


「坊。 すまん」


いきなり謝られた。


よく見ると、ガストスさんの後ろに宰相様もいた。


 白い髭の宰相様は、俺の前に来ると跪いて礼を取った。


俺が目をパチクリさせて驚いていると、ガストスさんまで跪いていた。


「ケイネスティ様。 急で申し訳ありませんが、明日、祈祷室へ入っていただきます」


俺は良く分からなかったが、王子がひどく動揺しているのが分かった。


ガストスさんも苦い顔をしている。


「分かりました。 何か準備が必要ですか?」


動揺を隠すように、ゆっくりと文字板に書いた。


「準備はこちらでいたします。 明日の早朝、お迎えに参りますので」


それだけ言って、宰相様は戻って行った。




 小屋に入るとクシュトさんも姿を見せた。


「ガストス。 どういうことだ」


クシュトさんが珍しく声を荒げている。


予定より早い。


それはやっぱり、先日の誕生日のドンチャン騒ぎが原因なのか、それとも国宝級のアイテムをもらってしまったからなのか。


ガストスさんの口が重い。 それだけ言いにくいことなんだろう。


俺は二人にお茶を勧めて、自分も椅子に座った。


真ん中のテーブルに文字板を置いて「何かありましたか?」と書いた。


なかなか動かないガストスさんに業を煮やしてクシュトさんが書き始める。


「祈祷室に入れば、ケイネスティ様が王族と認められるかどうかが分かる」


クシュトさんが筆談っていうのも珍しいな。


ここも見張られているんだろう。


その達者な文字に見とれていると、文字が消える。


「もし、王族と認められなければ追放」と、書く。


うん、そうだね。 そして王都を出たところでバッサリだね。


「逆に神に認められ『王族の祝福』を得られた場合」と、書いて手が止まる。


すぐに動きはなくても、いつかは母上に呪いをかけた連中にバッサリ。


結果は同じだ。


「いや、今回はそういう訳にはいかない」


ガストスさんが重い口を開いた。




 ガストスさんが文字板に書き始める。


「神様に認められた王族を亡き者になどさせん」と大きく書いた。


しっかりとした太い文字。


認められなくてもわしが何とか逃がす、と小声で呟いた。


俺も王宮から出られたら、王子と生きていけるだけの下準備はして来たつもりだ。


襲われても返り討ちにしてやるよ。 いや、まずは逃げるけども。


「今はアリセイラ姫も味方に付いている。 坊も声以外は健康だ」


姫に甘い国王や、側近たちからの嘆願が効く可能性もある。


国王の予備の予備として、このままこの小屋に住むことを許され、命だけは助かるかも知れない。


その場合は、今よりももっと監視が厳しくなるだろう。


どちらにしても王宮にいる間は、王子は命を狙われ続ける事になる。


 クシュトさんは目を閉じて考え込んでいる。


もしこの黒い爺さんが敵になって、王子の命を狙われたら、もう生き残れる可能性は無い。


俺の背中に冷たい汗が流れた。




「もう一つの手がある」


俺はガストスさんの手元を見た。


「成り手のない北方の辺境地ノースターの領主になると申し出る」と、そう書いてあった。


これが認められた場合は、侯爵という地位になる。


引退した王族であり、辺境領主であり、国からも一目置かれる立場だ。


「そんな邪魔臭いのは嫌だ」と書いたら、ガストスさんからゴツンと拳骨を食らった。 えーん。


北といえば、ドラゴンのいる魔獣の地じゃないか。


どっちにしても死ぬ確率は高い。


しかし、目が届かない分、割と自由だ。

 

「おそらく国王はこの辺りで収めるつもりだろう」


ガストスさんの意見にクシュトさんも同意のようだ。


「そうと決まれば動かねばならん」


頷き合った二人の爺さんが立ち上がる。


俺は「私は何をすればいいのでしょうか?」と書いた。


そしたら、クシュトさんにもガストスさんにも


「絶対に外には出るな。 出来れば地下の部屋に行ってろ」


ときつく言われる。


俺は何度も頷いて、二人が出て行くのを見送った。




 俺は自分の考えをまとめたくて地下に降りた。


「王子、どうする?」


返事はない。


俺はすることもないので、昨日に引き続き、鞄の荷物の整理を始めた。


さすがに全部は入らない。 何が入っているかも整理しないと、取り出せなくなりそうだ。


鞄から取り出す時はちゃんと指定しないと出て来ないのだ。


 いつも王子がいる白い部屋に、荷物が散乱していた。


「王子、どうした?」


『お前が突っ込んだ荷物を整理している』


ここは王子の魔力で出来ている部屋だ。


つまり、魔法の鞄の中に入れるとここに入るというわけか。


たくさん有り過ぎて分からなくなった時は、この部屋で確認してから取り出せばいいってことだ。


うん、便利だね。


 良く見たら、今までなかった扉がある。


『貯蔵用の部屋を作った。 分けておいたほうがいいだろ』


「ああ、ありがたい」


『食糧庫に備品庫、書庫、家具置き場、服や装備品、それと……』


王子は自分の魔力の部屋なので、好きなように扉を増やしていく。




 俺は、作業する王子の背中に触れた。 心なしか震えている。


『……ケンジ。 私はずっと自分が死ぬことは避けられないと分かっていた』


俺がここへ来たのは、王子が気力を失って本当に死にかけていた時だった。


『私は殺されるくらいなら、と自分で死ぬことも考えた』


王子は振り返って、真っ直ぐに俺の顔を見る。


『でも、ここまで生きてこれて良かった』


王宮の部屋を出て、体力も付き、好きな魔術の勉強も出来た。


「王子」


『ありがとう。 この先どうなってもケンジには感謝している』


俺は目を逸らした。


「嫌だ。 俺は絶対諦めない」


『うん。 私もだ』


俺は驚いて王子を見た。


『ケンジに見せたいものがある』




「これ、特殊魔法布か」


『そうだ。 ケンジは最近ボーっとしてることが多かったから、勝手に魔法陣を描き込んでおいた』


どうも俺が気づかないうちに、着々と作っていたらしい。


布団のような大きさの布と、バンダナのような大きさの布の二枚だ。


まるで模様のような美しい魔法陣が描かれている。


『大きいのは転移魔法だ。 あまり距離は飛べないが、行ったことのある場所へ行ける。


今は王都の中しか知らないから使えないが、町の外で活動するようになれば使える』


うおおお、王子すげー。


『こっちは先日言ってた念話の魔法陣だ。 相手は「近くにいる者」に指定している』


バンダナっぽいほうは派手な赤い色の生地に黄色で刺繍のように魔法陣が描かれている。


特殊魔法布をさらに特殊液に漬け、その上特別なインクで魔法陣を描いているそうだ。


転移魔法陣は古来からある魔法陣だが、こちらは王子のオリジナルらしい。


どちらにも汚れや破れ防止、水や魔法による変色の防止などの魔法陣が加わっている。


「じゃあ、しゃべれるようになるのか」


俺の言葉に王子はコクリと頷く。


『声は出ないがしゃべっているようには見える、だ』


それでもすごい。


これを考えた王子はやっぱり魔術の天才だ。




 でも、一体いつの間に?。 俺が寝ていた間に王子はこの身体で動いていたことになる。


「王子、もしかして俺がいなくても動けるんじゃないか?」


そうだ。 俺は王子の気力を保全するために異世界から来た魂だ。


勝手に王子の身体を使ってはいるが、本当なら王子が自分で考え動けるなら俺はいらない。


王子は首を横に振った。


『でも問題がある。


この魔法陣は、どちらもかなり大きな魔力を必要とする。


ケンジがいなければ、この魔法陣を使った場合、私はその場で動けなくなる』


今の王子の身体は、俺と王子の二人の気力で動いている。


魔力は主に王子が動かし、俺は主に身体を動かしている状態だ。


「あー、そうか。 鞄でも結構魔力使っちゃってるしな」


王子は頷いた。




『私にはケンジが必要だ』


王子が必要としてくれるなら、俺は何でもやる。


「分かった。 最後まで足掻いてやる」


俺は笑って頷いた。


そして王子が震えていた理由が分かった。


これは武者震いってやつだ。


王子はこれから真価を発揮する。 俺はそれを助けて、あいつらに一泡吹かせてやるんだ。


そしていつか、俺は王子の呪いも、フェリア姫の呪いも解いて見せる。


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