24・王子と鞄


 秋に入ってすぐに王子の誕生日があり、冬に入る前に「建国祭」という収穫祭がある。


今、王都の町は祭りの準備で忙しい。


近郊の町からは続々と子供連れがやって来る。


神殿も受け入れ準備が始まり、すでに上流階級の子供たちの順番受付が始まっているそうだ。


 俺はそんな町の喧騒を横目で見ながら斡旋所の依頼をこなしていく。


この時期多いのは各家庭から神殿への心づけだ。


少しでも良い結果が出るようにという親心らしいが、神官が何かを決めることは出来ない。


せいぜい順番を早くするくらいしか出来ないだろう。


 貸し馬車屋の若旦那の子供はかわいらしい女の子だった。


「坊やの嫁にはやらんぞ」


チラチラと俺の顔を見ながら言う。


あはは、と笑いながら俺は「かわいい妹のようですよ」とやんわりと断っておく。


この子も数年すれば祈祷所へ行くのだ。


何事もないことを祈るしかない。




 俺の小屋でのバカ騒ぎは一応宰相様の許可があったということで不問になった。


だが、ケイネスティの存在は公になりつつある。


 最近は町を歩いていても、どこからともなく女性が現れて挨拶して来る。


何かしら会話をしようとするのだが、こっちは筆談なのでどうしても口数が少なく、あまり会話にならない。


驚いたのはそんな中にあの高級店の道具屋の女性店員だの、斡旋所の受付のお姉さんがいることだ。


「ネスくぅん、ねえ、お茶でも飲んで行かない?」


俺はわざと聞かなかった振りをしてその場をそそくさと離れることにしている。


 何故か小屋のほうにも、明らかに身分のありそうな者か、その従者らしい者がウロウロしている。


俺は盛大にため息を吐くしかなかった。




「なんでだろうね」


俺が夕飯後のお茶を飲みながら、ボツボツと文字板に書くとガストスさんが苦笑いした。


「坊。 お前さん、鏡は見たことあるのか?」


そういえば、最近は鏡を見ていない。


何故なら高価な鏡は滅多にお目に掛かれないし、一般的なものは歪んでいて気持ち悪いのだ。


ガラス窓や磨いた床などでだいたいの容姿は見ている。


王宮に連れて行かれて着替えさせられた時は、見てくれる相手がいるので自分では見ていない。


首を振った俺を、爺さんは呆れて笑った。


「いいから見て来い」


俺はしぶしぶ鏡のある地下の部屋に向かった。


あそこには魔術師が使っていた衣装部屋があり、全身が見られる大きな鏡がある。


そこには別に必要なものが無いのであまり入ったことはない。




 衣裳部屋の明かりを点け、鏡を覆っていた布を外す。


「はあ?」


俺は一瞬、見間違いじゃないかと思った。


そこに写っていたのは、少年から大人になりかけているまだ若い男性だ。


金色のゆるい巻き毛の髪は、全く切っていないので、肩の下まで伸びていた。


この世界の人間は魔力の高い者ほど切りたがらないので、髪の長さは魔力の高さを示していることがある。


エルフの母親似の瞳は、まるで宝石のような美しい緑色。


あれだけ外で走り回っているのに肌は白く、身体は華奢なままなのもエルフの血のせいらしい。


「マジか。 これで王族だったらほっとかないか」


実際は王族ではない。 だから庶民でもチャンスがある。


声をかけられるはずだ。


俺は王子がうらやましくなった。


「王子、ずるい」


『なんでさ。 今はケンジの身体だぞ』


そうなんだけど、やっぱり自分であって自分じゃない。


こんな容姿を好きになられても、俺はその人を好きにはなれないだろうと思った。




「おう、坊。 自分の顔見てどうだった?」


ガストスさんがニヤニヤしながら聞いてくる。


俺はいっそのこと、ガストスさんに自分が王子じゃなくて、異世界から来た別人だと言いたくなった。


そうしたら俺の複雑な気持ちを分かってくれるだろうか。


 俺は分かったと頷いて、「そういえば」と文字板に書き始める。


「ガストスさんもかっこいいですよね」


「若い頃は相当モテたんじゃないですか?」と書いた。


ガストスさんは自分が何か言われるとは思っていなかったんだろう。


「おっほん、そんなことはない。 もう寝る」


そう言って部屋へ入ってしまった。


実際あのガストスさんが何故独身なのか、不思議なんだよなあ。 


 というわけで、翌日、俺は畑で会ったお婆ちゃんにその辺を訪ねてみた。


「ガストスさんかい?。 ああ、あの人はね」


ちょっと周りを見回したお婆ちゃんは、俺の側に来てそっと耳打ちした。


「好きな人がいたらしいんだけど、どうもその人が高貴な女性だったらしくて、他所へお嫁に行っちゃったらしいんだよ。 それでも忘れられなかったらしくて、いまだに独り身だっていう話さ」


うお、純愛だった。


これは揶揄いずらい。 うん、止めとこう。


きっと酷いことになる。


「なんだ、坊。 もっと稽古つけて欲しそうだな」


とか言われて、ボロボロになるまでやられちゃうのに決まってるよ。




 祭りは神殿の祈祷所に来る者を全て処理しなければならないため、それが終わるまで続く。


ほぼ毎年三日ほどかかるそうだ。


今日は初日で、王都の人混みは最高潮に達している。


祭り用の屋台などの商売は忙しいが、斡旋所や貸し馬車屋は逆にこういう時は仕事にならない。


人が多過ぎて収集がつかなくなるので、予め予約だけを受け付けて、当日は休業の札を出す。


そういうわけで、俺は祭り中のバイトはお休みだ。


 今日は外に出るのも嫌になって小屋に籠っている。


「なあ、王子。 少し片づけてもいいか?」


俺は暇過ぎて、小屋の中を整理している。


 先日、宰相様からもらった鞄が、魔法の鞄だったのだ。


つまり、魔法収納というチートなやつだったのである。


あの宰相様の渋い顔はこれのせいだったのかも知れない。


「国王様、奮発したなあ。 特殊魔法布だけじゃなくて、この鞄も王子にくれたんだ」


はっきりと伝えないことで、いつの間にか紛失した事にして処理する気だったんだろう。


それに気づいた宰相様が苦い顔をしていたと。


俺はフフッと笑いながら、自分が大切だと思うモノを鞄に入れていった。


「うわ、こんなものまで入るぞ」


俺は調子に乗ってこの部屋の机や本棚を入れてみる。


『さすが魔法収納……』


王子も引いていた。


 とにかく実験だー、と大事だと思う本やお気に入りの家具を入れていく。


台所でも予備で置いてある調味料や鍋などの料理器具まで入れた。


「あー、時間経過とかはどうなんだろう」


『時間?、それはどういうことだ」


「ああ、生モノなんかを入れておくと腐らないとかだよ」


よし、やってみるかと熱いお湯を入れたカップをそのまま収納する。


どんな風に入っているのかも分からないが、零れてはいないようだ。


『おそらく、一個ずつを魔力で個包装していると思う』


「ほお、じゃあ魔力の多さで中身が決まるのかな」


『そうかも知れない』


王族とエルフの血を引いている王子は魔力も多そうだ。


「やっぱ王子ずるい」


『ケンジ?』


いい加減にしろとまた怒られる。

 



 一旦小屋の外に出て、冬の前に片付けておきたいものを鞄に収納していく。


一つずつ持って歩くより断然早い。


「楽ちーん」


『無限収納とは言われているが、魔力依存だからな。 忘れるなよ』


「あー、はいはい。 限界超えて鞄から溢れたら落ちる?」


『ああ、入らなくなる』


「了解」


 祭りの間は庭師のお爺ちゃんやおばちゃんたちも来ない。


皆、王都の外から親戚とかが来るので、それの対応に追われるそうだ。


ガストスさんも警備の助っ人に行ってしまった。


おそらくクシュトさんは見張ってると思うけど、気配は全く分からない。


 俺は気まぐれに、足元にいた虫を捕まえてそっと鞄に入れた。


生き物が収納出来るのかどうかが知りたかった。


入るには入ったが、しばらくして出してみると死んでいた。


「ごめんな」


俺はそれをそっと葉っぱの影においた。




 畑が片付いて一旦小屋に戻った俺は、さっきの湯飲みを出してみる。


「やった!。 チート、キタコレ」


お湯は熱いままだった。


 俺は嬉々として、今度は保存食材や野菜を鞄に入れていった。


「これに入れておけば採れ過ぎた野菜も無駄にならないな」


そしてふと思ったけど、もしかしたら以前食べたドラゴンの肉も、こうやって保存してたんじゃないかな。


冷凍とかで品質を落とさないようにするのは、結構難しいと聞いた。


『ケンジ、これも頼む』


何故か王子まで大切な魔法紙やインクを入れてくれと言って来た。


「おう、任せろ」


その後もしばらくの間、収納実験は続いたのである。


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