23・王子と弟妹


 俺は、ほよよんとしたまま毎日を過ごし、いつの間にか夏が過ぎていた。


早朝、暗いうちに貸し馬車屋での厩舎の掃除から馬の世話。


最近は若旦那の奥さんが朝食を出してくれるようになった。


戻って馬の訓練をして馬を返し、午前中は体力作りを兼ねた剣術と短剣術の稽古だ。


 馬の訓練は、乗馬の練習から馬術という障害物を避けたり、乗ったまま戦ったりする練習もしている。


小屋の庭だけでは狭いので、たまに王宮の兵士の練習場を借りている。


ガストスさんとクシュトさんがいるので。他の兵士たちはビビッて近寄って来ないのが面白い。


 合間に畑を見に行く。


畑の世話は、王宮に勤めているおばちゃんの友達が入れ代わり立ち代わり来てやってくれる。


たまに台所に採れた野菜が山のようになっていてびっくりする。


そういう時は貸し馬車屋の奥さんへのお土産にした。


畑は内緒なので王宮の台所へは渡せない。 まあ、どうせバレてるだろうけど。


もう少ししたらアリセイラ姫が来た時に生の野菜を食べさせたいな。


王族は滅多に生のモノを口にしないらしいから。


 午後は週に三回はお婆ちゃん先生と勉強だ。


残りの三日の内、一日は町の斡旋所で、残りは新しい料理や香辛料の試食をしている。


食べることは生きることの基本だ。


俺は料理を覚えて、あの「冷蔵庫にあるものでチャチャと作れるデキた男」を目指している。


『そんなもの、料理人に作らせればいい』


王子にはいまいちウケが悪いけどね。




 今日は王子の十四歳の誕生日だ。


俺は訓練の予定を変更して、貸し馬車屋から戻った後、庭を歩いている。


庭師のお爺ちゃんに王宮の庭の一部にある花園に連れて来てもらった。


花壇なんて生優しいものではなく、一面が花畑だった。


この花園は国王が王妃たちのために作ったそうだ。


色とりどりの花はそれぞれの王妃たちのお気に入りの花が植えられている。


「これが坊主のお母さんが好きだった花だ」


白い大輪の花を、じいちゃんが何本か切ってくれた。


庭師のお爺ちゃんは王子の母親のことを知っているようだった。


 俺は「ガストスさんが王宮で、エルフの女性の肖像画を見せてくれた」と書いた。


「きれいだった。 赤ん坊を抱っこしてた」


そう書いたら、お爺ちゃんはそっと涙を拭っていた。


「年寄りになるとどうも涙もろくっていけねえな」


「今日くらいはいいよね。 だって私の誕生日ですから」


そう書いたら、お爺ちゃんは俺の頭を撫でようとした。


だけど俺はちょっと背が伸びている。


ガストスさんにはまだ及ばないけど、庭師のお爺ちゃんの背にはもうすぐ追いつく。


お爺ちゃんは悔しそうに、俺の腕をドンっと叩いた。




 小屋に戻ると、お婆ちゃん先生と宰相様が待っていた。


白い花を見て、宰相様が目を背けたのが分かった。


「今日は魔道具のお勉強です」


そう言うと、先生は宰相様にお願いして、何やら鞄を取り出した。


肩掛け用の長い紐が付いている。


学生の布カバンのような蓋を捲ると大きな布を取り出した。


「特殊魔法布ですわ」


これは王子が欲しがっていた物だ。 実は手紙に書いて国王陛下にお願いしていた。


しかし、やはり高額どころではない国宝級の珍品で、なかなか宝物庫から出してもらえなかったらしい。


国王は「自分の私物だ」と言っていたが、それでもやはり邪魔する勢力はいる。


何か理由がないと出せなかったらしい。


宰相様は教材という名目で、何とか引き出すことに成功した。


今日は王子の誕生日であると共に、元王妃の命日でもある。


これが戻らなくてもその理由は理解してくれるということだった。


「そして、この鞄も渡しておく」


俺は良く分からなかったが、王子は『これにはすごい魔力を感じる』と言った。


先生はニコニコしていたが、宰相様は何故かものすごく緊張している。


俺は何も言わずに受け取った。 何だか怖い。


王子はすこぶるご機嫌だった。




 そこへおばちゃんたちがなだれ込んで来た。


「坊ちゃん。 お茶の時間だよー」


俺は目を見開いて驚いた。


目の前に、去年よりも大きなケーキがドンっと置かれた。


俺はこの大きさは食べきれないと感じて、庭にいる皆に文字板を持って歩き回り声を掛けた。


クシュトさんはもちろん、王宮の庭で仕事をしている人たち、俺の噂を聞いて様子を窺っている者たちまで巻き込んだ。


小屋の外に椅子やテーブルを出すと、おばちゃんが王宮の調理場から屋外用のコンロを持って来た。


ガストスさんが食堂の椅子やテーブルをいくつか持って来いと指示し、俺とクシュトさんで肉や野菜を切り始める。


ケーキだけでなく、何故かバーベキュー大会になっていた。




「何だか賑やかなので来てしまいました」


一瞬周りが静かになったのは、そこにいたのはクライレスト王子だったからだ。


アリセイラ姫なら何度か来ているが、この弟王子が来るのは初めてだ。


「あー、ずるいのです。 私もですー」


予想通りアリセイラ姫も従者付きでやって来て、大騒ぎになった。


王宮の警備兵が「何事ですか」とやって来たが、宰相様がいるのでお咎めは無し。


「私の誕生祝いもこのように庭でやりたい」


アリセイラ姫は心底うらやましそうに従者の女性に頼んでいた。


高級菓子店から大きなケーキは届くそうだが、こういう賑やかな席ではなく、お友達という名の上流階級の子女の集まりなのだそうだ。


大きな肉を頬張っているクライレスト王子もウンウンと頷いている。


男子も似たり寄ったりらしい。


従者たちはだたオロオロとするばかりだ。


 俺はこういうのはだんだんとグダグダになることを知っている。


元の世界でも良く退院祝いだと庭でお友達を呼んでやってくれた。


だが子供というのはすぐに飽きるので、そのうちバラバラに遊び出す。


最後は酒を飲んだ大人たちでグダグダになるのだ。


 俺は魔法紙の文字板を持って、弟妹の従者たちの側へ行き、丁寧に謝った。


「ごめんなさい、こんなつもりはなかったんです」


そしてそろそろ連れて帰ってもらえるように頼んだ。


「分かっています。 私たちも暇ではありませんので」


彼らも仕事だ。 冷たい態度を取るのは、元王子といえど、子供に言われたくはないからだろう。


俺は「そろそろお部屋に戻りなさい」と書いた紙を弟妹に見せた。


最初は嫌がったが、睨んでいる宰相様のほうへチラリと目線をやると、二人は納得してくれた。




 アリセイラ姫が俺の顔を見上げて、少しもじもじし始めた。


「お兄様、私、贈り物を忘れました」


ハッとしたクライレスト王子も、俺の側に来て「僕もです」と項垂れた。


何てかわいい弟妹だろう。 俺は末っ子で弟も妹もいなかったから、王子がうらやましくなった。


「そんなこと、気にしないで」


そう書いた文字板を見せる。


そして、シーっと目配せして、隠れるようにして書いた紙をそっと見せた。


「ありがとう。 君たちの顔をこうして近くで見ることが出来て幸せだ」


二人はパァッと顔を綻ばせて、俺に抱き付いて来た。


だけど二人は従者によって俺から引き離され、敢え無く王宮に連れ戻されて行った。


それにつられるように宰相様や先生も戻って行き、他の者たちも片付けながら撤退して行った。


 完全に片付いた頃にはもう夜が更けていた。


残ったのは俺と、ガストスさんと庭師のお爺ちゃん、そしてクシュトさんだ。


小屋の外に出したテーブルと椅子を並べて、夜空を見上げている。


ガストスさんと庭師のお爺ちゃんはそろそろ酔いが回って半分寝ている。


俺はクシュトさんとチビチビ飲みながら、夏の余韻が残る秋の庭を堪能していた。


「お前さん、これからどうするんだ?」


俺はきっと今日のことで王宮の誰かに責められることになるだろう。


「さあ?」と書いた紙をテーブルに置いて見せる。


 俺と王子はどうせ、いつまでもここにいるわけにはいかない。


いつか、ここを出て行く。


あと一年。 いや、もしかしたらもっと早いかも知れない。


なるようにしかならないよ、と笑って見せた。


 この世界の空にも怖いほどの星が瞬き、流れ星が一つ横切って行った。


俺は「この世界がいつまでも平和でありますように」と祈った。


まあ、星の流れる速さには間に合わなかったけどね。


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