22・王子と恋


 あの日から十日が経ち、フェリア姫への慰労のパーティーも無事に終わった。

 

俺はアリセイラ姫に頼んで、フェリア姫となるべく一緒にいるようにしてもらっている。


食事はもちろん同じモノを、決して一人にはしないように。


そして、彼女の国からお迎えの一行も到着し、明日、彼女は帰国する。




 金色の髪に金色が混じる茶色の瞳。 美しい容姿としなやかな身体。


優雅に膝を折って淑女の礼を取る目の前の女性に、俺は困っていた。


何せここは畑の中だ。


「私はルーシアと申します。


王女様の代理として、ケイネスティ様に感謝をお伝えしに参りました」


フェリア姫の本当の侍女は、同じ年齢の幼馴染でずっと一緒に育った仲なんだそうだ。


「わざわざありがとうございます。


フェリア姫様にはどうかお気を付けて、お健やかにと」


懸命に魔法紙に書きつけていく。


ルーシアという名の侍女は、じっと俺の顔を見ていた。


 ふいに彼女が満面の笑みを浮かべた。


「フェリア姫様は今も一通の手紙を肌身離さず持っていらっしゃいます」


心当たりがある俺は頬を掻く。


「誰にも内緒だと言って、私には見せてくださいました」


それは珍しい魔法紙に描かれた、少し歪な魔法陣だったが、フェリア姫の健康を願う呪文が描かれていた。


「愛する人たちのために、たまに魔法陣に魔力を通すようにと書いてあったそうです」


それを発動すると、とても心が温かくなる。 そう言って喜んでいるそうだ。


「ケイネスティ様はとても素晴らしい文字をお書きになりますのね」


そうか、彼女は俺が書いた文字と、以前渡した手紙の文字が同じなのかを確認したかったのか。


俺は、あの魔法陣は無事に発動したようで、ホッと息を吐く。




 畑の隅にあるおばちゃんたち用のベンチに彼女を座らせる。


夏が近い。 作物は元気にのびのびと葉を伸ばしている。


そよそよと風に揺れる緑を見ながら、その女性は深くため息を吐いた。


「本当にこの国は豊かです。 それに比べたら」


彼女の言葉に、俺は首を振る。


文字板を取り出して「それは、あなたの国が豊かではないという理由にはならない」と書いた。


「この国はこうして緑が育つという土壌に恵まれている」


俺は彼女が読んだと頷くまで待った。


「だけど、あなたの国は立派な亜人の騎士など、心強い味方に恵まれている」


今回の襲撃も彼女の国の亜人たちの力で乗り切った。


俺の国は亜人だと言って王子の母親を幽閉し、死なせてしまった。


「それぞれ良いことも悪いこともあります」


「そうですね」


彼女はゆっくりと頷いた。




「不躾ではありますが、一つお願いしてもよろしいでしょうか」


俺は首を傾げて彼女を見る。


「私がケイネスティ様にきちんと謝意をお伝えしたという証拠に、何か一筆書いていただけませんでしょうか」


侍女の言葉に俺は頷き、この場所では正式な文書が書けないので小屋へ向かった。


 一緒に地下へ降りる。


特に恐れている様子はないが、彼女は物珍しそうにキョロキョロしていた。


まあ、ごく平凡な平屋の地下にこんな部屋があるとは誰も思わないよね。


大きな書斎机に座り、今回はごく普通の紙に書く。


それでも黒髪の姫への文章だ。 ゆっくり丁寧に書いていた。


「ここは魔術師様のお部屋ですね」


ここが地下で結界で隔離された場所だと分かったのだろう。


俺が頷くと、彼女は彼女自身の話をしてくれた。


「私も魔術師なので、この部屋のすごさが分かります。


そんな偉大な魔術師様がいらしたというのに、ケイネスティ様のご病気は、その、治らない……」


その声は同情というより、悲しみを含んでいる。


俺は丁寧に書いたフェリア姫宛ての文書を確認して渡す。


そして、文字板を取り出して彼女の前に置いた。


「これは呪術だそうです。 魔術では解呪できませんでした」


彼女は目を見開いて驚き、そして爆弾発言した。


「そ、それではフェリア姫様と同じですね」


俺の手がピクリと止まる。 今、なんて言った?。


「姫様もお産まれになる時に呪いをかけられ、あのようなお姿に」


俺はガタンと椅子を倒して立ち上がる。


慌てて「それは本当ですか?」と書いた。


彼女は俺の勢いに驚いて一歩下がる。


「はい、間違いございません」


なんてことだ。 王子と姫はある意味同類だったわけだ。


俺が呆然としていると、侍女は俺が書いた文書を受け取り、膝を折って退室していった。




 俺は長い間、動けずにただボーっと立っていた。


すると、遠慮がちに、コツコツと何度も扉を叩く音がする。


その音にハッと気が付いて、扉に近寄り開いた。


ガストスさんかクシュトさんだろうと思っていたら、そこに立っていたのは女性だった。


「申し訳ありません。 押しかけて来てしまいました」


フェリア姫がそこにいた。


俺の一筆書いた文章を証拠として、今なら会ってくれるだろうと、あの侍女が伝えたようだ。


 俺はしばらく固まっていたが、このまま姫を立たせたままにしておくわけにはいかない。


応接用の席に彼女を案内する。


お茶の用意を、と離れようとする俺の服を掴んで、彼女は立ったまま俺を見つめていた。


「どうしても、お会いしてお礼を言いたかったのです。


前回のお手紙も、今回助けていただいたことも、本当に感謝に堪えません」


かなり深く正式な礼を取る。


俺はもう王子ではないので、そんなことはしなくていいと首を振って彼女を直らせる。


「あなたは不思議な方です。 とても年下には思えませんわ」


彼女が俺に正式な挨拶などしたら、俺が外に出ている事が公になる。


隠すために礼は辞退したのだが、何故か俺が奥ゆかしいみたいなことになっていた。


俺は照れながら「お気になさらないでください」と書いた文字板を見せる。


「ありがとうございます」と彼女が俺のペンで書くのを見て、俺は意を決した。


俺が王都にいる時間は、あと一年半しかない。 おそらくもう彼女に会うことはないだろう。




 机の引き出しから、きちんと包装された箱を取り出す。


「成人、おめでとうございます」


文字板に書いて、それを差し出す。


「まあ、私に?」


驚きながら受け取って、開いてもいいかと目で訊いて来る。


俺が頷くと、うれしそうに包装を解いた。


「……なんて美しいんでしょう」


白いペン。 ずいぶん前に買ったモノだけど、やっと彼女に渡すチャンスが来た。


良かった、渡せて。


俺が安堵のため息を零すと、彼女は俺のペンを見ながら「お揃いですね」とニッコリ笑った。


そして、あまり身長が変わらない俺の頬にキスをした。


(うおおおお)


俺は自分が思ったより興奮していた。


きっと、もう会えないという気持ちで、俺は追い詰められていたんだと思う。


軽く手を添えていただけの彼女の身体を俺はギュっと抱き寄せた。


驚いて俺の顔を見る彼女の目を見つめ、気が付くと俺は、唇を重ねていた。


バタバタと彼女が部屋を出て行く音で俺は目を覚ます。


ああ、やっぱりあれは夢だったんだ。


『馬鹿か』


今まで引っ込んでて何もしなかった王子に、突っ込まれた。




 それから彼女たちが出立していくまで、俺は姿を見ることもなかった。


もう十分だ。


プレゼントも、笑顔も、抱きしめた感触も、寝顔も、あー。


俺がボーっとしていると王子がまた呆れている。


『いい加減にしっかりしろ』


夜の魔術の勉強の時間。


幻影の小さな魔術師も、あまりの呆けぶりに俺を放置している。


「いやいやいや、王子は何とも思わないの?」


あの美しい姿。 やさしい声に、かわいらしい笑顔。


『そりゃあ、きれいな人だと思うよ』


王子には彼女の心の美しさというか、オーラみたいなモノが見えるのだそうだ。


『だからこそ、あまり悲しみに沈んで欲しくはないかな』


俺はウンウンと頷く。


好きな人だからこそ、いつも笑顔でいて欲しい。


俺たちは彼女のために何も出来ないけど、せめて健やかであれと祈ろう。




「で、呪術のほうだけど」


俺は小さな魔術師を見下ろす。


「何かそういう関係の本とかないかな?」


この子は魔術師なので呪術は分からないと首を横に振る。


俺たちの声のほうは無理だとしても、彼女の痣だけは何とかしてあげたい。


女性なのに、あんなに素敵な人なのに、もったいない。


『逆にいえば、あの痣のお陰で嫁がなくてすんでいるなら、良いのではないか』


一生独身で過ごすという可能性もある。


「それはそうだけど」


それで彼女が幸せになるかどうかは、また別の問題だ。


きっとあの痣が消えたら、彼女はもっと幸せになる。


そして何の憂いもなく笑う彼女が、俺は見たいんだ。


また呆けてしまった俺を、王子と小さな幻影は無視して勉強に励んだ。


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