21・王子と侍女


 野次馬が消えた頃、城から迎えの馬車が来た。


その馬車から降りて来たのはアリセイラ姫だったようで、声が店の中まで響いてきた。


「フェリア姫様、ご無事ですかー」


クシュトさんはアリセイラ姫に静かにするように促した。


「お疲れなのだろう。 まだ眠っておられる」


しかしアリセイラ姫は部屋に入るなり、また大声を出しそうになった。


「兄さー」


そしてまたクシュトさんに睨まれている。


俺は静かに頷いて礼を取り、彼女にまだ眠っているフェリア姫を会わせる。


アリセイラ姫の侍女や護衛騎士たちが、馬車にフェリア姫たちを乗せて城へと向かった。


馬車が見えなくなると俺はハアと息を吐いた。


そして若旦那と奥さんにたくさん「ありがとう」を見せて、城へ戻った。




 夕食が終わった頃に、クシュトさんがフェリア姫の侍女を連れてやって来た。


「こ、この度は本当に、ありがとうございました」


侍女らしいしっかりとした礼を取っている。


しかしその目には何故か涙が浮かんでいた。


俺はクシュトさんと顔を見合わせる。


おばちゃんたちは夕食の準備が終わると帰ってしまうので、お茶はガストスさんが入れてくれた。


俺はお菓子を出す。


 改めて近くで見ると、この侍女は背丈だけは大人のように見えるが、若いというより、まだ少女である。


フェリア姫は今年成人の十五歳。 この侍女はどうやら俺と同じか年下くらいだ。


侍女は何度もお礼を言いながら頭を下げる。


何故か茶色の瞳をうるませて、俺を見ていた。


 俺は魔法紙の板を取り出し、彼女に見せるように書いた。


「一体何があったのですか?」


俺のことはクシュトさんから説明を受けたのだろう。 彼女は頷いて、ゆっくりと話し始める。


「船で国から出まして、この王都の港に着くはずが、船が襲われまして」


彼女の話では、その時、亜人の騎士たちが何とか防ぎ、王女たちを守ってくれたのだという。


しかし船は違う港に着いてしまい、この国では亜人である船員は下りることが出来ない。


それで従者が手配し、港で船の修理と王都までの馬車を頼んだそうだ。


「しかし馬車はあの通りボロボロで、おまけに二人しか乗れないと言われました。


何とか無事に着いたと思ったらあの通り。


それに、残して来た船や船員たちのことも心配で」


彼女の手は震えていた。


「船のほうは心配いらない。 こちらですぐに連絡員を送って確認している」


クシュトさんが補足してくれた。 この国は亜人を快く思っていない者が多い。


どんな船かは知らないが、王女の乗った船がそんなに小さい訳はないので大丈夫だろう。


「あ、あの、フェリア姫は亜人を登用することが多くて国内でも敵が多いのです」


そういえば、彼女の国では亜人は総じて身分が低いらしい。


「その姫がもうすぐ成人ということで、このように命を狙われることが多くー」


俺はピクリと眉を動かした。




「クシュトさん、これからどうされますか?」


俺の文字を見て、腕を組んだ黒い服のお爺さんは、ふむと考え込んだ。


「どうするか、か。


まあ、まずは姫様の身の安全が第一であろう。


この城の中なら滅多なことはないと思うが、用心に越したことはない」


俺の顔を見たクシュトさんに一つ頷いて、先を促す。


「船の損傷具合を確認して、曳航出来るならば王都まで引っ張って来よう。


その後で姫様と従者の皆を労わる宴を催し、姫様にはしばらく滞在していただけば良いかと」


「ではそのように宰相様に伝えてください」


そう書いて見せる。


そして俺は侍女の女性にも「お疲れでしょう。 あなたもゆっくり休んでください」とニッコリと微笑む。


頬を真っ赤にしたその女性は「はい」と答えてボーっとしている。


俺はさっと書いたメモをクシュトさんに渡す。


ガストスさんが案内して、二人を王宮へ送って行った。




 俺は地下に降りる。


イライラしている俺を見て、王子は首を傾げる。


『ケンジ、君が彼女を心配するのは分かるけど、もう大丈夫だよ』


俺は王子をジロリと睨む。


そうだった、こいつは子供だったとはいえ、例の三人の悪意に気づきながら放置していたやつだ。


「王子、気が付かなかったか?」


『ん?』


「まあいいや。 明日になれば分かる」


 俺はすぐに引っ込んで、王子に魔術の勉強を任せた。


彼女がすぐ側の王宮にいると思うとどうしても落ち着かなくて、勉強どころではなかった。


俺は目を閉じて、彼女を抱き上げた感触を思い出す。


そして、すぐ傍で眠っていた彼女の顔を思い出す。


 フェリア姫は泣いていた。


俺にとって彼女を泣かすやつは敵だ。


怒りが込み上げた。 だけど彼女は他国の姫であり、俺には力なんて無い。


そうだ。 俺はまず王子を助けなきゃいけないんだ。


俺はまんじりともしない夜を過ごした。




 翌朝、俺は今日は貸し馬車屋の仕事を休んだ。


ちゃんとその旨は昨日のうちにクシュトさんに伝えてもらっている。


王宮の中は朝からバタバタしていたが、表だって何があったかは伏せられた。


「おはよう、ガストスさん」


俺は紙を見せながら、小屋の外で王宮を見上げているガストスさんの横に立つ。


「ああ、坊。 予想通りになったぞ」


「そうですか」と紙を見せ、朝食を作るために台所に向かった。


朝食を食べているとクシュトさんがやって来た。


自分でお茶を淹れると、カップを持って俺の横に座る。


「安心しろ。 姫様は無事だ」


俺は全身の力をやっと抜いた。


「本物の侍女が船の中から救出され、先ほどこちらに到着した」


俺は頷いた。 船のほうは内乱だったそうで、曳航にはもう二、三日かかるそうだ。


「しかし、坊。 どうしてあの侍女が偽物だと分かったんだ」


俺は少し考えて「箱馬車の中で、姫様は気を失っていたのに彼女は無傷でした」と書いた。


あの侍女は姫を守る気がなかったか、姫様をすでに気絶させていたかのどちらかだ。


この小屋に来ても、俺を見てボーっとするなど、姫を心配している様子もない。


涙を浮かべるくらい動揺しているのなら、あんなにしっかりした態度は普通取れない。


「姫様を非難するような言葉もありましたし」


俺は乱暴に書き殴った。


クシュトさんも違和感はあったそうだ。


「とにかく、お前さんが指示してくれたおかげでわしは動けた。 助かった」


相手が他国の姫の侍女であるため、クシュトさんでも勝手に動けない。


それを俺がメモで、あの侍女を見張るように頼んだ。


誰かに聞かれても俺の指示だといえば済むようにしたのである。


「フェリア姫の寝所へ入ったところを捕らえた。 持っていたナイフにはご丁寧に毒が塗ってあったよ」


他国で姫様が殺害されたとなれば、戦争の引き金になりかねない。


一同は胸を撫で下ろした。




 フェリア姫はしばらくの間、この国に滞在されることになった。


姫の国デリークトにはこちらから使者と共に捕らえた数名を付けて送り届けた。


捕らえられたのは侍女だけではなかったのである。


「あの国も大変だな」


宰相様が俺の小屋にやって来た。


「まったく、いい迷惑だ」


おばちゃんがお茶を出してくれたが、いつもは冷静な宰相様はプリプリと怒っていた。


「フェリア姫様は思ったより冷静なご様子で、落ち着いたらお礼に伺いたいと仰っている」


宰相様の言葉に俺は首を振る。


「それには及ばないと伝えてください」と書いた紙を見せる。


もし、こちらの王族との婚姻が予定されているとしたら、俺は下手に彼女と接触することは出来ない。


俺は彼女が安全ならそれでいいんだ。


(この国でのんびりと休んでいってくれればいいけどな)


俺は訓練と畑仕事と斡旋所の仕事に魔術の勉強。


姫のことを気にすることも出来ないくらい、忙しい日々だった。



 翌朝はちゃんと貸し馬車屋に出勤し、厩舎の掃除をした。


馬の世話をしていたら、若旦那が顔を出した。


「やあ、勇敢な坊や」


からかってきたので無視をする。


「あはは、悪かったよ。 だけど、昨日は城からたいそうな謝礼が届いて驚いた」


へー、そうだったのか。


「良かったですね」と書いた紙を見せる。


「で、坊やは見たんだろ?。 あの姫様、その」


若旦那と奥さんは彼女の顔の痣を見てしまった。


「あの謝礼金には、その口止め料も含まれてるんじゃないかな」


俺は若旦那の言葉に頷く。


「見なかったことにしましょう」と書いた紙をみせて、ニッコリ笑った。


出来るだけこの店を巻き込みたくはなかった。


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