楽しさと夢を抱き《Full of dreams》

『主よ……、その赤子はどうするつもりだ』


霜月がどこか心配そうに問いかけてくる。確かに、何も決まっていない。


「いや、どうするもこうするもこの森から抜けて人のいるところに……」


『それはいいのだが、知り合いはいるのか?気軽に話せる人も』


「うぐ……」


霜月の言う通りだ。

人を避けるような生き方をしていたがために今生きてる知り合いがいない。


『主に子育てが務まるのか……、我は心配で仕様がないぞ。』


子供と関わったことなんて無いに等しい。いきなり0歳児を育てろと言われてもあやし方もどんなものなら食べられるのかも分かったもんじゃない。眉間にシワを作り思考を巡らせた。


そこで俺は一つの案を思いつく。


「あ……、霜月。何か魔法は使えるか?」


『む、我は魔剣だぞ!無属性くらいなら造作もない。』


期待していた答えが返ってくる。

これが上手く行けば冒険者ライセンスを再発行して子育ての仕方を誰かに教わることもできるだろう。


「頼む。変装魔法をかけてくれ」









「う、うん?今どうなってる?」


なんとなく、魔力の膜で頭を覆われた気がした。

髪のあたりをわさわさと触るも、いつもと何も変わらない。本当に変装できてるのだろうか。


『見てみるが良い』


霜月はそういうと、俺の脳内に直接鞘から抜けと訴えかける。


「ああ」


短く返事をして、壊れ物を扱うようにそうっと抱いていた赤子を右腕一本で抱き直す。

そして、霜月をスラリと抜き放った。


刀身が青みを帯びる鏡のような素材に変化し、俺の顔をしっかりと映し出した。


普通の長さの水色っぽい銀髪に紺色の瞳。

不思議なことに、大怪我だった筈の左眼の火傷が治っていた。若干あとは残るが、眼帯や髪の毛で隠せば問題ないだろう。


なんにせよ、無事に変装できたみたいだ。

安堵の息を漏らす。


『主よ、親子のようだろう?髪の色が同じだと。』


そんなことを気遣ってくれたのか。確かに親子と見てもらった方が楽なことも多いだろう。

それに、訳もなく嬉しくなった。なんだろうか。


そこで霜月が思いついたように言う


『そうだ、主よ。この機会だ、我の能力について伝えよう。我に残された魔力も無限ではない。』


聞いたことがある。

高性能な魔道具には、使い方を持ち主に伝えるため、魔力と今までの使い手の記憶が自我を生み出し勝手に喋り出すという話を。


霜月もそうだとしたら、使い方については早いに越したことはない。


「ああ、頼む。それとお前も『魔法力』で動くタイプの魔道具なのか?」


『御明答。記憶と魔力を使い方生み出された自我だ。だからそう長くはこうしてはいられんぞ?』


そうか。

短い時間だったが寂しい思いをせずにすんだ。消えてしまうのは惜しい気がする。


「じゃあ、早速教えてくれ」


『まずは……』


霜月の話を要約すると、主な能力は「変幻」「光灯」「傀儡人間」「黒爪装甲」の四つだそうだ。

一つ目と二つ目は名前から察せられる通り、先程の変装や偽装に使うことが出来るものと目くらましや暗い場所での光源になるものだ。

三つ目と四つ目は、不気味な名前だが効果は絶大らしい。


「傀儡人間」は自らを予め組み込んだプログラムどおりに動かすことの出来る、まさにあやつり人形だ。剣を持ってる人間にしか発動しないため、他人には使えないが。


「黒爪装甲」は簡単に言うとカウンター技だ。ダメージを受ければ受けるほど身体能力を本当の意味での限界までに引き上げ、意識を失う一つ前の攻撃を喰らうと、今までに蓄積したダメージをそのまま次の攻撃に使うことが出来る。

強敵や格上との戦闘を予想しているものだと思った。


二つとも地下迷宮の攻略者時代の俺なら喜んで検証しに行っただろうが、今は正直始めの二つの方が嬉しい。


因みに、刀身に魔力を注ぐことにより任意で発動出来るんだそうだ。


剣としての性能は「不壊」と「神殺し」という、十分すぎるものであった。


霜月の能力と今後の方針が決まったので、止めていた歩みを再開する。


まっすぐ進んでいくと、そこにはそこそこ幅のある川が流れていた。

川があるということは街も近いだろう。

相変わらず木々が生い茂り鬱蒼としているが、水の音に耳を傾け草木を掻き分けながら前に進むのは、それはそれで楽しく感じてきた。


久々に味わった命の危険を感じない緊張感。

森に対する、と言うよりもこれから行くのはどこなのか、や、この子をどうやって育てようか。というただの心配事の類であった。


赤子を抱えながらだと、ただの森も数倍難易度が高く思えるが。


「お……」


『やっと街が見えたか』


一時間くらい歩くと、そこには膨大な量の建物の屋根があった。

見覚えの全く無い街だが、きっと来たことはあるだろう。時間の流れに従い、時代が変わる都度進化と退化を繰り返すのが人と歴史のあり方だ。


「そうだ、街に着く前に一つ……、霜月、喋れる武器は珍しいから宿以外で喋るなよ」


『暇だが仕方ない。目当ての依頼が見つかるといいな。』


成功を霜月に願われるなんて思ってもみなく、なんとなく口が半分空いてしまった。


俺は坂を駆け下りると、街を囲む門へと向かった。


身分証など持っていないが、きっとなんとかなるだろう。期待するしかない。


若干の不安を胸に抱きつつも、言葉にできない嬉しさをしっかりと噛み締め、門番の元へと向かった。


子供が元気や勇気をくれるというのは本当の話なのだろうか。

世のお父さんが羨ましくなった。






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孤独なSランク冒険者、本当の幸せを求めて 天駆真 @misuriru

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