第5話:古遺物
「あの、ここは……?」
立ち話もなんだからとシェナが勝武を連れ込んだのは、都内某所のラブホテルであった。
昨今ではオフ会等で同性での利用も増えてはいるようだが、まだその辺のファミレスも開いているような時間に何故こんなところで?
勝武の疑問を察したのか、シェナが口を開く。
「これ、見てくだサーイ」
指差された先は、ロビーのカウンターの上。そこには金髪の男性、さらに正確に言えば、勝武の目の前にいる男の写真が飾られていた。
「ここは私の経営するホテルデース」
「は、はぁ……」
外で偶然出会った外国人マジシャンがラブホテルの経営者で、しかも自分が直面している不可思議な物事について情報を握っている。過多などというレベルを軽く飛び越した情報量に、勝武は眩暈を覚えた。
しかしそんなのはお構いなしに、シェナはにっこりと笑った。
「では行きまショウ!特別に一番豪華な部屋に案内しマース!」
◆◆◆
通された部屋は、"一番豪華"というシェナの言葉に違わずかなり大きく洒落たものだった。
家具は白を基調にシックな色合いで統一されており、華やかさと落ち着きを両立した空間を演出している。
「さ、掛けてくだサイ」
促されるままに勝武は椅子に腰を下ろすと、シェナは早速本題に入った。
「勝武サンはフェイムの民ってご存知デスカ?」
「フェイムの民?」
世界に通用するフェミニストとしてグローバルな視点を備える為、各国の文化や歴史について相当学んできた(具体的には英検三級、ホメる達人検定などの資格を所持している)勝武であったが、そのような民族のことは名前すら耳にしたことがなかった。
「彼らはネシスオ、今で言うカナダあたりの森林地帯を主な居住地としていた民族で、当時の人類の中ではとりわけ進んだ文明を築いてきたと言われていマス」
「当時、というのはいったいどの辺りの……?」
「詳しくは私も知りまセンが、四大文明の頃には現代的な法や人権に近い概念が生まれていたそうデース」
もしそのような文明が本当に存在したのなら、それは歴史の教科書に載るレベルのものだろう。にも拘わらず、実際にはそうはなっていない。
もしかするとこの男は嘘をついているのでは?勝武は訝しんだ。
「あのですねシェナさん、私が聞きたいのはそういう話ではなく……」
「ノンノン、重要なのはここからデス」
人差し指で勝武を制止し、話を続ける。
「それだけ栄えた文明に関する記録が何故残っていないノカ?と思ったことでショウ。答えは簡単、ミゾーズ帝国に記録ごと消されてしまったからデース」
「ミゾーズ帝国……?」
「フェイムの民と同時期に存在していた国のひとつデース。その規模はフェイムに匹敵していましタガ、優れた法制度で自然に勢力を増したフェイムとは違って武力による侵略で大きくなった国でシタ」
「つまり、フェイムの民も侵略されて……」
勝武の言葉にシェナが頷く。その表情は険しかった。
自国の利益のために外に対して武力を行使するという行為は、これまでの歴史の中で幾度となく行われてきた。時には領地拡大のため、時には希少資源のため、また、時には宗教や思想といったもののため。
そして残念なことに、そうした争いは現在でも各地で人々の命を奪っている。
「……しかしフェイムの戦士たちもタダでやられた訳ではありまセン。彼らはとある力でミゾーズ帝国軍勢を退け、相討ちに持ち込んだのデース」
「その力というのはもしかして」
「イエス。我々の持つ古遺物デス」
つまり、サニタリードライバーは元々フェイムの民の武器だったという訳だ。
普段なら、SNSで女性を性的に消費して憚らない醜悪なオタクに対してしているように"フィクションと現実を混同している"と指摘を突きつけるところだが、これまで何度か不思議な出来事に遭遇してきた勝武はその話を自然に受け入れていた。
「つまり、フェイムの民が我々に古遺物を託した。ということでしょうか」
――
勝武はサニタリードライバーを手にした日に聞いた声のことを思い出す。もし仮にあの声の主がフェイムの民の末裔か何かで、なんらかの目的の為に現れたのだとすると、色々と辻褄が合う。
勝武はその時のことをシェナに話した。
「オォウ、勝武さんもでスカ」
「というと、シェナさんも?」
「イエース、たしかあれは二年前のこと……とその前に。喉、乾きまセンカ?」
シェナの言葉に勝武は頷く。
二人が遭遇した地点からこのホテルまで、暑いなか結構な距離を歩いている。
先程までは色々なことで頭が一杯でそれどころではなかったが、いつの間にか勝武の体は水分を欲していた。
「廊下に自販機があるので何か買ってきマス」
「あ、私も行きます」
二人は部屋を出た。
廊下は壁の絵画や敷物によって部屋と同じく高級感溢れる空気を演出していて、シェナの経営者としての手腕に勝武は感心した。
「素晴らしいホテルですね」
「ありがとうございマース」
生殖というのは新たな生命を生み出す神聖な行為。故に、そこに一切の妥協があってはならないのだ。そう誇らしげに語るシェナの横顔を見ながら歩く。
「そろそろデース」
シェナが指差した先に、某メーカーの赤い自販機が見える。
ようやく乾いた喉を潤せると勝武が歩調を早めた、ちょうどその時。
「あぁもうしつこい!来ないでよ変態!!」
「ち、ちょっと待て!待ってくれ~!」
奥の部屋の扉から飛び出してきたのは、若い女性と小太りの中年男性。どう見ても不釣り合いな男女、そして女性を追いかける男という構図……勝武は目の前の出来事が何を意味するのか瞬時に判断した。
「変し「待っタ!」」
サニタリードライバーを構えた勝武をシェナが制止する。
「ここは私の店デス。私に任せてくだサーイ」
問題の男女を引き留めたシェナが彼らに事情を聞き始めたが、どうにも言い分が噛み合わない。カオリと名乗った女性曰く「無理やりここに連れられて性行為を強要された」とのことなのだが、中年男はあくまで同意を得た上でのことだと頑なに彼女の言うことを否定している。
「ほら、これを見てくれ!きちんと同意書にサインもしてあるだろう!?」
そう言って男は懐から一枚の書類のようなものを取り出す。その上部には『性交同意書』と書かれていた。諸々のトラブルを防止する為、シェナの経営するホテルではこのような書類の記入を推奨しているのだという。
「ウーム、確かにこれは正式なもののようデス」
「そうでしょう!?なのにこの子ときたら、私を訴えるだなんて言い出して……」
とはいえ、彼女が嫌がっているのも事実。ひとまず今日のところは諦めるべきだろう。そうシェナが説得すると男は納得した表情を見せた。
「室料はお返ししマスから、お二人とも今日のことは水に流しまショウ。いいデスカ?」
「え、えぇ」
「……はい」
お互いの言い分を聞いた上で、揉め事が大きくならないよう穏便に対処する。シェナの行動は実に完璧なものであったといえるだろう……ホテルのオーナーとしては。
「なんですか、それ」
「……元気サン?」
「見てくださいよ、彼女の顔!どう見ても悲しんでいるじゃあないですか!」
男が性交同意書を持ち出してから、カオリはずっと表情を曇らせていた。例えどんな経緯であれ、ラブフェミニストとしてこの事態を見逃すわけにはいかない。
「ですが元気サン、さすがに今回は「変身っっ!!」」
ピカピカリーーーーーン!!!!
いつもの閃光と共に白金の騎士となった勝武はシェナに掴みかかった。古遺物の所有者とはいえ生身の相手に抵抗の術はなく、そのまま宙に持ち上げられる。
「フェミニストの名を騙り女性を悲しませるミソジニストめ!!私が成敗してみせる!!」
「ノ、ノーーーーーーーーウ!!!!」
「喰らえ!ウーマンキャノン!!!!」
ウーマンマンは持ち上げたシェナを正面に思い切り投げた。人間砲弾と化したシェナは件の中年男性に勢いよく激突し、彼を巻き込む形で爆発四散した。
「カオリさん、これでもう大丈夫です」
変身を解除し、いつもの爽やかなスマイルで声を掛ける。激しい戦いの後でも女性に対する配慮は忘れない。こうした心の美しさこそ、勝武が世界的ラブフェミニストたり得る理由なのである。
「は、はい……」
「それは良かった。では、気を付けて帰ってくださいね」
そう言ってその場を離れようとした勝武の袖をカオリが掴む。
「あ、あの……」
「どうかしましたか?」
「もし良かったら……休憩、していきませんか……?」
紅潮した頬が、勝武を誘惑する。これまで彼と関わった数多の女性がそうであったように、彼女もまた勝武元気の醸し出す魅力にすっかり夢中になっていた。
ウーマンマン アリクイ @black_arikui
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