Knockin’on heaven’s door♪
執行明
第1話
その男は死んだ。享年52歳。
なんの変哲もない交通事故。それが彼の死因だった。
死ぬとすぐに、あの世の案内人だという若者に後ろから声をかけられた。彼にはその若者がいまいち信じられなかった。翼もなければ、頭の上の輪っかも無かったからだ。しかし案内人は笑って、死後の世界への案内は天使ではなく、すでに天国にいる死者が担当するのだと答えた。
あの世の案内人だという若者に連れられて、彼は天まで昇って行った。敬虔なクリスチャンである自分が天国へ行けるのは当然だと思っていた。
ところが案内人は、天国の扉の前まで来て「ここでお待ちください」と言う。どういうことか尋ねると、天国の入り口から道が分かれていて、すぐ天国に行けるかどうかが決まるらしい。
男は不安になった。自分は天国にいけるだろうか。
「ええ、もちろん行けますよ」というのが答えだった。
そして案内人は付け加える。
「と言うか、誰でも行けますから」
それはおかしい! 男は叫んだ。
自分が天国に行けるというのは分かるし、嬉しくもある。自分は常に正しいことをしてきたはずだ。
だが、地獄は存在しないのか。どんな悪人でも、犯罪者や社会の作法を守らない者でも、天国へ行けるというのか。神はなぜ善人と悪人を同等に扱ったりなさるのだ。
「あ、いや、安心して下さい……ってのも変ですけどね。生きている間にしたことの罰はちゃんとありますよ。それを地獄で償い終われば、罪が清算されて誰でも天国へ行けるのです」
彼は喜んだ。悪人にきちんと罰が与えられるということが嬉しかった。彼は案内役に、どんな悪人にどんな罰が与えられるのかを聞いた。
「罰そのものは結構ハードですよ。伝統的に、全身を焼かれたり、鬼やら悪魔やらに刃物で切り刻まれたり。でも、何を罪とするかはその人自身が決めます。その人が持っている倫理にしたがって、裁かれるのです」
それはどういう意味ですか。それでは他人を傷つけても、社会のルールを破っても悪いとも思わないような極悪人は、どうなるのですか。
「そういうことはまず有り得ませんね。ほぼ間違いなく、みんな罰を受けます。そういう人でも、実は倫理を持っているものなんです」
なるほど。悪人に見えても、心の奥底では自分のしていることが悪いと分かっているんですね。神様はやはり、根っからの悪人をおつくりにはならなかったのですね、と彼は大いに感動した。 悪人たちが、生前からも実は罪悪感に苦しんでいるのだろうと考えると気分が良かった。
ところが、案内人はにやにやして首を振った。
「少し違いますね。ここでの罰は、死者が生前に受け容れた倫理に基づいて、その人自身を罰します。社会の常識から見れば倫理なんて頓着してないような悪人でも、こと他人のこととなると善人面してアイツはここが悪い、それが悪いと言い立てる。自分なりのルールってやつを都合よく作るんです。勝手な連中だと思いますが、神様はとても寛大なお方ですから、そこまでは許して下さる。ところがね、人間ってやつはどこまでも身勝手なもんです。自分がひっかからないような倫理を自作するだけにしときゃいいものを、結局それにも反してる。自分が悪いと言ったまさにそのことをやっちゃうんです。ごく普通の知能の奴でも、自分が既にやっちゃっているのに、他人がしているのを見て初めて悪いと決めて、しかもそれに気付かないなんてしょっちゅうです。ここではそういう連中を裁くんですよ。もちろん、社会的に認められてる人、正義の味方だと自分で思い込んでる人だって同じようなもんです。馬鹿は何億人集まっても自浄能力が無いらしいですからね」
案内人はノートを取り出し、彼の名前が書いてあるページを楽しげに読み始めた。
「おや、そういう意味じゃ、あなたかなり罪が重いですよ。例えばあなたは昨日、同僚との雑談で、遺伝子の研究者は自分が神にでもなったつもりの狂人どもだと発言していますね。これは職業で人を差別してはいけないというあなた自身が支持した倫理第四○九六条に反します。それから第三二七六八条の、当事者でもないのに人のことをとやかく言うべきではない、にも違反しています。これは二四年前、あなたが子育てを奥さんにまかせすぎていると指摘された時に掲げた倫理です。それから……」
彼は真っ青になって震えだした。
Knockin’on heaven’s door♪ 執行明 @shigyouakira
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