東京はいつも涙味 vol.4「六月十四日」

Capricorn_2plus5

六月十四日




軒先のシェードに乗った霧が次第に


水滴となり やがて堪え切れず


ナイロンの上をひとすじ 滑り落ちていく




君の、頬を伝う涙に


よく似ていた







雨は、


それとは気づかないほどの細かい粒子から


ゆっくりと 少しずつ


風景と馴染んでいくようにして


存在を際立たせていく







忘れやしない


全てが薄墨色になった街のなかで


君の傘だけが、赤く咲いていた


軽やかに歌う その足どりで





駅の正面に屹立する


二本の桜に花はない


だけど、


漂う空の下 君の姿を正しく引き立てていた







シェードを滑り落ちた雫が


真珠のように アスファルトの地面で


音もなく散った


君が吹き消してしまった、君自身みたいに







ねえ、


去年も、一昨年も


この日を二人で祝ったね


僕らが現実から認められていく証に


君はひとつ、またひとつ年を重ねたんだ







まるで涙のようだって


記念日の雨を、君は恨めしく笑ったけれど


愛おしかった


モノクロームの街角で揺れる赤い傘


その隙間から見える横顔が







今年も 涙雨だよ


ねえ……








呼び掛ける後ろ姿が靄に紛れ


俯いたまま 消えていった


霞み続ける曇空は


僕がばらばらになることを許してはくれない


どこへ行くこともできないまま


この東京の片隅で




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