第二講座

殴られて目覚めると、そこはまさしく桃源郷であった。

今いる建物ビザンツ様式の教会風かと思えば、窓から見える建物はバロック様式。

さらに遠くにはバロック様式の柱が見える。

逆の窓からは鯱鉾が見えたり、丘の上のあれはまさか聖ミカエルの塔。

国、時代、それぞれは別の物のはず。

しかしこうして現に一堂に会している。

通常じゃありえない。

つまり。。。


にへぁ


うっわやっべ。

めっちゃ変な声出た。

何だよにへぁって。

初めて発音したレベルだわ。

ってあれ?

何これ、鼻血!?

鼻血出てんのこれ!?


「気付やおらっ!」


叫び声と共に彼女を襲ったひとつの拳。

忘れていた訳では無い。

この痛みによって目覚めさせられ、この桃源郷を目にしたのだから。

だから、決して忘れていた訳では無い。




「…で、そちらは?」


「私は転生九天神が一柱のメディー様よっ!」


すごいウキウキで、自慢げに、満足げに自己紹介したこの少女、もとい幼女は自称神様なんだと。

銀のロングヘアを2つに分け、片一方だけ三つ編みの摩訶不思議な髪型の女の子が神様なんだと。

まったく、世も末だ。


「心配したんだぞ?いくら呼んでも起きないし、起きたと思ったらずっと外の風景を見て鼻血を出して。」


「いやぁー、、、あはははは。。。」



子供好きという点か、はたまた馴染み易い性格だったのか。

彼女とはすぐに打ち解け、談笑すら出来る程度にはほぐれていた。

だがしかしそこは神様。

この世界──空間と言うべきか──について聞いた途端、目の色を変え、トーンを変えた。

しかしあまりシリアスに持ち込む気は無いようで、冗談を混ぜながら説明をしてくれた。

その時に心のどこかで「会話術を御教授願いたい」と思ったのは、また別の話だ。


彼女から話を聞いたとき、私は妙に冷静だった。

その話を信じるのなら、私は多分もうあの世界には戻れない。

まったく知らない別の世界へ行くことになる。

そんな状況であるが故か、はたまた頭がおかしくでもなったか。

特に気が動転するでもなく、突然泣き出すでもなく、淡々と理解した。

今までこんなことはなかった。

いや、もしかしたらあったのかも知れない。

下らなすぎて忘れただけかも。

そう考えたら、はたから見たら大問題な今も、心のどこかでどうでもいい事と思っているのかも知れない。


前に生徒にこんな質問をされた。

曰く、「なぜ織田信長は逃げなかったのか。」と。

彼の言うことはごもっともである。

世界史なんて、反乱で抵抗せずに死んで行った王族は少なくない。

しかも逃亡に余裕のある状態で、だ。

つまり「諦め」だろう。

彼らはみな俗世に疲れたのだ。

理想郷を目指して進み続けただけなのに身内に裏切られる。

そりゃ死にたくもなる。


シェイクスピアの著書にかの有名な「ブルータス、お前もか。」という言葉がある。

それを言ったカエサルはそのまま数十人に嬲り殺される。

腹心に裏切られたのだ。

殴りたい気持ちもあったかも知れない。

しかしそれをしなかったのは優しさか、真面目さか、はたまた先程の通りか。

どんなに素晴らしき人であろうと人生に疲れる時もある。

私は多分それが起きたんだと思う。

公務員を辞め、行き先のない不満とこれからへの不安。

それに押し潰されたのかも知れない。

神様曰く私はあの馬鹿が転んだ拍子に車道に放り出され、そのまま轢かれて死んだらしい。

死因であるにせよ、限界状態だった私を介抱してくれたのは感謝だ。


話を戻そう。


私はメディーさんから、選択肢が与えられた。


「ここに来た者には選ぶ権利があるの。1つは、元の世界で記憶をリセットして生きる。もう1つは、違う世界で記憶をそのままに生きる。最後は…あまりオススメはしないけど、天国か地獄の審判。完全にランダムだし、記憶そのままだから地獄なんてデメリットあるから辞めておいた方がいいわ。」


悩むまでもない。

もうあの世界には疲れたんだ。

巫女をやるつもりもない。

宇佐美に礼と文句が言えないのは残念だが、新しい人生を堪能したい。


「もちろん異世界に行く!いろんな事やりたいし!」


私の意志に、彼女は応えてくれた。

とびきりの笑顔で言ったからである。


「思いっ切り楽しんでらっしゃい!!」

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eLcric 〜元教師の転生譚〜 (エルクリック) いんこ @KyutoInko

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