アンドリュー・L(二)

 アンドリューは怒りを抑えきれずにいた。

 襲撃から二日。今朝早く、〈金の卵〉を始めとした有望な被験者たちは楽園を後にした。いけ好かない、あの“渦巻きホィール”についていったのだ。自分にではなく。

 いや、そもそもアンドリューは彼らに選択を迫る権利さえ与えられなかった。三博士の誰もが、彼の示す道に理解どころか関心すら持たなかったのだ。



 敵の部隊が撤退してから数時間後。口角泡を飛ばして己の考えを主張する同僚に向かって、三博士は口々に異を唱えた。

「あなたのそれは、エゴにすぎないわ。被験者たちの未来ではなく、自身の研究にしか目を向けていない」

 そうとも、君となにがちがう?

「私の信者たちにとって、君の考えそのものが毒となるだろう。彼らは歯牙にもかけまいが、それでも可能性を阻む萌芽となりかねん。肩を持つわけにはいかんな」

 多くの者を都合よく振り回して利用する、イカれた道化め! お前こそがエゴイストだ! お前こそが毒物だ!

「そもそも三つの分岐は、楽園の最高責任者たる我々の出した結論なのだ。一介の研究者に過ぎないお前に、口を挟む権利などないのだよ」

 私を否定するというのか。

 私の、これまでの貢献を称えるどころか、蔑ろにするというのか!

 三博士たちの返答。

「ねえ、アンドリュー。あなたのサポート能力の高さについては、職員全員が認めているところだわ。だからこそ、私たちはそれぞれ施設、職員、被験者たちへの管理責任をあなたに任せてきたのだから」

「左様。なればこそ、お前は今回もいずれかの道に従うべきだろうな。楽園に残るといい。我々の鼻を明かしたければ、私の下で一層研究に邁進することだ」

「そうとも。君が先ほど自慢げに語っていた、あの、ほら。例の軍用ナイフを改良したとかいう、玩具。もしかすると、あれ以上のものを生み出せるかも知れないぞ」

 怒りと羞恥で顔を紅潮させたアンドリューは、それきり口を閉ざして管理棟を後にした。

 憤懣ふんまんやるかたなく、目についた物を薙ぎ倒し、踏み砕いて歩く。近づく者はいなかった。理解者も、同情する者すらも。



 二日経った現在も怒気を帯びながら、アンドリューは医務棟に訪れた。権限を用い、あてがった個室。清潔なベッドで眠る忠実な従者。

 あの日起こった、アンドリューにとっての些細な幸運。助手は一命を取り留めていた。

 唯一自分に心から尽くしてきた協力者にして、命の恩人。しかしアンドリューが助手に抱いているのは、まごうことなく憎しみだった。

 くれてやればよかったのだ。貴様の安い命など。余計な抵抗さえしなければ、功績が失われることはなかった。実物を突きつけていたなら、きっと“渦巻きホィール”を黙らせることもできただろうに。私を救った? 馬鹿を言うな。ひとりなら、とっくに逃げおおせていたさ。

 理不尽にして横暴。己を見失った“裸の王様キング・オブ・ネイキッド”の歪んだ思考回路サーキット。諌める者はなく、妄執は加速していく。

 ふと、助手が目を開いた。虚ろな瞳が宙を泳ぐ。

 報告を聞く限り、目覚めたのはこれで三度目。いまだ予断を許さない状態ではあるが、楽園の技術を駆使すれば、助かりはするだろう。

 つまらなそうにしているアンドリューの姿を、泳いでいた瞳が捉える。ほっと安らいだ顔。こちらの本心など知らず、ただ一心に慕う哀れな愚者。

 ふいに、その口が動いた。酸素マスク越しに、かすかなつぶやきが漏れる。反射的に顔を寄せたアンドリューは、消え入るような、かぼそい声を聞き取ろうと試みた。

 ところどころ途切れる言葉に、辛抱強く耳を傾ける。

 やがて、

「本気かね」

 自らの従者の覚悟と忠義を悟ったアンドリューが、頰の緩みを抑えきれぬまま言った。

 返事代わりに、助手が目を細める。

「ならば私は、三博士やつらの先へ行ける」

 先ほどまでの感情を棚上げし、アンドリューは彼なりの、最大限の賛辞を呈する。

「やはり君は、私の最高の実験体パートナーだ」

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アンドリュー博士の妄執 渡馬桜丸 @tovanaonobu

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