○○○の怪

宇部 松清

彼の名は

 これは、知り合いから聞いた話なんですけど。


 そこのお宅には男の子のお子さんが1人いましてね。

 その子は発達がちょっと遅れてて、当時4歳だったんですけど、会話があまり成立しなかったんですよ。


 でも、その代わり、っていうんですかね、絵を描くのがとっても上手で。うーん、何ていうんだろ、大人でもめちゃくちゃ下手な人っているじゃないですか、それよりも上手い感じ。だからある意味大人以上? なんちゃって。

 でもそれが、なかなか特徴も掴んでて、そりゃ大きすぎたり小さすぎたり歪んでたりはするんですけど、それでも細かいところまでちゃーんと描いてるんです。縞が何本、とか。

 スマホで撮ったやつ、見せてもらったことがあるんですよ。結構昔に放映された特撮ヒーローでしたけどね。上手でしたよ。


 それで、ですね。ここからなんですけど。


 その子、まぁ日中は保育園かおばあさん家にいるんですけど、とにかくお絵描きが大好きなもんで、もうひたすらお絵描きしてるんですよ。DVD見ながら。描きたいシーンを一時停止させて描いて、また再生させてまた止めてって。その繰り返し。一日中。

 その子ね、見たものを見たまま描くのが得意なんです。いわゆる模写ってやつですね。


 で、ある日、おばあさんがその子の描いた絵を見て「あれ?」って思ったわけです。


 名前をね、書いてたんです。

 平仮名で。『たけし』って。


 うーん、4歳ですからね。書ける子は書けるんでしょうけど。

 

 ――ウチ? いやいやウチの子なんて小学校上がるギリギリにどうにか書けるようになったっていうか、させたっていうか。

 まぁ、教育方針ってのもあるんじゃないですかね?

 でも、そこン家、字に関しては特にまだ何もしてなくて。まぁ、あいうえお表くらいは貼ってましたけどね。

 何せその子が気難しいもんで、押し付けると駄目なんですよ。自分から興味を持たないとテコでも動かないっていうか。

 だから表だけ貼って様子見てたんですって。そしたら、ほら、書いたってことでね。


 ねぇ、すごいですよね。

 親はなくとも子は育つ! なーんて言って奥さんは笑ってましたけど。


 ……ただね、この話、それで終わりじゃないんですよ。


 その子ね、もう一心不乱に名前を書くんですよ。サインか!? ってくらいに。


 でもね。




 ……その子ね、『たけし』なんて名前じゃないんですよ。


 いやいや、ほんとほんと!

 『たけし』君じゃないんですって!

 一応仮名にしますけど、うーん、そうだなぁ、『ゆう』君ぐらい違うんですよ。


 ――え?

 じゃあ何で『たけし』なんて書いたのかって?


 自分にわかるわけないじゃないですか。

 

 ――え?

 あの国民的アニメのガキ大将の名前?

 確かに。そうですね。ゆう君(仮名)もそのアニメ大好きです。

 でもでも、よーく思い出してくださいよ。

 例えばテロップでも、その子の名前って『たけし』では出ないですよね? そりゃあその子のお母さんは『たけし』って呼びますけど、字幕だってないんですから。

 ね? だからこの『たけし』じゃないんですよ。


 ――え?

 昭和の特撮ヒーローの変身前? はいはいはい、いましたね、『たけし』。ゆう君(仮名)もそれ大好きですよ。変身ポーズだって出来るんですから。

 いやいや、こっちの方がもっと無理ですって。

 だって彼、漢字表記なんですよ? まずそれ読めないですから。

 ていうか、だったらいっそ、漢字で書きますよ。ゆう君、それくらいの漢字なら覚えて書いちゃうんですから。


 ――保育園のお友達?

 もー、何年前の保育園ですかぁ? あのですねぇ、いまって『たけし』なんて古きよき名前の子は絶滅危惧種も良いとこなんですよ? 『るきあ』とか『きらり』とかばっかりなんですから。漢字だって夜露死苦系ですしね、そこの保育園。

 ――ウチ? ウチは『茉璃瑠まりる』と『玲美璃れみり』ですけど?

 

 ね? 困りましたよね?

 いやもちろん自分は他人事ですからね、不思議ですねーって言ってりゃ良いんですから。でも、もうそこの家では大変な騒ぎだったみたいで。


 ――って? 解決してるのかって? そりゃ、ちょっと前の話ですからね。


 教えろって? やだなぁ、もうちょっと頭使いましょうよ。考えてくださいよ。

 ていうかこういうのって、謎のままの方が面白くないですか?

 え~? そうでもないですかねぇ。


 色々想像しちゃいません?

 オカルト系なら、ゆう君(仮名)の前世が『たけし』君で――、とか。

 ホラー系なら、実は奥さんは昔『たけし』君を死なせてしまってて、その子の霊が乗り移って――とか。

 昼ドラ系なら、奥さんの浮気相手の名前、とかね。いやー、ちょっと下衆なこと言っちゃった。あはは、嘘嘘。 



 随分もったいつけるなぁって?

 いやー、盛り上がるかなーなんて思っちゃったりして。すみません。

 いや、そんな難しいことじゃないんですよ、ほんとに。聞けば、なぁんだってなりますから。


 ――御託は良いから、早く?

 はいはい。ンもう、急かさないでくださいよ。


 いやね、子ども向けアニメのDVDって、最初に注意事項みたいの流れるじゃないですか。部屋は明るくしてね~、みたいなやつ。

 そこでね、お友達がやっちゃうんですよ。DVDに落書きしちゃうんです。



『た け し』


 って。


 ね? それだけのことです。ゆう君(仮名)、それをちらって見て、覚えたんです。

 で、その『たけし』が何なのかもわからずにロゴか何かだと思って書いてたって、そんなわけです。

 

 タネを明かせば何てことない話でしょ? あはは。


 これ気付いたの、おばあさんなんですけどね、もう皆大笑いですよ。

 ほんと、いまとなっては笑い話っていうか。ねぇ?

 奥さんなんて笑い過ぎて泣いてましたから。おっかしいでしょ、もう。

 ゆう君(仮名)も周りが皆笑ってるから、嬉しそうににこにこしてて。

 ほんとまぁ、可愛い子なんですよ、無邪気でね。

 


 ――え? 何ですか?

 人んのこと、随分詳しいなって? まぁ、家族ぐるみの付き合いっていうか……、そんなとこですかね。


 ――へ? 名前? あぁ、自分ですか。

 あれ? まだ言ってませんでしたっけ。

 相沢ですよ、相沢。


 あぁすみません、下の名前ですか。それは言ってなかったなぁ。




 武志たけしです。


 ……おや? どうしました?

 

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○○○の怪 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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