Let down

雨が小降りになった。


夜に雨が止むと霧が出る。それは夏夜によくあることで私は綺麗に並んで霧に烟る電光灯群を眺めるのが大好きだ。気持ちが膨らんで悲しい雲が頭上から消える。現に小さな雨雲が1m程の頭上から消えた。


彼方側の世界へ繋がる小さな穴なような水溜りから青い大魚が跳ねた。


人はいない-


丁度今日は新人シンジと会う約束をしている。居酒屋太郎は空いている。まあ、それでも潰れないのが凄いところだ。もしかしたら店長が宝くじでも当てたのかもしれない。


「よーぉ、元気だったかー」


新人だ、彼は昔から唐突に現れる。まるで妖怪みたいに。笑顔で手を振ってる以外は妖怪だ。私は降参だといった形で肩を落とす。


「ぜんぜん、最近筆が乗らなくてね、気分も乗らないんだ」


昨日は雨沢編集が参上して大学ノート一冊が赤字で半分埋まるくらい説教され指摘された。気分は今季最大の大雨だ。


居酒屋太郎のカウンター席には中年男性と恋人や妻には相応しく若い女性が座り、後ろの座敷席には同じ会社で働いている中堅社員達の井戸端会議の楽しげな声が潤っている。


「シンジは大学だったっけ?」

「…俺は警視庁末端、派出所の警官だよ。ほんと毎日こりごりさ、泥酔男に空き巣に万引き…これだったら個人タクシーでもやってた方がマシだね」


「そんなこと言うなって、シンジは良いやつだから警察が適任だよ」

「そんなことないよ、俺だってダメな時はあるさ」

「何があるんだい?」

「落ちぶれた君とここで楽しく呑んでたりね」

「それ皮肉かよ」


パンを挟んだような少しの静寂の後。

大声で笑いあった、これでもかというくらい。笑い声が荒れた高潮のようにゆらゆらと揺れて店中の壁という壁にぶつかって跳ねる。2人は顔を真っ赤にして爆笑した。



夜道は1人で出歩かない方が良い。それも女性なら尚のこと…



渋谷某所で、20代半ばの女性の死体が発見された。死因は刃渡り20cmほどのナイフによる刺殺だ。ナイフは背中に深く突き立てられており、一撃による即死だったという。







生き物には表と裏がある。獰猛な人喰い鮫も本当は臆病なものだ、それと同じで私にも小さな私がいる。

…お前はダメな人間だ。死んでしまえ…


黙れ…


…お前が長生きして所帯を持ち、子供を育てたとて幸せにはなれない。むしろ家族は崩壊する…


黙れ黙れ…


…お前は独りで、孤独に寂しく震えながら静かにこと切れるのだ…


「黙れ!!」


朝が来た。目覚ましは「Bohemian Rhapsody」私のお気に入りだ。フレディ・マーキュリーから才能を分けて欲しいと明治神宮の神にお願いしたこともあった。ちなみに後で知人に聞いたが、神社で願望はご法度であるらしい。


私はアイデア探しに渋谷の街へと踏み出していた。店は「vira la vida」ここはお気に入りで、よく店では私の好きな90年代洋楽が空気を叩いて光らせるように流れている。


横断歩道にはドイツ軍の戦車が律儀に停車し、砲塔はこちらを向いている。私以外の人間がこれを見たら一目散に逃げるだろうが、誰一人として騒ぐ者はいない。


ふと店の外、ショウウィンドウを横切っていく男達の中の1人に目が釘付けになった。それは恐らく有名人だったからなどという類ではないのだ。


私だ……。








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Goodby iMAGiNE。 フーテンコロリ @iidanoi

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