かごめかごめの街・仙台

寝る犬

かごめかごめ

 宮城県、仙台市。


 街の中心部にある国分町こくぶんちょうは、東北地方最大の歓楽街かんらくがい


 夜の街で仕事をしていることもあり、私は沢山の人と知り合う機会があるのですが、あの人のことは今でもよく覚えています。

 Aさん、と呼ばれていたそのお客さんとは、その後も何度かお会いすることになるのですが、あれは初めてお店で会ったときのことでした。



「これはこれは、素晴らしい眼をお持ちだ」


「あら、そうですか? ありがとうございます」


 出会いばなに容姿を褒めてくるお客さんはたくさんおり、私もいつものように軽く受け流して水割りを作り始める。


「いや、本当に……そんな眼をしていると、色々面白いものが見えるでしょう?」


 彼は水割りを受け取り、私の眼を覗き込んで笑う。

 ごくりと喉を鳴らして薄いウィスキーを飲むと――


「――例えば、とか」


 そう言って、視線を私の後ろへと向けた。

 慌てて振り返った私は、そこに居る青白い顔の男を確認してAさんへと向き直る。

 今まで私以外の誰にも見えなかったを見つめるAさんに、私は「見えるんですか?」と声を潜めて尋ねる。

 もう一口水割りを飲んだ彼は「あなたほどじゃないけどね」と笑った。


「あの……あれは何なんです?」


「うん……ところで貴方は『かごめかごめ』と言う童謡を知っていますか?」


 Aさんの話によると、『神宮女かごめ』とは神の世界をる事のできる、いわゆる巫女みこ体質の女性のことを言う。

 私はその『神宮女』と言うモノの血筋であるらしかった。


「わたし達の住むこの仙台は、かの伊達政宗だてまさむね公が、呪術的な設計思想を持って作り上げた街でしてね、北の『青葉神社』、北東の『仙台東照宮』、南東の『榴岡天満宮つつじがおかてんまんぐう』、南の『愛宕あたご神社』、南西の『護国ごこく神社』、北西の『大崎八幡宮おおさきはちまんぐう』をそれぞれの頂点にした六芒星ろくぼうせいにより、強力な力で守護されているのですよ」


「……はぁ、それとになんの関係が?」


「六芒星っていうのは、かごを編んだ模様をした図形だと言われています。『籠目紋かごめもん』と言う古くからある文様もんようでしてね」


「かごめ……」


「ええ、六芒星の記す内側の六角形かごめの中が、ちょうどこの国分町の辺りなんですよ」


「守られてるのなら、あんなモノ見えなくなりそうなものですけど……」


 彼が空にしたグラスを受け取り、もう一杯水割りを作って手渡す。

 面白そうに私の顔を見ていたAさんは、氷をカランと鳴らして、椅子に深く腰掛け直した。


「そこで『かごめかごめ』に戻ります。あの歌では『神宮女かごめ神宮女かごめ』と、神を視る眼を持つものに問いかけます。『籠の中の鳥』とは、六芒星かごめの中にある、とある存在のこと。そして『いついつ出やる』と、それは何時出てくるのか? と聞いている訳です」


 私は後ろのへちらりと目を向け、街の中でも時々見る『人ではないもの』を思い出して身震いする。

 真夏だと言うのに冷房の効いた店内は肌寒く、腕にはうっすら鳥肌がたっていた。


「そこで『神宮女かごめ』は答えます。『夜明けの晩に』と。それは夜明けでもあり、晩でもある。そんな存在し得ない時に、『鶴と亀がすべった』、長寿の象徴である鶴と亀がすべる、つまり死ですね。死んでいるのに、その時は存在しないわけです」


「死んでいるのに死んでいない……あれってやっぱり、幽霊かなにかなんですか?」


「まぁ有り体に言えばそんな存在でしょうか。霊とかあやかしとか御霊みたまとか言われる、俗に言う神様って言うものですかね」


 神様。と言う言葉に、私はほっと胸をなでおろす。

 そんな私を意地悪げに見ていたAさんは、急に体を起こし、顔を近づけた。


「安心しちゃあいけません。神っていうのは、元々『人間を超越ちょうえつしたもの』と言うような言葉です。あなたの想像しているような、いわゆる良い神様ばかりとは限りませんよ。大いなる力を持つ神を怒らせれば、それは災いをもたらす『荒御魂あらみたま』となり、丁寧におまつりすれば、それは平和をもたらす『和御魂にぎみたま』となるんです。神社で神をまつるっていうのはそう言うことなんですよ。最近は忘れてる方も多いようですけどね」


 Aさんに至近距離から見つめられ、背中にたくさんのの視線も感じながら、私の周囲から音が遠ざかってゆく。

 身動きも取れない私に向かって彼が小さく何事かをつぶやくと、背中の視線は消え、店の中にざわざわする音も戻ってきた。


「――さて、なんの話でしたか?」


 何事もなかったように、Aさんは水割りを飲み干す。

 自分の仕事を思い出した私は、慌てて空のグラスを受け取った。


「そうそう『かごめかごめ』でしたね。最後の『後ろの正面だぁれ?』ですが、これは簡単、そのままの意味です。『神宮女かごめ』が後ろを振り返った時、正面にいるのは誰ですか? それがこの仙台の街の六芒星かごめの中で封じられている、いつか出やって来るモノの正体ですよ」


 もう一杯、水割りを作ろうとする私の手を止めて、Aさんは立ち上がる。

 水割りを作って、子供のように話を聞くことしか出来なかった私は、少し申し訳ないような気持ちになって彼を見送った。


「今日は私が消しておきました。しばらくは何もることはないでしょう」


「あの……ありがとうございます」


 何が? などとは聞く気にもなれず、私はただ頭を下げる。

 店の外はいつもの8月の仙台。

 七夕祭りも終わり、そろそろお盆になろうかという仙台の、蒸し暑い夜だった。


「でもね、この『仙台の街かごめ』の中では、誰もが『神宮女かごめ』の力を持つことになるんです。いいですか? 仙台の街なかで背中に視線を感じても、絶対に振り返らないことです」


 Aさんは最後にそう言い残して、夜の街へと消えて行った。


 扉一枚隔てて、店の中の喧騒けんそうは、遠くに聞こえている。

 Aさんの背中が人混みに消えると、私は扉に手をかけた。


――びゅう


 強い風が吹き、私は髪を押さえる。

 頭の後ろに伸ばした手に、なにか柔らかい感触が触れた。


『後ろの正面……だぁぁぁぁあれぇぇぇぇ?』



 その日から、私は絶対に後ろを振り返らないようにしています。

 気をつけてください。


 たとえ『神宮女かごめ』の血を引いていなくても。


 この『仙台の街かごめ』の中では、誰もがを視る可能性があるのですから。

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