第7話 召喚勇者の伝説
ざぐっ、とあたしが振るった鉈が、目の前にいるゼリー状の物体を叩き割る。
それはメロンソーダのような色をした透けた体から中に詰まっていた黄色の肉の塊をどろりと零して、その場に潰れ広がって動かなくなった。
「……スライムってゼリーの塊とかアメーバみたいなものだってイメージがあったわ。こうして形が直に見える内臓があるって結構インパクトがあるわね」
「スライム種とて生物であることに変わりはない。食事を摂取して栄養分を取り込むための器官を持っている。程度は低いが知能もあり、それを保有するための脳もある。そうでなければ、魔法を操ることができない」
「スライムも魔法を使うんだ?」
「種の中で上位の存在になると、そういう能力を備えたものもいる。魔物は基本的に上位種になるほど擬態して己を弱く見せかけるなどして相手を欺く狡猾さを持つようになるのだ。一見弱そうな外見だからと油断はしないことだ」
「分かったわ。覚えとく」
あたしは仕留めたスライムに近付き、ゼリーの体から零れ出た内臓を漁ってお目当てのものを取り出した。
このスライムはスライム種の中では底辺に属してるらしいから、大した能力は期待できないけれど……あたしの握り拳程度の大きさしかないつるっとした饅頭みたいなスライムの脳味噌を、あたしは一口で頬張って大して噛みもせずに飲み下した。
『
『
あたしが能力を手に入れると、ベルーガがすぐに能力についての説明をしてくれる。
悪食はその名の通り、食物に限らず石だろうが金属だろうが腐ったものだろうが何でもお構いなしに食べて消化することができる能力で、強酸は対象物を一瞬で溶かす強力な溶解液を分泌する能力らしい。スライムであればほぼ確実に持っている、スライム種の基本的な能力なのだそうだ。
それは、理解したのだが。
「……ねえ、ベルーガ。もう一度説明してちょうだい。何で能力は『
「能力の区分は、その習得方法によって決められる。
──こんな調子で、あたしはベルーガと会話しつつ道中偶然遭遇した魔物を仕留めて能力を取り込むことを繰り返しながら、ある場所へと向かっている。
土地神の神殿から東の方角に進んだところにあるという、山麓の小さな村だ。
あたしはこの世界の人間と馴れ合う気はないが、あたしは普通の人間だから、生きていくためには色々なものが必要になる。その最たるものが食糧だ。
その辺で野生の獣を狩って捌いて肉にすることも、一応考えなくはなかった。あたしはこれでも農業高校出身だし、動物の解体の仕方は授業で基本的なことを教わっているのだ(学校でこんなことを教えているなんて知った時はびっくりしたが、一応どんな授業でもちゃんと真面目に受けておくべきだと思った)。魔物も一応肉ならば食べられなくもないし、そもそもあたしは魂喰の能力を使うために頻繁に『肉』を食べているからそれほど空腹にもならないし、大して気にしてはいないことではあるのだが。
それでも、やはり毎日の食事は生きるためには必要不可欠なものだし、毎度肉ばかりでは栄養バランスが偏って宜しくない。たまには野菜だって食べたいし、水だって必要だ。
そういうわけで、食糧調達の名目で最も近場にある人里を目指しているのである。
ベルーガが地理を把握していて方角を判断することができるため、道案内は完全に彼に任せてしまっている。お陰で何の道標もないだだっ広い平野の中で迷子になることはなかった。
そうして、歩き続けること体感でおよそ六時間ほど。
あたしは、目的地である村へと到着した。
その村は、通りに並ぶ民家の数がまばらで畑の存在の方が目立っている、そんな雰囲気の場所だった。
家屋自体も古い木造で、見るからに傾いているものもある。屋根に穴が空いているものもあるし、どうやら此処はあまり裕福な村ではないらしい。
住人の姿は見かけない。農民ならばほぼ毎日畑の世話のために外に出ているものなのだが、どういうわけか此処にはまるで人の姿がなかった。よく見れば畑もろくに手入れがされていない様子で、明らかに雑草と思わしき草がぼうぼうに生えまくっている。あれではもう一度畑の状態を綺麗に整えて作物を育てるまでに結構な手間がかかりそうだ。
あたしは旅用の道具や食糧なんかを販売している店を探した。
基本的にこの世界にある人間の集落は、どんなに辺境にある小規模の村でも、旅人向けの商品を扱っている店が最低一軒は存在しているらしい。場所によって取り扱っている商品は様々だが、確実に店はあるのだとベルーガが教えてくれた。
その店は、すぐに見つかった。他の古い家屋と比較するとそれよりかは綺麗に手入れされている感のある建物だ。
入口の上に店名を書いた看板が掲げられており、横には『営業中』と書かれた小さな木の札が掛けられている。どちらもこの世界の字であたしの目には記号のようにしか映らなかったが、言語翻訳の
閉じられている木の扉を静かに開く。扉の上部に吊り下げられている小さなベルが、扉の動きを察してチリンチリンと可愛らしい音を立てた。
店内は、あたしの村にあった金物屋の雰囲気に何処となく似ていた。壁際に木の棚が並び、売り場の中央には陳列棚代わりなのだろう大きな木のテーブルが置かれている。それらに、商品と思わしき色々な道具が並べられている……鑑定眼の能力のお陰で、あたしにとっては馴染みのない形をした道具でも、それが何でどのように使うものなのかが一目で理解できた。
そして、テーブルの奥には大きな木箱を抱えた小柄な少女が立っている。金茶の髪を背中で結って質素な色合いのチュニックっぽい服を着た娘だ。年齢は……多分あたしと同じくらいだろう。そんな雰囲気がある。
店内に入ってきたあたしを見て、彼女は何か思いがけないものを見たような表情をしていた。
此処は旅人を相手に商売をしている場所なんだから、外から見知らぬ人が入ってきたって別に不思議でも何でもないでしょうに。そんなに意外なものを見るような目であたしを見なくたっていいじゃないの。
まあ、あたしの着てる服は高校の制服だからこの世界の人にとっては見慣れない格好だろうし、返り血が付いたままだし、片手に抜き身の鉈をぶら下げてる状態だし……強盗か何かに間違われても不思議じゃないシチュエーションだってことくらいは自覚あるけど。
「……買い物をさせてほしいんだけど」
とりあえず客であることを主張するために、あたしは控え目に少女に言う。
すると、彼女は。全身をふるふると震わせて、言った。
「……まさか、その黒い髪、黒い目、不思議な服……もしや貴女は、神様がお遣わし下さった勇者様ではありませんか?」
「……は?」
そういえば、此処に来るまでにベルーガから聞いた色々な話の中に、あたしみたいな異世界から来た人間に関することもあった。
異世界からの来訪者……いわゆる召喚勇者というものは、圧倒的に地球の、それも何故か日本人が多いらしい。何故ピンポイントで日本人が選ばれるのかは分からないらしいが、そのせいもあって、召喚勇者イコール黒目黒髪であるという認識がこの世界の人々の間では定着してしまっているという。
この世界に黒目黒髪の人種というのは基本的に存在していないらしい。黒髪というのはごく稀にいるそうだが、それも髪を光に透かすと青とか緑とか別の色に見える純粋な黒ではないそうだ。そして黒目というのは黒髪以上に珍しいもの……というよりもまず存在しないはずのものらしく、召喚勇者以外で黒目をした人間が存在していた記録は歴史上には残っていないという。
召喚勇者とは、世界に危機が訪れた時に神々が最後の希望として地上に遣わした者であると言い伝えられている。召喚勇者は自分たちに希望と平和を齎してくれる絶対的な正義の使徒だと信じられているのだ。
少女は興奮した様子で店の外まで駆けていくと、信じられないくらいの大きな声で叫んだ。
「みんな! 勇者様が来て下さったわ! これでわたしたちの村は助かるのよ!」
「ちょ、ちょっとっ」
少女の絶叫の内容を聞いてうろたえるあたし。
あたしは、あっという間に店に集まってきた大勢の村人に囲まれて、身動きが取れなくなってしまった。
それでも人はあたしを勇者と呼ぶ 高柳神羅 @blood5
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