子供の時のアルバムを見ていたら、いつの間にかホラーになっていた

猫浪漫

第1話 三枚のホラー

 ある夏の日に実家へ帰省したわたしは、その日の夜、母とふたりで自分が子供の頃のアルバムを眺めながら、思い出話に興じていたのです。


 とある数枚の写真が載せられている箇所にさしかかったところで、わたしはこれらの写真に、昔から淡い疑問を抱いていたことを思い出しました。



 その写真は、恐らくわたしが四、五歳くらいの時のもので、該当する写真は合計で三枚ありました。


 一枚目の写真は、どこかの水辺にある桟橋を、わたしが知らない女のひとに手を引かれて、一緒に渡っている様子を撮ったものでした。


 その女のひとは、やや長い髪をしていて、グレーベージュのワンピースを着ており、少し胸の張った昔の水商売のひとのような風情がありました。

 その容姿から察するに、当時の彼女の年齢は、おそらく三十代ほどであるように思います。



 続いて二枚目の写真の内容は、まずどこかの道路のガードレール下が低い崖のようになっており、その中程には、なぜか横幅の広い椅子付きの木造テーブルがあって、その両端にわたしとその女のひとが座っている――といったものです。


 つまり、わたしたちは明らかに距離をとった状態で座っていることになり、互いに別の方向を向いていて、一枚目の写真に比べると、親しげな雰囲気のある写真ではなかったのです。


 また彼女は、片手で顔面を抱えているようにも見え、その様子が何か重苦しく、殺伐とした印象でした。


 ただその髪がなびいていたので、風に煽られた前髪を直していただけなのかもしれません。


 更に道路の奥を見ると、よく水辺地区の観光地にありそうな、昔ながらの土産屋が建っているのが確認出来るため、この場所も水域に縁のある箇所ということになりそうです。



 そして三枚目の写真は、二枚目の写真とほぼ同じ状況を更に遠方から撮った写真でした。


 わたしはこの三枚の写真を見る度に、そこに写っている女のひとの所在について、いつも母に確認しようと思いながら、聞きそびれてしまっていたことを思い出し、その場で母に聞いてみることにしたのです。



「ねえ、前々から思っていたんだけど、この写真の女のひとって誰なの?」


 わたしはこれらの写真を指差しながら、母に問いかけました。


 とはいえ、どこか他人行儀に見えるこの女のひとを、わたしは遠縁の親戚くらいに思っていたところがあったので、そのような答えが母から返ってくることを予想していました。


「なに言ってんの? これは私じゃないの」


 母がそう言って笑い出したので、わたしはその処置に困ってしまいました。


「いや全然似てないでしょ?」

「この時はまだ、私だって若かったからでしょ?」


 わたしは、母が冗談を言っているのだと思い直し、同じ質問を繰り返しましたが、母は自分だといって譲りません。



 しかし幾ら年月が経過しているとはいえ、明らかに母とそのひとの顔は似つかないし、その体格もまるで違うのです。


 それにわたしは、母がワンピースなどを着ているところは、生まれてから一度も見たことがありませんでした。そもそも母は常に髪の短いひとで、このアルバムの中でさえ、これだけ髪の長い母の写真は、一枚も存在しなかったのです。


 このようなことを指摘している内に、次第に母の表情が曇っていき、楽しかった筈の時間が重くなるのを感じました。


 やがて母はお風呂に入ってくると言って、そそくさといなくなってしまったのです。



 ひとりその場に取り残されたわたしは、この時に一つの可能性に辿り着きました。


 ことによると、わたしは母の子供ではないのかもしれない――。


 しかしアルバムを紐解くと、生後二日目からわたしの写真は存在しますし、あまり現実感のない可能性でもありました。


 単純に信じたくはなかっただけなのかもしれませんが……。


 胸騒ぎに襲われたわたしは、再度これらの写真を見直すことにしました。すると今まで意識したことのなかった要素が、三枚目の写真に含まれていることに気付いたのです。



 実は三枚目の写真は、かなり遠方から撮られており、写真の中心から下は海のようにも湖のようにも見える水面が占めているのです。


 つまりこの写真は、少なくとも海か湖の中程から撮られた写真である――ということになりそうです。


 その位置から撮られたわたしたちの姿は、多少霞んではいるものの、服装や顔付き、体格からみても、やはりわたしたちに間違いないようです。


 しかし誰が何の目的で、このような遠方からわたしたちを撮る必要があったのか、全く判らないのです。


 母によると、この写真は家族旅行で訪れた時のものだと言っていました。


 しかし、この三枚の写真には、父や二人の姉、もちろん母の姿もありません。更にいえば、わたしとこの女のひと以外の別の写真は存在しないのです。



 わたしは実家から帰った後に、密かにこの問題を調べてみることにしました。

 そこでまず、わたしは戸籍を調べてみましたが、母が実母であることは間違いがなく、他の家族も同様でした。


 更にこの場所の詳細については、「どこだったかなあ」と母にはぐらかされてしまっていたので、わたしは家族旅行でよく行った地域が、箱根か伊豆、ないしは富士五湖であったことを思い出し、このあたりを車で回ってみることにしました。


 しかし、完全にどの地域なのかを特定出来る術もなく、二十年ほどの歳月が流れていることもあったせいか、わたしは遂に該当しそうな場所を見つけることは出来ませんでした。


 わたし個人の力では、この謎を解くための手掛かりが見つかりませんでしたし、母が自分の実母であると判ったという安心もあり、これ以上、この話を追求することで家族間の関係に余計な水を差したくはないと思い、このことを自分の胸にしまうことにしたのです――。



 ですが時折、やはり思い出してしまうのです。



 母は全く自分の容姿と似ても似つかないあの女のひとを、何故自分だと言い張る必要があったのでしょうか?


 母には、そう思い込んだり、そう言わなくてはいけない理由があるのでしょうか?


 そして、あの写真の女の人は、一体わたしとどんな関係があったのでしょうか――?


 あの三枚の写真は、今でも隠されることもなく、あのアルバムの中にしまってあるのでした。

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