【小説】『アイの歌声を聴かせて』を読みました。結局映画館に行けなかったのでせめて小説だけでも

2020年1月23日






 昨年10月29日に劇場公開されましたアニメーション作品『アイの歌声を聴かせて』。原作脚本監督を務めたのは『イヴの時間』や『サカサマのパテマ』などを手掛けた吉浦康裕 監督。


 自分としては『イヴの時間』がお気に入りの劇場作品でして、吉浦監督最新作である『アイの歌声を聴かせて』もかなり期待を寄せていたのですが、しかしながら現在コロナ禍であり不特定多数が集まる施設に行きにくい状況と、あと単純に仕事が忙しくて映画館に行く時間を確保できなかったこともあり、劇場鑑賞する前に上映が終わってしまい、年を越してしまった次第。


 そういった事情の中、たまたまノベライズ版を見つけ、しかもノベライズを執筆しているのが『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』という傑作SF小説でお馴染みの作家 乙野四方字であることもあり、「これは読まなければ!」と思って手に取りました。










  書籍情報



  原作:吉浦 康裕

  著者:乙野 四方字


 『アイの歌声を聴かせて』


  講談社 講談社タイガより出版


  刊行日:2021/10/15



  あらすじ(Amazonより転載)

 サトミが通う高校に転入してきた、変わった少女・シオン。彼女が母によって製作されたAIだと知ったサトミは、それを知られまいと大奮闘。幼馴染みのトウマをはじめとする仲間とともに、いつしかシオンのひたむきな姿と歌声に心を動かされていく――。『イヴの時間』『サカサマのパテマ』監督・吉浦康裕の世界を、乙野四方字が色鮮やかに描き出す、歌って踊れるSF青春小説!









 最新作『アイの歌声を聴かせて』は、吉浦監督の代表作でもある『イヴの時間』と同じく人工知能を題材にした青春SFであります。まあ『イヴの時間』は厳密に言えばアンドロイドを題材にした作品ですが、しかしながら、もはや人工知能とアンドロイドはフィクション作品においてはセットで登場することがほとんどで、しかも『アイの歌声を聴かせて』に登場する人工知能のシオンはハードウェアとしての人型ロボットにて活動していますので、広い意味で『アイの歌声を聴かせて』と『イヴの時間』の題材は似たようなものと捉えてもいいと思います。


 ただし内容としては、この二作品は似ても似つかないものとなっています。最新作『アイの歌声を聴かせて』は端的に言ってエンタメ映画の色が強いです。お話の内容としては、事情を抱えた主人公の女子高生サトミのもとに試験中の人工知能シオンが現れる、という導入。そこから精神年齢低めのシオンに振り回されるドタバタ学園劇となっています。


 このドタバタ劇ですけど、ミュージカル作品としての要素があり、作中でシオンはまあしょっちゅう、しかも突然歌い出すキャラクターです。サトミが幼少期のときに好きだったアニメ(『アナと雪の女王』みたいなやつ?)の影響が、巡り巡ってシオンの行動原理となっているためか、このシオンの歌が『アイの歌声を聴かせて』において重要なポイントとなっている部分。あと、多分ですけど作品制作の現場としても『アナと雪の女王』の影響があったのではと思わずにはいられない作りになっていますね。


 そういうミュージカル的な映画作品という面を見ると、実に幅広い層をターゲットにしたエンタメ映画であると言えるのでしょう。ジャンルとしてはSFですけど、SF特有の小難しさや取っつきにくさを取っ払ったわかりやすいSF作品であり、作品を楽しむにあたってのハードルが低く設定されているという具合。






 ただまあ……個人的なことを申すと、自分としてはこの『アイの歌声を聴かせて』は好きじゃない。自分とは相性の悪い作品だと、ノベライズ版を読んでいて感じました。


 まあそもそも自分ミュージカルが苦手なんですよね。よくミュージカル苦手な理由として「突然歌い出す」というのが上げられ、実際に自分も突然歌い出されると反応に困るのですけど、自分の場合はさらにそこに共感性羞恥が作用されて、「ミュージカル=恥ずかしくて見てられない」という感覚に襲われるのです。


 実際『アイの歌声を聴かせて』のノベライズ版を読んでいるとき、文章としてミュージカルシーンがあるのですけど、まあ文章だからまだマシではあるものの、半ば読み飛ばしみたいな感じでサッと読んでしまうのです。ええ、歌っているシーンが恥ずかしくて。とくにシオンは精神年齢が低めでうざったいほどに無邪気に振る舞うものですから、所構わず空気を読まずに歌い出すので、もう共感性羞恥にクリティカルヒットしてしまうのですよね。というかシオンがホントうぜぇ。


 よって、これ小説だからまだ何とかなっていますけど、実際に映画として鑑賞すると、共感性羞恥として恥ずかし過ぎて見るに堪えないのではと思えてならないのです。小説を読んでそのシーンを想像してみると、多分自分は恥ずかしさに耐えられなくて上映中に途中退席するのではなかろうかと、そう思ってしまうのです。




 加えて言うならば、自分のお気に入りSFである『イヴの時間』と作風が違いすぎるのもある。『イヴの時間』はアンドロイドや人工知能との共存を一つのテーマとして扱っており、このテーマ性はある種の哲学的な問いかけでもあって、捉え方によっては実に文学的で深いお話であるのです。自分もそういった物語としての深さに引き込まれたのです。


 一方最新作『アイの歌声を聴かせて』は、ミュージカル映画としてのエンタメ性を高め、SFとしてのハードルを下げたことにより、弊害としてストーリーそのものに深みがなくなってしまっているのです。文学性という面で見ると、『アイの歌声を聴かせて』はどちらかというと児童文学的なノリと言えるのかも。


 とはいえそれは別に悪いことでもないです。商業作品である以上は多くの層に受け入れてもらいセールスを伸ばすのはとても大事なことです。そのためにミュージカルに挑戦してエンタメ性を高め、受けの悪いSF要素をライトにすることでハードルを下げるのは、方法としてはありです。


 ただ自分としては、どちらかというと意識高い作品が好みで、その好みに直撃した『イヴの時間』の監督の最新作ということで、『アイの歌声を聴かせて』の本来のコンセプトとは全く違う方向に期待してしまい、しまいには自身のミュージカル苦手意識と共感性羞恥のダブルパンチ効果もあって、あくまで個人的に『アイの歌声を聴かせて』は自分と相性が最悪な作品だった、という感想に落ち着きました。



 まあ実際ノベライズ版を読んで「映画館に行かなくて正解だった」と割と真面目に思ってしまいました。多分Amazonプライム・ビデオとかで配信されても見ないと思います。








 と、ここまで散々酷評みたいなことを述べてきましたけど、あくまで個人的に相性が最悪だっただけであり、作品単体で捉えていくと実にいい作品だと思います。現にストーリー構成であったり人工知能の描写や設定であったりする部分はよく作り込まれていますし、一つの映画作品、一つの小説作品としていい出来だと素直に思います。自分の感想は、あくまで自分との相性の問題故なので。



 おそらくこの感想記事を読んで『アイの歌声を聴かせて』を見たい読みたいとは思えないかと思いますが、わかりやすいSF作品として、エンタメSFとして、そういった作品に触れたい方には是非オススメしたい作品ですので、映画の上映は終わってしまいましたけど、今後何かの機会で(配信とかブルーレイとか)『アイの歌声を聴かせて』を楽しんでみてはいかがでしょうか?










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