【映画】『イヴの時間 劇場版』を紹介。雰囲気サイコーでありつつメッセージ性が強い傑作SFアニメ

2019年9月15日




 前回は吉浦康裕監督による短編映画『アルモニ』について語り、その中で吉浦監督の代表作として『イヴの時間』をあげました。その流れで「だったら『イヴの時間』のこともついでに語ってしまおう!」というノリで、今回は吉浦監督の代表作品にして傑作SFアニメと名高い『イヴの時間』についてです。……というか『アルモニ』を見たら『イヴの時間』が見たくなって久々に見ちゃって勢いでこれ書いているだけです。







 あらすじ(Amazonより転載)

 未来、たぶん日本―――。ロボットが実用されて久しく、アンドロイド(人間型ロボット)が実用化されて間もない時代。ロボット倫理委員会の影響で、人々はアンドロイドを“家電”として扱う事が社会常識となっていた時代。頭上にあるリング以外は人間と全く変わらない外見により、必要以上にアンドロイドに入れ込む若者が現れた。高校生のリクオも幼少の頃からの教育によってアンドロイドを人間視することなく、便利な道具として利用していた。ある時、リクオは自家用アンドロイドのサミィの行動記録に「** Are you enjoying the time of EVE? **」という不審な文字列が含まれている事に気付く。行動記録を頼りに親友のマサキとともにたどり着いた先は、「当店内では、人間とロボットの区別をしません」というルールを掲げる喫茶店「イヴの時間」だった。



 制作スタジオ「スタジオ六花」ページ『イヴの時間』

 http://studio-rikka.com/timeofeve/






『イヴの時間』は、2008年頃から連作短編アニメとしてネット上で公開され、連作をまとめたものを2010年に劇場公開されました。監督自ら演出、原作、脚本を手掛けたこの作品は、国内でのアニメの賞などで受賞するといった高い評価を得ました。


 また2013年には、海外向け英語字幕の劇場版ブルーレイ制作のためにクラウドファンディングが行われ、一ヵ月で目標の10倍以上の金額が集まったという逸話もあるほど。結果、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語、ロシア語、ポルトガル語、中国語の字幕に、加えて英語の吹き替えまでされまして、国内にとどまらず世界的にも人気のあるアニメ作品でもあります。






 物語は基本的に、「イヴの時間」という名前の喫茶店を舞台にしてそこに訪れる人物たちを描いていくヒューマンドラマのような内容となっています。登場人物たちがそれぞれ抱えているものを掘り下げていくストーリーのため、映像的に決して派手ではありません。ですがその派手ではない映像がこの作品の魅力の一つでもあり、実際の喫茶店のような心地よく落ち着いた穏やかな空間を映像として楽しむことができるのです。


 この、「人物のいる空間の空気感」の表現の仕方こそが、吉浦監督作品の特徴だと感じていまして、それは『イヴの時間』のあとに発表される『アルモニ』でも体感することができます。『アルモニ』を「教室の空気感」とするならば、この『イヴの時間』では「喫茶店の空気感」といったところでしょうか。実写ではなくアニメーションだからこそ映える空間描写はずっと見ていても飽きないくらいです。とくに『イヴの時間』は癒しの空間がこちらにも伝わってくるくらいの雰囲気のいい映像となっていましたね。






 そんな穏やか癒し空間を舞台にした物語は、一方でSFとしても見応えある内容になっています。というかSFとしてとても興味深い作品です。



 舞台はロボットひいてはアンドロイドが普及した近未来。今で言うとアレクサみたいなものですかね。アレクサが人型になったような「家電」が日常生活のサポートをする社会となっています。


 ただこのアンドロイドはあくまで「家電」として扱われ、たとえ人と区別がつかないほど精巧に作られたとしても人間のようには扱ってもらえません。社会全体がある種ロボットアレルギーを拗らせているとでも言えましょう。



 

 これは作中でも描写があります。ニュースで日本の食料自給率が80%になったと放送されています。これは発展したロボット技術によって効率よく食料生産を行うことができた所以でもあるのですが、しかしその後のテレビCMでは「機械が作ったトマトを食べますか?」と問いかけ、トマトを潰したら機械の部品が溢れてくるという演出が流れます。そしてそのあとに人の手によって添えられるトマトの映像を背景にして「こんな時代こそぬくもりを」と表記されるのです。これは作中で登場する「倫理委員会」と呼ばれる組織による公告であり、まんまACジャパンみたいなCMをお茶の間に向けて発信しているのです。


 こうした背景には、ロボットやアンドロイドの普及によって人々の生活は便利になっていく一方で、人の感情としての部分が社会の変化に追いついていないためだと思います。そういった利便性と倫理観との矛盾の気持ちをくすぐるような広告を流すことで、倫理委員会はアンチロボットの感情を煽っているのです。


 そういったアンチロボット思想は結構社会に浸透していて、作中においては「ドリ系」と呼ばれるロボット依存症の人によってアンドロイドを人間視してしまう傾向が社会問題になりつつあり、その影響でアンドロイドを少しでも人間扱いしたり親しく接したりするとドリ系として嫌悪の対象となってしまうのです。それこそ学生であれば同級生によるからかいの材料となってしまうので、作中に登場するモブの学生とかはアンドロイドのことをかなり雑に扱っています。



 しかしそんなアンチロボット思想が根付いている社会において、「人間とロボットを区別しない」という店内ルールを設けているのが、物語の舞台となる「イヴの時間」という喫茶店になるわけです。



 喫茶店「イヴの時間」にいる人やアンドロイドに注目して描かれるヒューマンドラマがこの作品の内容となるわけですから、必然的に「ヒト」と「モノ」との関係性を問いかける物語となっています。そういった意味では「ヒト」と「モノ」とのあり方を問うた哲学的な作品とも言えます。


 それに「イヴ」とはつまり「eve」であり「前夜祭」みたいな意味合いがありますから、この「イヴの時間」という人間とロボットを区別しない喫茶店も、これからの未来で人間とロボットが本当の意味で共存する環境を望んでいるといったメッセージがあって、そういう意味であれば作中のアンチロボット思想へのアンチテーゼとしての役割のある場所なのかなと思ったりします。







 これら人間とロボットの関係性を、雰囲気のある喫茶店空間で描くことによって、映像としては派手ではないものの物語性として作品に引き込まれてしまい、SFアニメとして唯一無二な作品に仕上がっているという印象を受けます。そしてその部分こそが、この『イヴの時間』が名作SFとして名高くなった一因ではないかと、個人的に思っています。


 あと登場する人物の数だけ「ヒト」と「モノ」のドラマがあり、またそもそも喫茶店にいる人物は人間なのかそれともアンドロイドなのかといった疑念が出てきますので、ヒューマンドラマではあるもののほんの少しミステリーの要素があって、ちょっとした謎解きとしても楽しめます。







 今回『アルモニ』きっかけで久々に『イヴの時間』を見返してみましたけど、「やっぱ傑作だなー」というのが素直な感想ですね。



 そんな『イヴの時間』は『アルモニ』と同様Amazonプライム・ビデオでも視聴することもできますし、何なら普通にブルーレイのパッケージが販売されています。一回くらいは見た方がいいアニメですので、時間のある方は是非。









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