【小説】『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』を紹介。書籍だからこそできるギミックが面白い!
2018年8月23日
このエッセイ擬きをはじめてから、まだアニメのことしか語っていないことに気がつきました。別にアニメのレビューコーナーというわけではありません! 物語全般について語っていくのがこのエッセイの趣旨です。
というわけでアニメネタ以外で。……というよりここは小説投稿サイト「カクヨム」なのですから、小説の話をするべきですね。そもそも第一弾を小説の話にするべきでした。
小説紹介。今回取り上げるのは、『僕が愛したすべての君へ』と『君を愛したひとりの僕へ』の二作品。
書籍情報。
著者:乙野 四方字
『僕が愛したすべての君へ』
『君を愛したひとりの僕へ』
早川書房 ハヤカワ文庫JAより出版
刊行日:2016/06/23
こちらの小説は、二巻同時刊行で、二冊で一つの作品となっております。ただ通常二冊なら「上下巻」とするべきですが、実はこの小説、上下巻という区別がないのです。
つまり、どちらから読み始めてもいいという作品であり、同時にどちらを先に読むかによって感想が変わるというものです。どうです? 面白い仕掛けでしょ。
それでは公式ページのあらすじを掲載。
『僕が愛したすべての君へ』
人々が少しだけ違う並行世界間で日常的に揺れ動いていることが実証された世界――
両親の離婚を経て母親と暮らす高崎暦(たかさき・こよみ)は、地元の進学校に入学した。
勉強一色の雰囲気と元からの不器用さで友人をつくれない暦だが、突然クラスメイトの瀧川和音(たきがわ・かずね)に声をかけられる。
彼女は85番目の世界から移動してきており、そこでの暦と和音は恋人同士だというのだが……
並行世界の自分は自分なのか? 『君を愛したひとりの僕へ』と同時刊行
『君を愛したひとりの僕へ』
人々が少しだけ違う並行世界間で日常的に揺れ動いていることが実証された世界――
両親の離婚を経て父親と暮らす日高暦(ひだか・こよみ)は、父の勤務する虚質科学研究所で佐藤栞(さとう・しおり)という少女に出会う。
たがいにほのかな恋心を抱くふたりだったが、親同士の再婚話がすべてを一変させた。
もう結ばれないと思い込んだ暦と栞は、兄妹にならない世界に跳ぼうとするが……
彼女がいない世界に意味はなかった。『僕が愛したすべての君へ』と同時刊行
簡単に説明しますと、並行世界が科学的に認知されるようになった世界でのお話で、両親の離婚後に主人公の少年がどちらの親を選ぶかが最初の分岐となっている物語です。カクヨム的ジャンルは当然「SF」です。
で、問題なのは、どちらを先に読むかということ。どちらを先に読むかによって感想が変わるのはどういうこと?ってことですね。
それはですね、この二つのお話は、それぞれ方向性が若干異なるのです。
『僕が愛したすべての君へ』は並行世界の恋人は本当に自分の恋人なのか?という哲学的な要素を含んだ恋愛もので、SFとしては控えめ。一方『君を愛したひとりの僕へ』は相手を助けるために並行世界を研究していく内容で、世界観の設定開示や考察などが多くよりSFらしいお話です。
で結末の傾向だけ明かしてしまうと、『僕が愛したすべての君へ』は綺麗にまとまるハッピーエンドよりで、『君を愛したひとりの僕へ』は残念ながらハッピーエンドではありません。バッドエンドというよりは可能性を残したメリーバッドエンド(登場人物にとってはハッピーエンドだが、客観的にはハッピーエンドとは言い難い。ハッピーエンドともバッドエンドとも受け取れる)に近い終わり方をします。
つまり片方だけ読んでしまうと、
『僕が愛したすべての君へ』は設定や考察が省略されているので、多くの謎を残したまま終わり消化不良となり、
『君を愛したひとりの僕へ』は最後に希望を残しただけで、結局解決してない!
という状態になります。
よって読む順番の関係で、
『僕が愛したすべての君へ』
(綺麗に終わったけど、多くの謎が残る!)
↓
『君を愛したひとりの僕へ』
(舞台裏ではこんなことが起きていた!!)
↓
読後:スッキリ!!!
という、後者が解決編として機能し、ある種のサスペンスSFとして読むことができます。
一方、
『君を愛したひとりの僕へ』
(最後に希望を残した!)
↓
『僕が愛したすべての君へ』
(全て解決。これは壮大なお話だ!!)
↓
読後:感動!!!
という、前者が前置きとして機能し、ストーリーに重みが増して一つの恋愛SF超大作として化けます。
……どうでしょう。読む順番によっては作品の印象が大きく変わってしまいます。こんな手の込んだ仕掛け、作者さんはよく思いつきましたね。編集さんも大変だったのではないでしょうか。
ですがこういったギミックって、書籍でしかできませんよね。
たとえばの話、WEB小説で同じことをやろうとしても、きっとうまくいかないでしょう。なにせ連載する以上、同時に公開していても物語の途中でもう片方の内容を知ることができてしまうから。やるのであれば、長編二作品を同時一挙公開するしかないですが、一挙公開された長編を読んでくれる物好きの方はそうそういないかと思われます。
同時に漫画やドラマ、アニメなどといった媒体も不可能でしょう。理由は同じです。連載中や放送中にもう片方に触れることができてしまうため。こういった仕掛けは二つ同時に行うからこそ選択の余地が生まれ、捉え方で印象が変わるのですから、二つを順番に公開してしまうと意味がなくなってしまいます。
ならば映画なら? 映画なら二時間劇場に拘束されるわけですから、どちらを先に、という選択もできます。ただ、映画二本分の料金と時間を要して一つの作品になるなんて、かなりハードルが高くならないですかね? それに映画二本分作るわけですから、当然予算も二倍になります。映画であれば可能なギミックですが、それだけ現実的なリスクが伴う手法かと思います。
そういったことを踏まえると、書籍の小説なら完結作を二つ同時に刊行することが可能ですし、お値段も文庫ですから一冊六百円か七百円程度です。消費者側としても支払い可能な金額ですし、出版社側でも枠を二つ用意するだけです(それでも大変なことだと思いますけど)。
よって、「順番によって感想が変わる二つの作品」という大きな仕掛けは、書籍の小説だからこそできたものではないでしょうか。こういった特定の媒体だけしかできない表現方法を体感するのも楽しいですし、また他の媒体でも特有の表現方法を模索してみるのも面白いかもしれませんね。漫画だからこそできる表現、アニメだからこそできる表現、ドラマだからこそできる表現……などなど。
というわけで、今回は読む順番で読後の感想が変わる変わった作品を紹介しました。
ちなみに、私は『君を愛したひとりの僕へ』→『僕が愛したすべての君へ』という順番で読みました。記憶を消して今度は順番を逆にして読んでみたいですが、残念ながらとても面白い作品のため、二年経った今でも記憶に残っています。レビューサイトなどで感想の傾向とかは把握できたのですが、あ、あと何年経てば逆パターンで読めるのかしら……。
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