第11話 ケンタさんの居場所
新学期、夏休みの宿題も、洗って真っ白になった上ばきも持った。
夏希はランドセルを背負うと窓をふり返った。
「じゃあ、ケンタさん。行ってくるね」
サッシのカギのところに、赤と緑と青と黄色のひもを通した青緑色の鈴がひっかけてある。
ベランダに出せとツバサは言ったけど、カラスに持って行かれそうだからその案はあきらめた。
代わりに夜お風呂に入るときにシャワーで水をかけて、その後は夏希の部屋の窓のところにつるすことにした。
お母さんから「それなあに?」と聞かれて、あたしとウミとツバサの三人の秘密って答えたらヘンな顔した。
「どこかでひろってきたんだろ? ツバサもまだまだ小学生だよなあ」
お兄ちゃんは仲間はずれにされたのが気に入らないのか、めずらしくツバサの悪口を言うからすごく腹がたったけど、秘密は秘密だ。絶対に教えてなんかあげないもん。
とにかくさわらないでねって家族にはいってある。
そうしたら、そんな風に自己主張するなんてめずらしいってお父さんにニコニコされちゃった。めずらしいかな。
だって、あたしはケンタさんを守らなくちゃいけないもの。
あれからケンタさんはまったく姿をみせないけど、夏希は気長に待つことにしている。
でも目覚めるのがまた二百年後とかになったらこまるなあ。会えないもん。
せめてあたしが大人になる前には目ざめてほしい。だから毎日、朝顔にお水をあげるようにケンタさんの鈴に話しかけてお水をあげている。
「おはよ」
マンションから小学校へ向かってだらだら坂を下っていると、後ろからツバサが追いこして行った。
夏休みの前は、こうして追いぬかされるたびにモヤッとした気分がしたけれど、いまはもう平気。
走らなくてもちゃんと時間には間に合うし、自分には自分のペースがあるんだって思える。
「おはナツ」
商店街からの道と交差するところでウミが手をふっていた。
「おはよ。待っててくれたの?」
「ねえねえ、朝のニュース見た? 太陽系以外に生命のいると思われる星に、ええっと、アメリカのナスが飛行機を送るとかなんとか」
夏希は吹き出しそうになるのをこらえてうなずいた。
ウミのうちは双子がいるから、テレビの音よりそっちのほうがうるさいのだ。それなのに宇宙のニュースはちゃんと耳に入ったなんて、ウミもこの夏休みでちょっと変わったよね。
「うん、見たよ。アメリカのNASA(航空宇宙局)が探査機を送る計画があるんだって。いくつかの候補があるって言ってたよね」
実はあれからツバサに宇宙の本を借りて読んだんだ。夏休みのはじめよりはずっとくわしくなったから自信を持って答えられる。まあ、ツバサほどじゃないけどね。
「それの中にケンタさんの星もあったかな? うちよくわかんなくってさ。プロケンタ星だっけ?」
「プロキシマ・ケンタウリだよ。でもニュースの中にはなかったよ」
「おお、よかったあ」
「よかった?」
ウミはくるっと回って後ろ歩きしながらにやっと笑った。
「だって、それで見つかっちゃったらさ、ケンタさんのがんばりがムダじゃん。向こうから大勢さんでやって来たらうちらが大変だって思って地球までやって来たんじゃなかったっけ?」
「うーんそうかぁ。あたしは、ケンタさんだって自分の星に帰りたいんじゃないかなってニュースを見たとき思った。だってずっとひとりぼっちなんだよ。さびしいんじゃないかなって。だからその探査機で送ってもらえればいいのになあって」
とは言うものの、ケンタさんはずっと眠っていていつ起きるのか誰にもわからない。
二百年とまで言わなくても、もしかすると五十年くらいは眠っているのかもしれない。
それにもし目を覚ましても、あたしたち子どもがアメリカのえらい人にそんなこと頼めそうもない。
もしかしたらツバサならなんとかしちゃうかもしれないけど。
それともおおさわぎになって、ケンタさんを分解しようって悪い人が出てきたりするのかな。マンガみたいに。
教室に入ってから、ツバサにそのニュースの話をすると、思いっきりあきれた顔をされた。
「あいつはロボットなんだから、さびしいとか、そんなこと思ってないだろ。そもそも、うれしいとか悲しいとかの感情がないんだ」
「でも、笑ったりしょんぼりしたりしてたよ」
「そうだよ。ツバサだってケヤキの木の根元でケンタさんの頭をイイコイイコしてたじゃん。ツンツンしててもなんだかんだと人がいいくせに。すぐ悪ぶっちゃって……」
ウミはハッと口に手を当てて言葉をとぎれさせた。
ツバサが目を怒らせて真新しいぞうきんを手にゆらりと立ち上がる。
「このぞうきん、新品だから口をふさいでもいいよね」
「いやいやいや、すまぬすまぬ。うちが真実を言ってしまってすまなかった」
ウミは形だけ頭を下げ、ついでに舌をぺろっと出しながら逃げていった。
ツバサはチッと舌打ちをしてまた席にすわる。
「もうすぐチャイム鳴るよ」
「あ、うん。でも……」
でもケンタさんはやっぱり単なる機械じゃないと思うよと、夏希は小さく言って自分の席に向かう。
「あのさ」
その夏希をツバサがよびとめた。
「狛犬が台の上にもどされたら、あの鈴も元のように口の中にもどそう」
「なんで? まだなにか心配してるの? ねむってる間、あたしが持っていてもいいじゃない。また同調されたって平気だよ。ツバサだってなんともなかったでしょ」
「そういうことじゃなくて。あいつ……ケンタさんって二百年以上も神様のお使いと一緒にいたんだろ。地球でのあいつの居場所はあそこなんじゃないかな」
返事をしないで夏希は窓ぎわの自分の席についた。
チャイムと同時に先生が入ってきて、朝の会が始まる。
ぼんやりと先生の声を聞きながら、夏希はずっとケンタさんの鈴について考えていた。
リーンリリリリとよぶ鈴の音。
カラフルでヘンテコな小さな狛犬。
窓の外に目をやると、こんもりとした緑の高台に青見神社の赤い鳥居がちらりと見えた。
宮司さんもいない小さな神社だけど、この町のどこにいてもあの神社は見えるのだ。
「神様のお使いかあ」
本当は宇宙からやってきたロボットだけどね。
でも夏希にとってはどちらでもいい。
あたしがこの町にいるかぎり、ケンタさんは青見神社から自分たちを見守ってくれるんだって思えた。だったら狛犬にお願いしてまた守ってもらってもいいのかもしれない。
目を覚ましたら、きっと鈴を鳴らしてよびかけてくれるだろう。
リンリンリリリリリーンって。
そうしたらまたケンタさんの星の話を聞こう。暗い海を泳ぎ回る不思議な人たちの話を。きっと仲よくなれるんじゃないかな。あたしたちと、ケンタさんと、ケンタさんの星の人たち。
深い青空に白い雲が浮かんでいる。
それがまるで出来そこないの狛犬のように見えて、夏希はちょっぴりほほえんだ。
プロキシマ・ケンタウリの鈴 守分結 @mori_yuu
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