第10話 本当のこと

 目がさめて真っ先につくえの上を見ると、狛犬の姿はなくて鈴がころんと転がっていた。

 ちゃんと鈴の中に入って寝たのかな。

 きょうもプールはない。ラッキー。

 進級はどんどんおくれちゃうけど、そんなことより早くケンタさんをあのケヤキの木のところに連れて行かなきゃ。

 気持ちがあせっていたのか、トーストをのどにつまらせそうになって、またお兄ちゃんに「ダッセェ」ってイヤミを言われた。でもきょうはそれくらいで落ち込んではいられない。

 鈴をポシェットに入れて出ようとすると、お母さんにどこに行くのって聞かれた。ウミと夏休みの宿題を一緒にやる約束をしたってウソをついた。

 秘密があるとウソを何回も言うはめになる。ケンタさんのことを話せないからしかたないけど。

 首をかしげたお母さんに、きょうは転ばないようにねって念をおされた。

 転ばないように。でも急がなくちゃ。

 マンションの玄関を出たところで、青見神社の階段を下りてくるツバサにバッタリ会った。

「おはよう。神社に行ってたの?」

 ツバサは、むすっとしたまま手をさしだしてくる。

「ちょっと方向を確かめていたんだよ。その鈴、ぼくが持つ」

「なんで?」

「ナツはこいつにシンショクされてる可能性があるから」

 シンショクってなにと聞ける雰囲気じゃなかった。

 ぼんやりしている間に、ツバサは無理やりポシェットを取りあげ、早足で坂を下っていく。

 かわいいウサギプリントのポシェットがぜんぜん似合わないとか、そんなことを考えている場合じゃない。

 夏希は自分にできる精一杯の速さで追いかけた。

「ねえ、シンショクってなあに?」

 思い切って聞くと、ようやくツバサは足をとめてくれた。

 息が苦しくてお腹の横もいたい。

 追いついた夏希はポシェットを取り返そうと手をのばしたけど、ツバサは素早く飛びのいてしまう。

「シンショクっていうのは、体の中に何者かが食いこんでくるってことだよ」

「それってケンタさんのこと言ってるの?」

「ああ。だって、こいつはおまえの頭の中のぞいてるんだろ? ぼくならガマンできないな、そんなの」

 それはびっくりしたけど、と口ごもりながら夏希は言った。

「でもケンタさんはなにも悪いこと、してないよ。あたし元気だし」

「実際に悪いことがあるかないか、じゃないんだ」

「でも、でも、あたしがいいって言ってるんだから」

「ぼくはイヤだ」

 きっぱり言うとツバサは全速力で坂道をかけおりて行ってしまった。がんばっても追いつけそうにない。

 イヤなのになんで自分が持つって言い出したんだろう。

 夏希はツバサの背中が角を曲がって見えなくなると、無理に走るのはやめた。足がもつれて転びそうだったから。

 それにツバサはきっとどこかで、たぶん橋のところで、待っていると思った。約束はしてないけど、ウミもきっと来ている。

 二人ともちゃんと待っていてくれると信じられるのが、不思議なようでもあり、昔からずっとそうだったような気もした。



 ツバサは夏希が追いかけてこないのを確かめると、ポシェットに手をつっこんだ。初めてつかんだ丸い鈴は、思っていたよりもずっと軽い。

 ぴたっとふたを閉じたそれを目の高さまで持ち上げ、ぎゅっと眉を寄せた。

 いくら夏希の歩くのがおそいといっても、グスグスしている時間はない。

 どのくらい距離をあければ同調が切れるのかもよくわからない。

 危険はないと夏希がいくら言っても、実際にどんなことになるのか想像できない。

 本心をいえば、ものすごくイヤだ。しかし、きのうから考えていたことをはっきりさせるためには、自分自身で確かめるしかないと思う。

 最初は、ヘンなことに巻き込まれたなあと思った。

 宇宙から来たロボットだなんて信じられないし、それにこいつはぜんぜんロボットらしくない。

 その上、なんで夏希だけがこいつの声を聞けて、自分はダメなのかと思ったりもした。

 次に、頭の中身を同調させるなんて気持ち悪いと思った。考えていることがそのまま伝わるなんて冗談じゃない。絶対にイヤだ。取りついたのがぼんやりの夏希で良かった。

 でも、きのうケヤキの木が光るのを見てから、急に心配になった。

 なにしろ話が全部本当のことなら、こいつは宇宙人の作ったロボットだ。どんな目的があって、夏希にどんな悪いことが起きるかわからない。

 あいつは人が良くて疑ったりしないから大丈夫って言ってたけど、ビビりのはずの夏希がいつもとちがってこわがらないのはそもそもおかしいのだ。

 昔から知っている夏希なら、一人で墓地にもどるから先に帰ってなんて言うはずがない。

 張り切っているだけならいいけど、あやつられているのかもしれないじゃないか。

 こいつだって、せっかく探していた相手を見つけたのに、自分たちを遠ざけようとしたのもヘンだ。何かするのにじゃまになったにちがいない。

 そこに昨夜のかみなりだ。

 ツバサは、夏希が図書館で調べてきた寛保二年の水害でおきたことを、もう一度頭の中で思い出してから、大きく息を吸いこんだ。

 あのときもかみなりが落ちたはずだ。これは単なるぐうぜんだろうか。

 目の前の鈴は静かなままで、あのヘンな狛犬が出てくる様子もない。

「おい、聞こえてるだろ。出て来いよ」

 ようやく声をかけると、鈴はツバサの手の中で小さくふるえた。



「思ったより早かったね。ナツ、おはよ」

 橋のところでウミがぴょんと飛びながら夏希をむかえてくれた。

 先に走っていったツバサは、どうしてかさっきよりもさらに難しい顔をしている。

 しかめっ面を通りこして、まるでどこか痛いのをガマンしているみたいだった。

「おはよう、ウミ。やっぱり来てくれてたんだ」

「昨日のかみなり、あの墓地に落ちたんだってねえ。うちんとこはお客さんから情報入るから」

 えへへと笑って、ウミはナツを引っ張るように手をつないで歩き出した。

 ちょっとくすぐったい。

 でもツバサは黙ったまま、ナツのポシェットを抱えるようにして先へ先へと行ってしまう。その十歩くらい後ろを二人も足を急がせる。

「ツバサ、いつもあんな顔だけど、今日はまた一段と取っつきにくいねえ」

 ウミもツバサの様子には気がついていたらしい。

「しかも、なんでまたナツのポシェット持ってんの。ケンタさんは?」

「あの中だよ。ツバサが取って行っちゃったの」

「なにそれ。ひどいじゃん」

 ウミがくちびるをとがらせた。いまにも文句を言いそうな顔に、夏希はあわてて言いつくろう。

「なんかイジワルでしてるんじゃないみたいなの。よく、わからないけど」

「ふぅん」

 納得できたのかできてないのか、ウミはまだ口をとがらせたままだ。

「あ、そうだ。昨日帰ってから、ツバサがね、あやまってくれたんだよ」

「へえ、マジで? あいつでもごめんなさいできるんだ」

「そんな」

 言いながらも夏希はちょっと笑った。

 ウミが自分のためにおこってくれてるのがうれしい。昨日泣いちゃったことも気がつかれなかったみたい。

 五年生にもなって泣いたなんて思われたくないもんね。たとえ相手がウミでも。

「まあいいや。それで、あれからケンタさん、なにか言ってた?」

「うん。あと、夢を見たよ」

「夢?」

「そう。ケンタさんの星の夢」

「プロナントカ・ケンタさんの星かぁ。それってナツがケンタさんに同調してるから? それとも想像?」

 言われて夏希は考えこんだ。

 ツバサはケンタさんが夏希の頭にシンショクしているって言った。それならあれは単なる夢じゃなくて、本当にあったことなんだろうか。

 ねる前にどんな星か聞いたから、ケンタさんが見せてくれたのかな。

 それともやっぱりあたしの想像? ケンタさんに聞いてみなくちゃ。 

「ねえ、ツバサ。やっぱりケンタさんはあたしが持つよ」

 後ろから声をかけたけど、ツバサは背中を見せたまま首をふった。

「ダメだって言っただろ」

「だって聞きたいことがあるんだもの。近くにいるだけでも大丈夫かもしれないけど、やっぱり持っている方がいいよ」

 ツバサはぴたりと足を止めた。それからまるでロボットのようなぎこちなさでふりむく。

「まあ……返してもいいんだけどね。ナツとはもう同調してないはずだし」

 風がふっとやんだ気がした。

 耳にしたことの意味があとから追いついてくる。

「え? ツバサ、いまなんて言ったの? ケンタさん? ケンタさん!」

 大きな声を、ツバサの手のポシェット向かって張り上げてみたけど、返事がない。

「どうしてっ? なんで?」

「さっき、ぼくが頼んだんだ。同調する相手が必要ならナツじゃなくてぼくにしてくれって」

「だからどうしてっ?」

「言っただろ? こいつはおまえの頭の中に侵入しているって」

 そんなこと、どうでもいい。だいたい一度だって頼んでない。

 あたしはちっともこまってない。それなのに勝手にうばうなんて。

 ひどい。

 ひどい、ひどい、ひどい!

 そんな思いが一気にうずを巻いて言葉にならない。

 言葉の代わりに夏希の目からは涙がこぼれそうだ。

「いやいや、ちょっと待って。ツバサ、どういうこと? あんたナツからケンタさん取ったってこと? 自分のにしたかったん?」

「したかったんじゃないさ」

 ツバサはほんの少しだけ後ろめたそうに視線をそらした。

 夏希は飛びつくようにポシェットを取り上げると、中の鈴をのぞき込む。

「ケンタさん、ケンタさん。もうすぐ仲間のところに着くからね? ねえ、わかる? 答えて」

 ――リリリン、リンリン、リィィィン。

 澄んだ音が小さく響いた。でもケンタさんの声は聞こえない。頭の中には何も響かない。

「ごめんだってさ」

 ツバサの通訳が胸にささった。ケンタさんの声が聞けるのは、もう自分じゃなくてツバサなんだ。

「墓地には、あ、あたし一人で行く。ツバサはついてこないで!」

「そんなわけにはいかないだろ。ちゃんと通訳してやるから」

 鈴ごとポシェットをだきしめるように歩き出した夏希の後ろを、ツバサが歩調を合わせて歩く。その後ろにウミもこまった顔で続いた。

 いつもとは逆の順番で三人の行列が田んぼの真ん中を通っていく。

 昨日と同じように稲を起こす大人たちがちらほら見えた。天気予報ではしばらく晴れの日が続くと言っていた。今はこい緑色の稲もあと二ヶ月もしたら金色に実るのだろう。

 でも夏希はそんな周りの景色なんてひとつも目に入らなかった。



 マンションの窓からも見えた落雷のあとはすさまじかった。

 墓地の外にまで焦げくさいにおいがただよっていた。

 なによりも天をつくほどの大きなケヤキが立ったまま引き裂かれていた。太い幹が割れて、くっきりとこげ目がついていた。

 地面には、昨日はなかった葉っぱや細い枝が散らばっている。

 大きな火事にならなかったせいか、大人たちはほかのことに忙しいのか、あたりには誰もいない。

「うっわあ、すごいね」

「いつも人がいない墓地で良かったな」

 ツバサが冷静な感想をもらす。

 夏希は、ケヤキの木なんかよりもケンタさんの方が気になった。

 走って行ってケヤキの根元にひざをつく。周りには焦げた木の皮がいくつも落ちていた。

 ポシェットから鈴を取り出してケンタさんに話しかける。

「ほら、ケンタさん。仲間の人をよびなよ。昨日は雨降ってきちゃったけど、今日はゆっくり話せるよ。ねえ」

 話しかけてから気がついた。

 しまった、何度もスコップを持って行くって約束したのに。早く連れて行かなきゃってばかり考えてて、朝になったらスコップのことなんてすっかり忘れていた。

 どうしてこんなにダメな子なんだろう。

 くやしくて情けなくてくちびるをかむ。

 どうしよう。なにもできない。ケンタさんの声さえ聞こえないのだ。

 涙がひとつぶ、ぽろりとこぼれ落ちた。

「ツバサ! なんとか言ってよ!」

 ツバサは腕組みをして、泣きながら見上げてくる夏希を見下ろしたままだった。

 ツバサに当たってもしかたないことなのに。

 また涙が落ちた。それに答えるように、ずっと静かだった鈴が鳴り始める。

 ――リーン、リリリリ、リィィンリンリンリン。

音とともにぼうっと光って、ケンタさんが出てくる。

 カラフルなへんてこ狛犬。

 何十年もかけて星の間を渡って、何百年もねむっていた宇宙ロボット。

「ケンタさん?」

 ケンタさんは小さな首をもたげてケヤキの木を見上げた。

 ――リン、リリン。

 ――リーン、リーン。

 ――リリリリリ、リ、リリ、リーン。

 鈴の音は高くなったり低くなったり、歌うように響いた。

 でも、昨日は鳴っていたはずのもう一つの音は、どれほど耳を澄ませても聞こえない。

 ――リィィィン、リィィィィン。

 その音が意味していることは夏希にはわからない。ツバサにもわからないのか、なにも言わない。

 悲しみなのか。

 怒りなのか。

 夏希は夢で見た海を思い浮かべた。

 ほのぐらい底の知れない海にそびえ立ついくつもの氷の柱が、次々とくずれていくあの光景を。

 あれが本当におきたことだとしても、いまから四百年近く前のことなのだ。

 それからどうなったんだろう。ケンタさんは知っているのかな。

 時間も空間も、生まれたとこから遠く切りはなされて、ケンタさんはいまなにを思っているんだろう。

 どうして、こんなに遠くまでやって来て、こたえのない仲間に向かって、なにをよびかけているんだろう。

 ふいに鈴の音がやんだ。

 木に囲まれた墓地にセミの鳴く声がもどってくる。

「気はすんだのか?」

 ツバサの問いかけに、ケンタさんはくるりと体の向きを変えた。

「エネルギーがもうすぐ切れるんだってさ」

 ケンタさんの物言わぬ緑の目が細められる。それはまるで笑っているようだ。

「エネルギーが切れるのは明日じゃなかったの?」

「予定よりもたくさん……ものすごく大きなエネルギーを使っちゃったからさ」

 大きなエネルギーって、昨日の仲間探しのときだろうか。そんな様子はなかったのに。それともあたしに夢を見せてくれたことだろうか。

 すると意外なことに、ツバサが夏希のとなりにしゃがんで、ケンタさんの頭を人差し指一本でなではじめた。

 昨日まで、あんなにツンケンしていたくせに。

 視界がゆがむ。夏希はまばたきして涙をとばした。

 ケンタさんの声は聞こえない。それがなによりショックだった。

 たとえ一日だけとはいっても、昨日は一日中とってもワクワクして楽しかったのに。

 ツバサが同調したのなんて、ついさっき。まだ一時間もたっていない。それなのになにもかもわかったような顔をしているのが、どうしようもなく腹が立つ。

「ねえ、どうしてケンタさんとあたしの同調切っちゃったの? もどしてよ、今すぐ! もう一度ケンタさんと話したいよ」

 ツバサはいつもの強気な顔をゆがめて、視線を空中にそらした。

 あ、昨日あたしが通訳しているときも、こんな顔だったのかな。

 空をぼんやりながめているみたいな顔。

 やがてツバサはしっかりと夏希と目を合わせてふぅとため息をついた。

「こいつ、ナツだけじゃなくてウミとぼくにもお礼を言ってる。それから本当のことも伝えたいって。ほんの少しだけなら三人同時につなげるみたいだけどどうする?」

「本当のことって?」

「直接こいつに聞くか、イヤならぼくが後で説明してもいいけど」

 ウミが頭をかきながら聞いた。

「うちも?」

「うん。ただし、それをしたらこの場でエネルギーは使い果たす。しなくてもきょう一日はもたないって」

 夏希はツバサを見つめ、ケンタさんを見つめ、それからウミの顔を見た。

 ウミは笑うような泣きたいような顔をしていた。たぶんあたしもそんな顔をしている。

「あたしはもう一度ケンタさんと話したい。話したいよ」

 ケンタさんと会って楽しかったって直接伝えたい。

 何もできなくてごめんねも。

 ありがとうも。

 それから何だかわからないけど本当のことがあるなら、それも聞きたい。

「ちょっとこわいけど。うちもいいよ。ナツやツバサが一緒なら」

 ウミがいつになくまじめにうなずいた。

 ツバサの指示で三人の右手を重ねる。一番下がツバサ、真ん中がウミ。一番上があたし。

 そのあたしの手のひらの上に、ツバサは左手でケンタさんをつまんでそっと乗せた。

 最初に出会った時みたいに、真っ白に光るのかと目をつむったけど、そうじゃなかった。

 ただ耳で聞いていたリーンリリリリーンという鈴の音が頭の中にも響いて、潮の香りがして、目を開けたら海の中にいた。

 あのケンタさんの生まれた星、プロキシマ・ケンタウリ第二惑星の海だ!

 夏のじりじりと暑い日の光を浴びていたはずなのに、すっと体が冷えて、あたりは夢で見たときよりも薄暗かった。遠くの氷の柱だけがほのかに白く光って見えた。

 でも昨日の夢とちがって、ウミやツバサと手をつないだままだ。ケンタさんもちょこんと手のひらに乗っている。

 ふわふわと波に合わせて髪がゆれてほおにまとわりついた。

「これがおまえの星か?」

『はい』

 ケンタさんの声だった。

『ナツさんには昨日も夢を送りました。これも夢の一種です』

「ケンタさん、他の人たちはいないの? ケンタさんを作った人たちはどうしたの? あれからどうなったかケンタさんは知ってるの?」

 思い切って話しかけるとちゃんと声に出すことができた。

 きのう夢で見たときはできなかったのにね。

『昨夜見たのは、ワタシが出発するときの光景でしたね。あれはワタシの記録を作りかえたものです。つまり、ワタシが知っているのはあそこまでなのです』

「建物がくずれちゃったけど、みんな大丈夫だったのかなあって気になってたの」

『ええ、ナツさんは優しいですから』

 ケンタさんの声が笑っているのがわかった。

『いまみなさんが見ているのは、ワタシの作ったイリュージョン、つまりまぼろしです。だからプロキシマ・ケンタウリ人は出てきません。その後のことは実際には知らないからです――――アレも記録は持っていませんでしたし』

「アレって、ケンタさんの仲間? そうだ、仲間の人は無事なのかな。さっきは音が聞こえなかったけど。もしかしたらまたねむっちゃったの?」

『アレはもう鈴を鳴らすことはありません』

「……どういうこと?」

『アレはもう二度と活動しません。昨夜、ワタシがかみなりを誘導して破壊しましたから』

 水がやわらかくほおをなでていく。その感触は風よりもずっとしっかり感じるのに、まぼろしだなんてウソみたい。

 ケンタさんの青いたてがみも水の流れにそよいでいた。

 それをぼんやり見ながら、夏希はケンタさんの言葉をくり返した。

「破壊した……?」

『はい。アレはワタシの敵です。ワタシはもともとアレを見つけ破壊するためにこの星に来たのです』

 ケンタさんは手のひらの上で首をふった。

 よく意味がわからない。

 ずっとずっと探していたんじゃないの?

 遠くはなれた星からやって来て、たった一人の友だちなんじゃなかったの?

「こいつはナツに、仲間っていうのがどんな相手か説明しなかっただろ? 何のためにやって来たのかも」

 ツバサの髪もウミのポニーテールもゆらゆらゆれた。

 ここはうるさいセミの声も聞こえない。

 まぶしいお日さまの光も熱も届かない。 

 誰もいない暗い海だ。

『ナツさんが、ワタシのことを心配してくれているのも、そのためにアレを友好的なものだと思っているのも、ワタシにはわかっていました。だから説明しませんでした』

「そうなんだ。なんだ、そうだったの」

 何だか頭の中がまとまらない。ケンタさんもツバサも大事なことを話しているみたいなのに。

 考えようとしても波にゆられてすぐにバラバラになっちゃう。

「ねえ、ちょい待って。つまりうちらはだまされてたってこと? それってひどくない?」

 めずらしくナツの声がとがっている。なんでおこってるんだろう。だれのためにおこってるの?

『はい。アレを破壊するために探していると伝えたら、協力してもらえないだろうと判断しました。すみません』

 あやまることなんてないよ、あたしが勝手にかんちがいしただけだよって言おうとしたけど、どうしても口が動かない。

 鼻の奥がツンとしてまた涙があふれてきた。でもいいよね。水の中だもん。わからないよね。

『ナツさんのおかげでワタシは与えられていた仕事を果たしました。しかし、だましたこと、なにより勝手に同調したことは本当にもうしわけないと思います。ツバサさんにさっきしかられました』

 夏希は小さく首をふった。くちびるを引き上げて笑おうとしたけど、どうしてかうまくできない。ただゆがんだだけだ。

「バカ。笑うなよ。おまえはおこった方がいいんだぞ」

 ツバサが言う。

「さっきぼくにおこって大きな声で怒鳴ったみたいに、こいつにもおこれよ。ひどいって言って」

「だって、ケンタさんはウソは言わなかったもん」

 ようやく声が出た。

「勝手に同調したことは?」

「それは、だってあたしも楽しかったから。ケンタさんは、あたしがぼんやりしてるから選んだのかもしれないけど。でもあたしは楽しかったよ。ケンタさんのためにがんばるって思ったら、いままで一人じゃできなかった調べ物だってできた。ワクワクしたよ」

 そうだ、だからケンタさんの理由なんて関係ないって続けるはずだったのに、ウミが隣から手をのばしてほおをぎゅってつまんだから言えなかった。

「いったーいっ!」

「もう! ナツは人が良すぎるよ」

 ふりはらおうとしても右手にはケンタさんを乗せているし、ゆらゆら動く水の中だし、うまく動けない。なのにウミはつまんだ手をはなしてくれない。ほっぺたがのびちゃうよ!

「じゃあ、うちが代わりにおこるよ。ねえ、ケンタさん。あんたなんでナツと同調したん? ぼんやりだから? だましやすいってこと?」

『いいえ、いいえ、ちがいます』

 ケンタさんはびっくりしたみたいに後ろ足で立ち上がって、前の四本の足をふってみせた。

『ワタシがみなさんの中からナツさんを選んだのは、ナツさんの心が一番やわらかくて親しみやすかったからです』

「え?」

『ウミさんは変化が大きくてワタシには理解しにくいのです。ツバサさんの中には壁がありました。神社ではじめて会ったとき、助けてほしいというワタシの願いに、ナツさんだけがこたえて動いてくれたのです』

「あれはおまえがあやつったんじゃないのか?」

『同調する前ですからちがいます』

 やっぱり同調したらあやつれるんじゃないかとツバサはブツブツ言ったけど、それよりも夏希は自分から動いたんだって言われたことの方がおどろきたった。

 ぜんぜんそんなつもりはなかったけど、そうなんだ。

 あのときは、びっくりしてこわくて、ウミをふりきって家に帰りたいって思っていたんじゃなかった?

 自分でも気がつかないところで、助けたいって感じていたのかな。

 なら、ますますおこる理由なんてないじゃない。

 心がちょっぴりおどる。

 昨日、橋のたもとでウミが言ってくれたのは本当だったんだ!

「ねえケンタさん。あたし、ケンタさんに会えてうれしかったよ」

 自分でもあきれるくらい明るい声が出た。

 さっきまでもう一言も話せないって思っていたのがウソみたい。

 するとケンタさんはゆっくりと足をおろしてきちんとおすわりの姿勢になった。

『ワタシもです。短い間ですが、あなたに出会えて良かった。昔、この星に着たばかりのときに出会ったサダツグさんも、あなたたちも、とても友好的でした。だからアレは破壊しなければならなかったのです。ちゃんと説明するべきですが、残念ながらもう時間がありません』

「え? もう? 待って」

 あわてて叫んだときには水がウズを巻き始めていた。

『なにがあってアレとワタシが地球にきたのかはツバサさんに話しました。どうぞ聞いてください。ワタシのエネルギーはすでに空にな……』

 冷たかった水が急に熱くなった。遠くの方で氷の柱が次々ととけていくのが見える。

 青く薄暗かったのに、どんどん明るくなっていく。

 待って。待って。

 もうケンタさんと話せなくなるの? そんなのイヤだよ!

 あわてて手の上のケンタさんをつかもうとしたのに、そこにはなにもなかった。

 急に息が苦しくなって、プールに投げこまれたような衝撃が全身をおそう。

 夏希はたまらず目をぎゅっと閉じた。

 うまく泳げない。息つぎなんてできない。プール検定だってまだ五級だもん。

 いつの間にか三人で重ね合わせていた手がはなれ、両腕をばたばたと動かした。まるでおぼれる人みたいに。

 こわい、助けて、とさけぼうとした瞬間、だれかの手が夏希の手をにぎった。右手も。左手も。

「ナツ、ナツ、大丈夫?」

 耳元で聞こえるのはウミの声だ。

「少し日かげにすわらせた方がいいかな」

 これはツバサの声。

 目を開けたら、二人の心配そうな顔が飛びこんできた。

 それから青い空と白い雲。あざやかな緑。

 セミの声と風の音。

 草のにおい、土のにおい。

 いろんなものがいっぺんに押しよせてきて、夏希は何度も何度もまばたきをくり返した。

 右手はウミ、左手はツバサがしっかりにぎってくれている。だからおぼれなかったんだ。

「うん、大丈夫。二人は? なんともない?」

「平気。急に戻ってきちゃってびっくりしたけど」

 ウミは、ささやくような声で答えて、ポケットから取り出したミニタオルのハンカチでほおをふいてくれる。

 ガマンしていたつもりだったのに、涙でびっしょりだったみたい。はずかしいよ。

「あっ、そうだ。ケンタさんは?」

 借りたハンカチですっきりしたところで思い出した。

 暗い水の中に落としてきちゃったんじゃないかって心臓がドキンとしたけど、すぐにツバサが鈴をにぎらせてくれた。

「あいつならこの中だよ」

 鈴はもう鳴らない。ケンタさんってよんでももう、あの小さな狛犬は出てこない。

 また泣きそうになったけど、今度はちゃんとガマンできた。

「帰ろうか。大人たちが来る前に」

 ツバサは落ちていたポシェットを夏希にさしだした。

「でもさ。ケンタさん、ツバサがなんでも知ってるみたいなこと言ってたよね。それ聞かせてよ」

「いいけど。それならぼくんち来る? だれもいないしね」

 ツバサは肩をすくめて顔を川の向こうにむけた。

 墓地から青見神社の森がよく見える。夏希たちのマンションの壁もキラッと光って見えた。




 ツバサの部屋は想像していたよりずっとごちゃごちゃしていた。

 たくさんの本や作りかけの模型。本だなには意味不明に石がたくさん積んであるし、ぬぎちらかした服がベッドの上を占領している。

 案外だらしないんだなあ。

 そしてつくえの上に、書きかけの大きな紙があった。今年の自由研究らしい。

 タイトルは『天青町の災害の歴史~寛保二年の大水について』。

「え、ツバサって本当にこれを自由研究にするの?」

「満願寺の住職さんや図書館の人にそう言っちゃったんだから、しかたないだろ。せっかく親切に教えてくれたんだからせめて生かさなきゃ悪いじゃないか」

 こういう変な生真面目さがツバサのいいところで、大人から信頼される理由なんだろうな。 素直に感心してから、床の真ん中に置いた鈴を三人で囲むようにすわった。

 冷たい麦茶と棒アイスつきだ。エアコンはつけないで窓を開け放す。

 風が青見神社の木々をさやさやと鳴らして吹いていくのが聞こえる。

 ツバサは食べ終わったアイスの棒を手の中でくるくるまわした。

「で。なにがどうしたの?」

「その前に。ナツ、きのう見たっていう夢の話、教えろよ。じゃないと全体を理解できない」

「きのうの夢の?」

 夏希は大きく息を吸って、はいて、それから目をつむった。

「あのね、たぶんケンタさんの生まれた星の夢だったの。海の中で、白い氷の柱がビルみたいに並んでいて。その中にケンタさんがいたの」

「さっきと同じ?」

「うん、でもケンタさんの星の人がたくさんいた」

 夏希のたどたどしい夢の話に二人はだまって耳をかたむけてくれた。

 氷の柱のような建物の中でケンタさんを見つけたこと。

 貝がらを背負ったイカみたいな姿のプロキシマ・ケンタウリ人のこと。

 ミサイルみたいなものが氷の柱を次々とくずしていったこと。

「大きな人がはなれなさいって手をふってくれたけど、こわかった」

「やっぱりそうか」

「やっぱりって?」

「あいつらは戦争してたんだ」

 ツバサが色のない声で答える。

「戦争?」

 きょとんとウミが聞き返した。

「ぼくがこいつと話せたのは本当に短い時間だったし、ぼくの拒否感が強くてナツみたいに自由にやりとりできなかったけど。でもこいつはそう言ったんだ。プロキシマ・ケンタウリ第二惑星人は戦争をしているんだって」

「戦争してたからケンタさんを宇宙に放り出したの?」

「はじまりは星の環境が変わったことだって。星がどんどん暑くなって。海の星なのに、その海がどんどん干あがってきて。でも、あいつらは海がないと生きられない。そこで二つの考え方に分かれたんだ」

 それは、知恵と資源をどう使うかの争いだったらしい。

 一つは、残った海で環境の変化をなんとか止めて生きのびようというグループ。

 もう一つは、他に生きていけそうな星を探して移住しようとするグループ。

 そしてケンタさんは、星に残る決意をした人たちによって作り出されたのだ。

「あれ? 移住したいチームじゃなくて? 星に残りたい組ならなんでわざわざ地球まで来たん?」

「移住先を調査に出た敵のロボットを追ってきたんだってさ。つまり地球にプロキシマ・ケンタウリ人がおしよせてこないようにするのがこいつの任務だったってわけ。そうなったら地球の海はプロキシマ・ケンタウリ人のものになっちゃって、今度はぼくたちとの間で戦争が起こるかもしれない、ぼくたちが住めない星になるかもしれないって言ってた」

「うーん、むずかしい話だねえ。みんな仲良くってわけにはいかないのかねえ」

「それはわからないよ。どうなるかなんてぼくにも想像できない」

「ぼくにも、ってツバサの言い方にはちょっとイラッとするけど。でもまあ、クラスの中でだってケンカはおきるもんね。宇宙人とすぐに仲良くなれるかどうかは、うーん」

 あたしたちとケンタさんは仲良くなれたのに。

 夢で見た大きなプロキシマ・ケンタウリ人だって悪い人じゃなさそうだった。

 それなのにやっぱりうまくいかないのかな。

「ケンカですめばいいけどさ」

 ツバサが眉の間にしわを寄せ、指をあごに当てながらぽつぽつ言った。

「あいつ、何十年もかけて宇宙を飛んできて、人間の脳に同調したり、かみなりをねらったところに落としたりできるんだよな。技術とか、科学とか、レベルがちがいすぎるよ」

「ねえ、ほんとにあのかみなり、ケンタさんがやったん? そんなことできるんかね。こんなに小さいのに」

「原理なんかわからないけど、小さくても宇宙を渡ってきたんだ。こいつならかみなりくらいあやつれても不思議じゃない」

 ツバサはふんと鼻を鳴らした。

「こいつだなんて言わないでよ」

 夏希の抗議に、ツバサはまた鼻を鳴らす。

「いやいやいや、待って待って。まだちょいわかんないんだけどさ。ってことはあのケヤキの根元に本当にもう一匹ロボットがいたってことだよね?」

「こいつらは他の生物にとりつくんだ。ケヤキの根元にいたやつは、ケヤキにとりついて、あの木をアンテナにしようとしてたんだって」

「アンテナ?」

 夏希とウミの声がきれいにそろう。

「地球に広い海のある星があるから来いって、プロキシマ・ケンタウリまで送信するためのアンテナ」

「木が?」

「木が。こいつら、同調した生き物にとりついて、中にまで侵入して利用するようにできてんだよ。そもそも最初の神社の記録を思い出せよ。神木にかみなりが落ちたって書いてあったんだろ? それに宮司が夢で神の使いを見たって言ってたじゃん。あれはこいつなりの警告だったんだよ。こいつがかみなりを落としたんだ。神社の木に敵のロボットがとりついていたから。ここは見晴らしもいいし、アンテナを立てるには都合がいい」

「でも、でも。崖くずれはケンタさんのせいじゃないよ! それは大雨のせいでしょ?」

「天気そのものがあやつれたとしたら、マジこわいよ」

 ツバサは口を思いっきり曲げてみせる。

「まあ、宮司のサダツグさんに会う前から雨は降っていたんだから、さすがにそれはちがうだろうね」

 よかった。ちょっとホッとした。 

「でもさあ、観音堂のケヤキの根元に埋められたのって二百年以上前なんでしょ。もうとっくにプロケンタの星に連絡しちゃってるんじゃないの?」

「あのケヤキ、二百年前はもっと小さかったんじゃないかな。なにしろ水害の後だろ」

「あっ、そっかそっか。もしかして育つのを待ってたのか。気が長いなあ」

「時間の感覚がぼくたちとはちがうのかもね。で、こいつは敵のロボットにかみなりを落としたところで一度エネルギー使い果たして、まぬけなことに狛犬の中でグーグー寝ちゃってたんだ。ところが目を覚ましてみたら、敵はまだ生き残っているらしいって気がついて、それでナツにとりついた」

「とりつかれてなんかないもん!」

 ツバサは手にしていたアイスの棒を部屋のすみのゴミ箱にひょいと投げた。

 でもねらいがはずれて、棒はゴミ箱のへりに当たってゆかにはね落ちた。

 大人の前ではお行儀良いのに、きっと一人のときはいつもこんなことをしてるんだ。知らなかったなあ。

 おかしいよね。

「なんだよ」

 にらんできたけど、なぜかあんまりこわくない。

「まあ、ぼくが理解したのはこんなところだな」

 ツバサはむっつりとした顔で水てきのついた麦茶のコップを取り上げると、一気に飲みほした。話し終わったせいか、とげとげしさはなくなっている。

 でも夏希はどうしても納得できないことがあった。

「でも」と夏希は声に出す。

「ケンタさんを作った人たちは、きっといつかは地球人たちと仲良くなれると思っているんじゃないかな。だって、ね、ケンタさんはあたしたちと友好的であるように作られているんでしょう? みんなで移り住むんじゃなくて、なにか別のかたちでなら仲良くなれるのかもしれないじゃない」

 ツバサはびっくりしたように目を大きく開けて、それからあわてたようにうつむいてメガネをおしあげた。

「ナツはときどき、いや、すっごくたまにだけど、びっくりするようなこと言うよな。そうか、友好的に作られているのはだますためじゃないのかもな」

 なにそれ。そんなびっくりするようなことだった?

 ウミがクスクス笑って棒についていた最後のアイスをぱくっと口にいれた。

 なんで笑われてるんだろう。ヘンだったかな。

 夏希は床の鈴を取り上げてつやつやした表面をなでた。

 ヘンテコな狛犬が出てこなくても、鈴の音が鳴らなくても、ケンタさんはあたしたちの大事な友だちだ。

 昨日からのことを思い出しながらなでていると、手のひらの熱がうつったのか鈴はほんのりあたたかく感じた。

 二日間、ずっと一緒にいてたくさんたくさん話したような気がしたけど、ツバサの話を聞いたらぜんぜん足りなかったみたい。

 大事なことは自分がケンタさんからちゃんと聞きたかったなあ。

「どうしてツバサにはそんなにくわしく話してくれて、あたしには何も言わなかったのかな。なんでツバサはあたしからケンタさんを取り上げちゃったの? なにを聞けばいいかあたしに言ってくれればよかったのに」

 とたんにツバサがむせた。ゲホゲホせきこむツバサを、ウミは横目で見てにんまり笑って、アイスの棒をツバサに向けた。

「ナツしか同調できないんだって思っていたからさあ、うちもあきらめてたけど。ツバサができるんならうちにもできたってことじゃん」

「そ、そうは言うけど! 他人が頭に入ってくるってこわいだろ? ケヤキにとりついてアンテナに使っちゃうようなヘンなやつらなんだぞ。あのままずっとナツ一人と同調してたら、ナツは本当にあやつられちゃったかもしれないじゃないか」

「あやつられてなんかないって言ったじゃない! それに最後はみんなで同調したじゃない!」

「それは……ほんの少しの間だってわかってたし」

「ちょこっとだけなら大丈夫なんじゃない」

 ツバサはチッと舌を鳴らし立ち上がった。

「腹へったから帰れよ。もうすぐ昼だろ」

「あれ、逃げるん? なんで本当はナツが心配だったからだって言えないかなあ」

 部屋を出ようとしたツバサを、ウミが通せんぼする。

「うるせえ。そんなに頭の中のぞかれたいなら、もう一度同調すればいいだろ」

「だって、もうエネルギー切れなんでしょ」

 夏希はまた悲しくなって鈴をぎゅっとだきしめた。

 難しい話はもうおしまい。ただもう一度、ケンタさんとおしゃべりしたかった。

 ううん、おしゃべりできなくてもいいから、また手のひらに乗せたい。

「そいつのエネルギー、水と光で回復するらしいよ。ベランダに出して、じょうろで水やって日光に当てときゃ、そのうちまた動けるようになるんじゃないか」

「はぁっ?!」

「ええっ?!」

 夏希はウミと顔を見合わせ、同時にさけんだ。

「それを早く言え――っ!」

 ツバサは耳を押さえてウミの脇をさっとすり抜けていく。

 ここはツバサの家なんだから、にげ場所なんかないのにね。

 ウミのにぎやかな笑い声とツバサの不機嫌な怒鳴り声がキッチンの方で響いた。

 夏希はケンタさんの鈴を手のひらにつつむようにしてそっと話しかける。

「また会えるって信じていいかなあ、ねえ、ケンタさん」

 さやさやとこずえを鳴らして風が笑うように通り過ぎた。


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