転移した世界、誰もいない世界。

犬と猫

転移した世界、誰もいない世界。

 生い茂る木や草は深緑を極め、静かな音を立てて流れる川はガラスのように透き通っている。

 小鳥のさえずりは絶えること無く響き、たまに肉食動物の遠吠えも耳にする。

 そんな生活が始まったのは、一ヶ月も前のことだ。

 退屈な学校を終えた帰り道。いつものように一人で歩いていると、周りの音が消え、目の前の全てが色を失っていった。そして真っ白になった次の瞬間には、もうこの世界にいた。

 どこかの主人公のような生活が送れるかもしれない。そう思うと、興奮と喜びで胸がいっぱいになった。

 でも、この世界には誰もいなかった。

「お腹、空いた………」

 何とか命を繋いできた。でも、もう限界みたいだ。

 お腹はキリキリ痛み、頭はボーッとして、体は鉛を流し込まれたように重い。木に寄りかかって座っているが、もう立つ気力も寝転ぶ体力も無い。

 寂しい人間だと、自分で思う。これから死ぬというのに、誰の顔も浮かんでこないのだから。

「グルルル………ッ!」

 不意に、一匹の、狼のような動物が現れる。真っ黒な毛に金の縦縞模様が入った、なかなか洒落た獣だ。

 だがその身体は傷付き、ボロボロだった。

「森の、主………?」

 何となくそう思えた。きっと、ついさっき敗けてしまった森の主だ。そんな気がする。

「二人なら、心強いかもよ。天国への道もさ」

 この傷付いた獣を撫でてやりたい。そう思って手を伸ばそうとしたが、全く力が入らなかった。

「………何なら、食べて。そっちの方が、君の力になれる気がする」

 笑おうとしたが、頬を吊り上げることしかできなかった。

 優しさを向けようとすると、いつも何かが邪魔をしてくる。きっと『優しい人』という才能が無かったのだ。

「クゥン………」

 そんな仔犬のような声を出して、獣が太ももに倒れてきた。その顔は穏やかで、さっきの威嚇を忘れているようだった。

「都合のいい奴め………」

 誰かさんにそっくりだ。独りぼっちなところも含めて。

「ははっ。生まれ変わったら、何になるのかなぁ………」

 転移した世界、誰もいない世界。

 転する世界、─────世界。


 神様。できるなら、またあの世界に。

 今ならきっと、『本当に優しい人』になれる気がするから。

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