第27話
その後催された、月面餅つき大会。もちろんその主役は、ムーンキーパー二号機と羽場だ。彼は一週間に渡って、佐治をはじめとする月面駐在武官たちの特訓に強制参加させられ、身体体力ともに万全な状態にさせられて檜舞台に望んだ。
「よいしょぉ! よいしょぉ! はいはいさっさと持ってって! 次の餅米は?」
なんだかんだ云ってお祭り好きな羽場だ、半ばヤケクソ風ではあったが、工場でせっせと餅をつく彼は意外とノリノリだった。
大会には、ユーロ、アームストロング、インドの基地の面々も招待されていて、合計二百人ほどが工場や食堂に分かれて歓談している。加えて食堂には、まるでアームストロングの人々に見せびらかすようにして、PS7のゲーム会場も用意されていた。
そこで延々と対戦を繰り返しているのは、リチャード将軍と四方隊長。
「なぁ。やっぱりよくよく考えたんだが、ウチの全面降伏って条件は変じゃないか? そりゃあJTVに先にたどり着かれたかもしれないが、オタクの隊員の危機を救うのに一役買ったろう」
コントローラーを操りながら云う将軍に、隊長も身を傾けつつ云った。
「それはそれ、これはこれだ。だいたいJTVはウチの物だ。それを勝手に掠め盗ろうとする方が悪い」
「おい! ここで閃光弾は卑怯だろう! ソイツはチート臭いから使用禁止だ!」
「別にルールじゃ禁じられてない」
「だから日本人は! 奇襲ばっかりだ! クソッ、リメンバー・パールハーバーだ! 今度こそ、PS7、半分もらうぞ!」
「ハッ、物量押ししか出来ないアメリカに云われてもね」
再び開戦しかねない雰囲気に、私は呆れつつ口を挟んだ。
「っていうか、これってネット対戦なんですよね? 半分アームストロングに置いて、ネットで繋いで、日米で一緒にやったらどうなんです? その方が楽しいんじゃ?」
隊長にしても将軍にしても、その考えはまるでなかったらしい。スタートボタンにかけていた手を凍らせると、互いに顔を見合わせ、考え込んだ。
「基地間の回線、どれくらいの太さだった?」
尋ねる隊長に、将軍は答えた。
「詳しいことは知らんが、こないだの報告じゃあ、半分も使われてないって云ってたな」
「ファイア・ウォールに穴を開ければ、何の問題もなさそうだな」
「問題は配分だな。人口比からいったら、ウチが七、そっちが三」
「おいおいフザケるな! どうしてそうなる!」
この二人は単に、互いに言い争っているのが楽しいだけなのかもしれない。
私は他に、お世話になったジョーとベンからパワードスーツの話を聞いたりしていたが、ふとテツジの姿が見えないのに気が付いて、フラフラとしつつ探してみた。
彼は何か酷く疲れた様子で、展望ラウンジのソファーに倒れ込んでいた。だらしなく半ば口を開いて、ベテルギウスの輝きを眺めている。
「何してんの。ジョーとベンさんも来てるよ? パワードスーツの話、色々聞けるよ?」云いながら対面に座った私に、彼は虚ろな瞳を向けるだけだった。「なに。何そんな疲れてんの」
「ここんとこ、寝る暇もなくてよ」
「あぁ、アレか」私は噂を思いだして、軽く身を乗り出した。「なんかムーンキーパー、アンタの工場で量産するらしいじゃん」
「まだ話だけだけどな。でも親父も何か変に乗り気でなぁ」大きく息を吐いて、更にソファーに沈み込む。「そんなら自分らで設計し直せばいいのに、文句付けるだけで、後は全部オレに回すんだぜ?」
「アンタに勉強して欲しいんでしょ、親御さんもさ」
ヘッ、と鼻で笑って、テツジは僅かに黙り込んだ。
「つかま、親父ら、あんなマジだって。知らんかったわ」
「マジ?」
「ほら、あのラックにしてもよ。あんな色々考えて造ってるとかよ」
「でもアンタ、子供の頃から、仕事手伝わされてたんでしょ? 何で知らなかったの」
「知りようがねぇだろ? 熱力も材力も知らねぇガキがよ、その辺にあるビル眺めて、スンゲェって思うか?」
成る程、それはあるかもしれない。
人類が積み重ねてきた英知というのは物凄いかもしれないが、私たち後輩はポンと結果を示されるだけで、何か酷く簡単な物のように思いこんでしまう。ビルが倒れないのも当たり前、エンジンが爆発しないのも当たり前。
「ま、でも、五年も機械工学やっててよ。ようやく、ウチがスゲェ事やってるのを、理解できるようになったっつーか」
「アンタ、高専入ってから、ずっと実家から逃げてたしね」
「だってよ、ウチの工場に転がってるのなんて、パッと見、ただの部材とか什器だぜ? そんなん、マジになって造ろうって気になるか?」
「子供はね。で、今は?」
テツジは黙り込んで、手垢にまみれた眼鏡の奥から、ベテルギウスを見つめた。
「ディーさん程じゃねぇけど、少しやってみっかな、って気はするなぁ」
「超新星爆発。興味沸いた?」
「ちょい、な」
はてさて、これでテツジも、多少は真面目になってくれるだろうか?
私は思いつつ、そう簡単には行かないだろうな、と苦笑する。なにしろ三つ子の魂、百までだ。
「さ、早く行かないと、ジョーさんたち帰っちゃうよ? あの人たちも、ムーンキーパー乗せて欲しいって云ってたし。百八十センチ対応の三号機、出来てるんでしょ?」
腰を上げながら云った私に、彼は気怠く片手を上げた。
「もうちょいしたら行くわ」
そしてじっと、彼はベテルギウスを見つめる。
その瞳はまるで、そこにディーさんの面影を、意志を、見いだしているかのようだった。
〈第二部・完〉
月でウサギを飼う方法 吉田エン @en_yoshida
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。月でウサギを飼う方法の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます