第26話

 運営一同が待ち受ける会議室。そこに最後に姿を現した羽場は、入り口から入った途端、何かいつもと違う空気があるのを察したらしい。一瞬足を止め、何か不安そうな表情を浮かべ、それでも怖ず怖ずと、自らの指定席に向かおうとする。


「待て」雛壇席に座る隊長が、鋭く云った。「キミの席はそこだ」


 促されたのは、長机の反対側。


 被告席だ。


「えっと」彼は云いつつ、そろそろと席に座る。「嫌だな、何これ。ボク何かした?  ボクはここ何日か、寝ないで必死に天文台復旧作業を」


「黙れ」


 パン、と遮られ、さすがの羽場も口を噤む。


「佐治。例の物を」


 隊長の脇にいた佐治はおもむろに立ち上がり、手元のタブレットに記された文章を読み上げた。


「羽場順平。貴君には宇宙公団における重大な規約違反が認められたため、以下の処分を下すものとする。一、勤務時間外の居室からの外出禁止。二、居室でのゲーム機器の使用禁止。三、二ヶ月間週八時間のボランティア業務の実施。四、」


「ちょ、ちょっと待って! 待って待って!」とうとう我慢できず、彼は叫びながら腰を上げた。「何それ! 重大な規約違反って何さ! ボクは全然、何にも」


 ふと、佐治が驚いたような表情を浮かべ、尋ねた。


「えっ? 心当たりはない?」


「ないよ!」


「ふむ。それは参ったな」そして顔を隊長に向けた。「何かの手違いですかね?」


「かもな。佐治、ちょっとそれを見せてくれ」彼からタブレットを受け取り、彼は真顔でそれを眺めた。「いや、間違ってない。これは正しい命令だ」


「ふむ。そうなると、彼が嘘を吐いてるということになりますが?」


「嘘はいかんな、嘘は。佐治、条項追加だ。第八項目として、彼のタブレットの使用禁止を」


「待って! 待ってったら!」羽場は叫び、おどおどとした調子で云った。「あの、ボクって忘れっぽい質でさ。ちょっと忘れてることがあるかも。でも何? 一体ボクが何をしたっての? 誰かの足でも踏んじゃった?」


「あくまでシラを切るようです。どうします?」


 尋ねる佐治に、隊長はパッドを軽く眺め、それをテーブルの反対側に滑らせた。


 受け取った羽場は隊長の顔色を窺いつつ、目を落とす。


「えっ、機密漏洩? なにこれ!」


「第一次ベテルギウス作戦。その際に、極秘であるムーンキーパーの緒元を、敵であるアームストロング基地に通知した容疑だ」


 云った佐治に、羽場は顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「そ、そりゃ、誰かスパイがいたってのは聞いてたけど。どうしてそれがボクだなんて! あり得ないよ!」


「証拠は挙がってる。敵側に伝わっていた情報は、一、ムーンキーパーの関節が保護されていないこと」


「そんなの、誰だって知ってたじゃない!」


「誰だって?」私も机に身を乗り出して、じっと羽場を睨みつけた。「少なくとも、ムーンキーパーの改造作業に関わった隊員でなければ、それは知りようがないはずですけど?」


「そ、それはそうだけどさ。あん時、やってたの何人くらい? 十二、三人はいたでしょ?」


「つまり、容疑者は、あの場にいた人物に絞り込まれる。正確に云うと十二名だ」と、佐治。「更に、興味深い事実がある。敵側に伝わっていた情報、その二。ムーンキーパーは、武器を装備していない」


 ん? というように、表情を固まらせる羽場。それに佐治は言葉を付け加えた。


「可笑しいな。ムーンキーパーにはハンマーが装備されていた。どうしてその情報が、敵側に伝わらなかった?」


「そ、それは、アレじゃない?」途端に挙動不審になりつつ、羽場は早口でまくし立てた。「ほら、二重スパイ! 敵側に間違った情報を流して混乱させた。違う?」


「こうとも、考えられますよね」と、私。「あの場にいた十二人のうち、武器が装備されていることを知らない人物がいた。つまり、それが犯人」


 ふむ、と、芝居がかった仕草で首をひねる佐治。


「しかし、ハンマーの装着は別に隠してなかった。オレが皆の前で命じたんだ。違ったか?」頷く一同。「だろう? 変だな。やはり犯人の目的は、敵に間違った情報を伝える事だったのか?」


「ところが、その時に、あの場にいなかった人が。一人だけいるんです」私は視線を、佐治から羽場に戻した。「佐治さんがハンマーの装着を命じたのは、最初の起動試験に失敗した後。違います?」


「そうだ! 思い出した!」佐治は柏手を打った。「確かあの時、一号機にはキミらの岡クン。そして二号機には羽場が乗っていたんだった。それで岡クンが肘をやって、羽場が腰を」


「はい。そして羽場さんは、佐治さんの部下の方々に、居室に搬送された。違います?」


「そう、そうだそうだ! 私がハンマーの装着を命じたのは、その後だった!」


 再び一同の視線が、羽場に集まった。


 彼は瞳をキョロキョロと落ち着かなくさせ、そわそわと身を捩る。


「そ、それはそう、そんなこともあったけどさ! でもボクは知らないよ! あれから一時間くらい、部屋でウンウン唸ってたんだから!」


「そういえばもう一つ、不審な事があった」と、佐治。「第二次ベテルギウス作戦の時だ。オマエは天文台に閉じこめられたカーン博士にメッセージを届ける方法として、アームストロングのパワードスーツに内蔵されているディスプレイに、文字列を表示させる方法を提案した。アレはナイスアイディアだったが、しかし、どうしてオマエが、そこまでパワードスーツの仕組みに詳しい? ありゃあ軍事機密だ。ジョー本人ですら忘れていた仕組みを、どうして民間人かつ日本人のオマエが知っていた?」


「そ、そんなの、ボクはシステム・アーキテクトだよ? パワードスーツにパネルが付いてるのを見て、そんくらいの仕組みがあることくらい、すぐに想像出来るって!」


 ふむ、と、推移を見守っていた隊長が唸った。


「そうか。あくまでシラを切るつもりか。じゃあ、仕方がないな。これを見て貰おう」


 隊長はおもむろに、手元のパネルを操作する。間もなく正面スクリーンが明かりを灯し、そこにはアメリカ国旗が掲げられた、豪華な執務室らしい部屋が映し出された。


 衛星やオービタルの模型が並べられた、木製の机。そこに背筋を伸ばして座るのは、アームストロング基地の司令官、リチャード・アンダーソン准将だった。


「あっ、あー、ただいまマイクのテスト中。ただいまマイクのテスト中。聞こえてるか? こんなの再録するなんてゴメンだからな?」


 画面外の何者かと視線を交わし、彼は机の上に手を組み、そして例の感情定かならぬ瞳でカメラを見つめた。


「あー、私は正直、こういう戦いは好まない。たかだかゲーム機如きのために、相争うなんてな。どんな暇人だよ!」


 ハッハッハ、と彼は乾いた笑い声を上げたが、瞳はあまり笑ってはいなかった。


「そこでかぐや基地には、休戦を申し入れたい。JTVの搬送には無条件で協力しよう。代わりに、ウチのパワードスーツが、白いドロドロなアレに包まれてる映像は消去してもらいたい。だいたいあんな映像は十八禁だ! ネットにアップした途端に削除されるのが目に見えてる! じゃ、以上」


 そこで再び、画面外の何者かに促され、彼は嫌そうに表情を歪めた。


「マジかジョー? それも云わないと駄目なのか? しょうがないな。あぁ、そんなワケで、取引はご破算だ。悪く思うなよ、羽場。おいジョー、これで本当にPS7、四台恵んでくれるんだろうな? まぁいい。だんだんどうでも良くなってきた。最新鋭のパワードスーツが、手作りロボットにしてやられるなんてな。遊んでる場合じゃない、ジョー、オマエ等、これから地獄の特訓だぞ? わかったな。じゃあ、かぐや基地のみんな、あと羽場。幸運を祈る」


 そこで映像は、プチン、と途切れた。

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