エピローグ


「朝倉さん、人間が来ないうちにさっさと済ませてしまいましょうね」

「なんでわたし達が盗掘とうくつみたいなマネをしなきゃなんないんですか。しかもこんな本編のおまけみたいなところで」

「あら、わたくしは平気です。肉体労働をしているのは朝倉さんだけですから」

「それになんでわたしだけ必死に重労働してるんですか。喜緑さんも手伝いなさいよ」

「ごめんなさいね。お手伝いしたいのはやまやまなのですけど……、歴史始まって以来ずっと汚れ仕事は急進派がけ負うのが慣例かんれいですし」

「よ、汚れ仕事ってあなたうまいこと言ったつもり!?もう我慢ならないわ、帰らせてもらいます」

「朝倉さん、時給二百円アップです」

「やります……」


「あ、ふたが開いたわ。あのグラマーな未来人が白骨化してると知ったら、見る者すべてが鳥肌よね、プッ」

「体脂肪ゼロで健康的ですわ」

「こんなガイコツほっときゃいいのに、まったく長門さんは人使い荒いんだから」

権威主義けんいしゅぎの主流派には逆らえませんもの。では、わたくしが分子構造を元に戻しますね。行きます。わんだばだばだば……わんだばだばだーばーだー……」

「喜緑さん、なんなの、その微妙にコーヒーのCMみたいな呪文は」

「あらご存知ありませんか。ブードゥー教の蘇生術そせいじゅつですよ」

「どう見てもウルトラマンです」


「やっと人間らしい肉塊にくかいになってきたわ。こうやって見てると宇宙人に血を抜かれてる牛みたいよね」

「元の個体より少しばかり胸のサイズが大きかったようですね」

「まったくもう、なんて大きさなのかしら。ホルスタインかお前は」

「イギリスのレディに失礼ですよ、朝倉さん。むしろバークシャーとかヨークシャーでしょう」

「喜緑さんそれ牛ちゃう、豚や」


ひつぎの中になにか金属製のものが、あら、これはなつかしい。妖刀朝倉のマサムネではありませんこと?」

「八百年ってもくもりひとつないなんて、我ながられするわ~」

「キョンくんには宝のぐされだったようですね」

丹精たんせい込めて刀を打ってあげたのに、キョンくんったら一人もり殺さないんだもの」

「せっかくですし、キョンくんにはこれで切腹していただきましょうか」


 あたしが死ぬまでにみくるちゃんに会いに行くんだからね!というハルヒの願望を阻止そしするために、フランスのフォントブロー修道院に眠っている朝比奈さんを蘇生そせいするなどというバイオテクノロジーも真っ青な芸当をやってのけたわけだが、怪しげな修道士二人の様子を音声込みで監視カメラに撮られていたことを知らず動画サイトにリークされてしまったのは、情報操作でみ消すのを忘れていたのだろう。

 ということはだ、じいさんもこの方法で復活させればよかったんじゃないだろうか。俺達はとんでもない取り返しのつかないミスをしでかしてしまったのか。


── 人には各々与えられた有限の時間がある。その中でいかに最高の出演者たるかが重要だ。最高のキャストは自分のぎわをわきまえているものだよ。


 そうだな。伯爵も言っていたとおりだ。あと数十年の後に俺が死ぬ日が来るのだとしても、たぶん愛する人のために命を落とすとかではなしに、老衰ろうすいかなんかであっけなくくたばっちまうような気がするが、その日が来るまでは誰かのために有限の時間を使ってやりたいと、そして誰かのために最高の演出をしてやりたいと、俺は思っている。


 俺はビルの屋上からはるか西の方角をながめ、黄金色こがねいろの地平線に思いをせた。そろそろの国も冬支度ふゆじたくの季節だろう。終業時間に事務所にいなかったので探しに来てみると、なにか物思いにふけっているらしい長門が、屋上の手すりで一人ぽつねんと風に髪を揺らせていた。

「今回は疲れたろ」

俺がコーヒーを渡すと長門は小さくため息をつき、

「……そう。時間の流れの前にあっては、予定も予測も、既定さえも意味をなさない」

「まあ、結果オーライってことでいいんじゃないか」

「……ありがとう」

時間ってのは、そこに生きる皆が共有して成り立っている。誰か一人の思惑おもわくだけで動かそうなんてのは無理な話さ。一人ひとりがほんの一瞬だけ輝き、それが一つの星になり、たくさんの命を積んだ星が集まって大きな時計の針を回している。

 どんなに時代が変わっても、どんなに文明が発達しても、歩いていた人が車輪を発明し、それが車になり、リニアモーターカーになり、いつかタイムマシンになっても、結局のところ時間を進めているのは自分自身なのだ。時間は一方向にしか進まないが、そこでなにをするかは自分で決定しなくてはならない。朝比奈さんの既定事項破きていじこうやぶりりはそれを教えてくれた。俺達が歩いてきた銀河系は、俺達自身が回している巨大な時計なのだ。


「……そろそろ事象を閉じる」

「そうか。じゃ、元の世界でな」

「……おつかれさま」

 二人は手をつないだ。足元が地面を離れた。はじめはゆるやかに、徐々に速度を上げて、身体ははるか上空へと飛翔ひしょうする。群青ぐんじょう色の宇宙が俺達を包み、視界から地球が消えて太陽が小さく縮んでゆく。世界のすべてが小さな点になる。やがて俺達はそれらを見下ろす小さな二つの星に戻った。


── みんな、息災そくさいで暮らしてくれ。父と子とSOS団の名において。


 完

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涼宮ハルヒの経営Ⅱ のまど @nomad3yzec

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