拝啓、君へ。愚かより。

音無 蓮 Ren Otonashi

第1話

 これはどうしようもない幼なじみ君に向けてのメッセージです。


 わたしと君の出会いまで遡ると小学校一年生の時でしょうか。小学校でいじめられているところを助けてもらったのが始まりでした。そして、君はたまたまわたしの家の近くに済んでいたこともありよく遊ぶようになりました。そして高校まで一緒に通ってたよね。もはや君といることが当たり前でした。


 わたしが大学に上がって一年と一ヶ月が過ぎました。

 君はあと一年、受験勉強をしなきゃいけなかった。三月の暮れにあったときは「あはは。また振り出しだよ」なんて軽く言って見せてくれたよね。大学のこと、勉強のこと、所属する吹奏楽サークルのこと。全部全部優しく微笑みながら聞いてくれた。君は昔から真摯にわたしの言葉を聞いてくれる。どんなに身のない話でも常に真剣だ。君のいいところの一つだ。そして、案外誰もが当たり前だと思って気にしないでいる君のいいところの一つだとも思ってる。


 桜はもう散ったね。私のサークルが定期演奏会をするからって誘ったら君は喜んで来てくれた。君は楽器なんてからっきしだったのに、会場に一番乗りしてくれた。「だって、俺はお前の幼なじみだからな」って照れくさそうに笑う君は可愛い。思わずよしよしと頭を撫でたらまんざらでもなさそうでなお可愛いかった。演奏会が終わったあと、真っ先に「お疲れさま」って声をかけに来てくれたのも君らしいよね。君は犬のように人懐っこい。


 緑がいっそう生い茂り、日差しは強くなって行くばっかりです。君の勉強の息抜きにでもなれば、と思い久々に遊びに誘おうと思いました。君の家の玄関前では燦々とした太陽に手を伸ばすように向日葵が咲いていました。残念ながら、君は予備校の合宿で家にいませんでした。ちょっぴり寂しかったからメッセージを送ると一日遅れで帰ってきた。「今年は、地元の祭りも行けそうにないな。ごめんね」わたしはただ君の努力が報われる日を祈ることしかできないのだ。君には悪いと思ったけど、わたしはサークルの後輩に誘われて夏を満喫した。わたしにとって自慢の後輩だよ! 結構鈍くさいわたしを慕ってくれる唯一の後輩。楽器も高校で吹奏楽を始めたわたしより遙かに上手いんだ! 負けられないね、先輩としてしゃきっとしなきゃ!


 夏の終わり、君と久々に連絡を取り合った。スマホ越しに君はマイク越しに弱った微笑を聞かせてくれた。この夏は後輩君とも仲良くなってたくさんの場所にお出かけした。先輩と後輩の距離感を埋めたかったから。おかげで夏前には小馬鹿にされていたわたしも、少しは尊敬されるようになった。なったのかな? とりあえず壁は薄くなったのかな。いっぱいいっぱい、自慢の後輩の話をした。君の声が疲れてそうなのは勉強漬けの毎日だったからかな。「僕なしでもやっていけているようで安心したよ」世話焼きの君を安心させられるくらいには成長したのかな、わたし。いつか、君が大学に合格したら紹介したいな。


 木枯らしが吹き荒れます。君はきっと受験の追い込みをしているのでしょう。わたしからのささやかなプレゼント、万年筆を君の母さんに渡しておいたから、予備校から帰ったら受け取ってほしいな。君に向けて「Merry Christmas!」と送りました。わたしは想いを伝えるために街へ溶け込んでいきます。ただ君から、勇気を貰いたかっただけなんだ。「誰かを好きだ」と言うための勇気をさ。


 そして季節は巡りました。「Merry Christmas!」の返答すらもらっていないけどわたしは君から届く、うれし涙のメッセージを待っています。きっと君は嬉しそうに笑いながらわたしを抱きしめてくれるのでしょう。抱きしめてほしいんです。志望校は二年前にわたしと一緒に志した大学だよね? 君は晴れてわたしの後輩になれたのでしょうか。吉報を、待っています。いつまでも。君がまた、わたしに勇気をくれるまで。




 ずっとずっと待っていました。

 ずっとずっと待っていました。

 ずっとずっと待っていました。

 ずっとずっと待っていました。




 気の、遠くなるような月日が経った気がします。

 だけど実際は、二年と一ヶ月が過ぎただけでした。 




 君は今、棺桶の中で深い眠りについています。




 わたしには好きな人がいます。それを伝えるにはわたしには勇気が足りませんでした。だけど、少しだけ君に勇気を見せられたかもしれません。だけど結局は、たった二文字の愛の言葉さえ言えませんでした。情けないよね。だって、好きな人から「好きだ」って言う勇気を貰おうとしていたのだから。

 ずっとずっと。

 近くにいた君のことが、大好きだったのに。

 たった二文字が言えないだけで、胸が激しく痛むんだ。


 後輩君はクリスマス・イブに振って以来顔を合わせていません。同じサークルに所属していたのですが、あの日を境に姿を見せなくなりました。彼の好意には薄々気づいていましたが、彼はあくまで自慢の後輩以上に離れません。彼はあくまで憧れであって、恋人にする人ではないんだ。彼には酷いことをしてしまったのかもしれないけれど、わたしの恋人になる枠にはもう十数年前から先客がいるの。



 どう足掻いたって、君に勝てる男の人はいない。

 最初にわたしに手をさしのべてくれた、君以外には。



 心に穴があいたまま、何年か経ちました。君は昔から体が弱くて病院通いをしていたよね。勉強できる時間も少なかったから成績も良くて中の下だった。だけど、歳が上がるにつれ、身体が強くなっていった君は少しずつ勉強ができるようになっていった。二回受験に落ちたってめげなかった。君の努力をわたしは間近で見ているつもりだった。


 君はいつだって、「お前のそばにいたい」って言ってくれた。本当なら、去年の夏に君を無理矢理連れだして、夏の思い出を作りたかった。君を冬の街に引っ張っていきたかった。ぜんぶ、ぜんぶ。勇気を出せなかったわたしのせいだった。後輩を連れだして遊びに行ったのも、きっと半分くらいは君と遊ぶことができないことを紛らわす目的だったのかもしれないと振り返ってしまう。



 君の死因は、自殺だった。

 遺書に書かれていたのは。

「           」

 その言葉はありったけのわたしの涙を奪い、去った。



 拝啓君へ。くだらないメッセージを君の墓前に置いていきます。結局、わたしは君が死んでも泣けずにいます。君に涙を奪われちゃった気分です。まるで、君に呪いをかけられた気分です。君が死んだことを何年経っても受け入れきれていないのです。



 勇気のなかった哀れな、幼なじみをどうかずっと呪っていてください。

 だいすきだよ。


 君の最愛なる幼なじみより。

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