最終話 家出
「私は汚れた女よ」
「あなたは誰よりも美しい」
私は雅男の胸の中で、今まで感じた全ての苦しみが溶けていくのを感じた。生きてきてよかった。そう思った。
「あなたは誰よりも美しい」
雅男はもう一度そう言って、私をきつく抱きしめた。
「雅男」
私たちは、抑えていた全てのたががはずれ、抱き合った。ありとあらゆる感情が激流のようにお互いを流れ合い、溶け合った。それはもう、止まらなかった。
もう戻れない。何か大きな渦の中に流されていく、そんな二人の無抵抗な運命のようなものを感じた。
でも、それでもいい。それがたとえ、地獄への始まりだったとしても・・。それでもいい。私たちはもうそれに流されるしかなかった。
「フフフフっ」
「なんか幸せそうだな。お前」
「ふふふふっ、そうですか?」
「そうだよ。朝からにやけてんじゃねぇか」
「ふふふふっ、そうですか。ふふふふっ」
私は手鏡で自分の顔を見た。
「男だな」
「えっ」
「同棲したな」
「えっ!」
「図星だな」
「えっ、いや、あの」
「いいよ、隠さなくても」
「れいの男か」
「えっ、いや、あの」
「また図星か。お前はほんと分かりやすいな」
そう言って、マコ姐さんは笑った。
「そうですかねぇ」
私はまた手鏡で自分の顔を見た。しかし、何が違うのか自分では全く分からない。
「真実の愛に目覚めたって感じだな」
マコ姐さんが私を覗き込むように見つめる。
「何言ってんですか」
「はははっ」
マコ姐さんは豪快に笑った。
「ふふふっ」
私もつられて笑った。私は幸せだった。確かに幸せだった・・。
「でもな、傷の嘗め合いは、結局お互いを傷つけるぞ」
「・・・」
「男ってのはいろいろと複雑だからな」
マコ姐さんは最後にそう呟くように言った。
―――あれから、私はそのまま家を出て、雅男の部屋で一緒に暮らすようになった。雅男の弁護士事務所も兼ねた小さな部屋だった。
私たちはお互いの崩れそうな心に触れないように、静かにそっと、―――全てに遠慮するように暮らした。それでも、私たちは幸せだった。
(愛憎篇に続く)
神様は明後日帰る 第4章(帰郷篇) ロッドユール @rod0yuuru
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