最終話

あれから何年か経ちました。

ボクもすっかり落ち着いてしまいました。

競馬場でのことはたまに懐かしく思い出すぐらいです。


あの後、ボクは育成場に戻されました。

お姉さんやおじさんが暖かく迎えてくれて、脚の痛いのを治すって言ってくれました。

同時に、ボクの大事なところを取らなきゃいけない、とも……。


男の子として子供を残すことは出来なくなるけど、生きていくためには仕方のないことなんだとおじさん達に言われたら、否とは言えません。

すぐに手術を受けて、ボクは男の子じゃなくなってしまいました。


そして、競走馬でもなくなってしまいました。

脚の痛いのが治ったら、ボクは乗馬クラブというところに送られました。

ここで、ボクは馬術競技というものに出る乗馬になる訓練を受けたんです。


最初は地面に置いた棒をまたぐところから。

最初は怖かったけれど、勇気を出してまたいでみました。

そうしたら、乗馬クラブの人がすごく褒めてくれましてね。

なんだか、新しいことにも慣れなきゃいけないんだと思いました。


それからは毎日訓練を続けて、高い障害も飛び越えられるようになりました。

今までは走るだけでしたが、きちんと背中の人の言うことも聞けるようになったんですよ。

何ヶ月かで大会にも出ましてね。結果は良くなかったかなって思ってたんですが、乗ってた方がよくやったって褒めてくれたんで、自分なりには良くやれたのだと思いました。


育成場のお姉さんは、ボクが乗馬クラブに行ってからも何度かボクの様子を見に来てくれました。

ボクが少しでも調子悪そうにしてるとすごく心配そうな顔をするので、ボクはいつも元気ですよって顔でお迎えをするようになりました。

そうしてるうちに、ボクの元には少しずつ、乗馬クラブのお客さんが来てくれるようになったんです。


お客さんたちはボクの顔を見るなり「ミツ会いたかったんだよー」って喜んでくれます。

中には泣き出しそうになる人も。

最初、ボクにはなぜだかわかりませんでした。


ですが、あるとき言われたんです。

育成場でも競馬場でも、ボクの部屋には「カメラ」という機械がついていたこと。

そのカメラで、ボクのことをたくさんの人達が見守ってくれてたこと。

立派な競走馬になれるよう応援してもらってたこと……。

そんな大事な機械に八つ当たりしてしまった自分を、情けなく思ってしまいました。

同時に、応援してもらえてたことを嬉しく感じたんです。


そして、こうも思いました。

これからは、応援してもらった恩返しがしたいと。

ボクに出来ることは乗馬クラブでお客さんの相手をすることと、大会でいい成績を挙げること。

それが今までの恩返しになると信じて、ずっとやってきたんです。


そうそう、畑はまだやれてません。

でも、乗馬を引退してからでも畑は出来ますからね。

引退したら乗馬クラブの隅っこにでも小さな畑が出来たらなあって思ってます。


今日も大会に来ています。

背中に乗ってるのは育成場のお姉さん。

今日の大会で優勝出来たら、お姉さんには青いリボンが贈られるらしいんです。

お姉さんに青いリボンが贈られるよう、今日は頑張らなくちゃいけませんね。

それがどんな意味なのかはわかりませんが、お姉さんきっと嬉しいはずですからね。

ボクにはそれが一番嬉しいんですから。


ミツオー兄ちゃんみたいな立派な競走馬にはなれませんでした。

ですが、乗馬として一生懸命やってる自分も悪くないって思うんですよ。

大会に出るための訓練も大変ですし、何より誰かのために頑張れるって素敵だなあって、最近思うようになれたんです。

少しは大人になれましたかね?


観客席にはお兄さんやまぶしいおじさん、乗馬クラブのお客さん達の姿も見えてます。

皆さんにいいところを見せられるように。

背筋をピンと伸ばして、お姉さんの合図を一つも聞き逃さないようにしなくては。


「……選手とオーバーザリミッツです。」

あ、出番が来たみたいです。

お姉さんも行くよって合図をくれました。

じゃあ、行ってきます!

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今日のミツ @nozeki

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