第17話

新馬戦に向けて、だんだんと練習がハードになってきた。

走るのは好きだから苦にならない……とは言うんだけどさ。

追い切りってのを目一杯走った後はやっぱり疲れちゃう。

今日も壁にお尻をくっつけてうたた寝だよ。

兄さんは「これからの馬だもんな。がんばろうな」って言いながらご飯の桶を片付けてた。

それを聞きながら、ボクは少し寝る。


目が覚めて上を見れば、今日もあいつがこっちを見てる。

なんだかわからないけど、機械みたいだし、目がついてるようにも見える。

そしてずっとこっちを見てる。

普段は気にしないようにしてるけど、疲れてるときはイラッとすることもあるんだ。

何もこんな時までこっち見てなくてもいいんじゃないかな。


もうすぐ新馬戦だ。

そう思えばボクも気合が入る。

少しくらい痛いとこがあっても平気。まだまだ練習が足りないから痛くなるんだと思ってるからね。

痛くなくなる頃には、もっと強くなってるはずなんだ。


そう思ってるから、右の前脚が少し痛いなあってのも我慢してる……。

でも、我慢ってきついよね。

ついイライラしちゃう。


あいつがまた見てる。

うぜぇなあ。こっち見んじゃねぇよ。

イライラがピークに達して、あいつに噛みつきに行ってしまった。

ガブッと噛んだら、あいつは壁から外れて変な方向にぶら下がってる。

これでもうこっちを見られないだろ?

ざまあみろだ。


あいつが壁から外れたときに大きな音がしたんで、兄さんが飛んできた。

そしてボクの体をあちこち触ってる。

大丈夫だよ、なんともないよ。

ボクはそう言おうとしたんだけど、兄さんの手が右の前脚に来たところでついビクッとしちゃった。

兄さん、血相変えてどこかへ飛んでった。

我慢してるの、バレちゃったかなあ……。


しばらくしたら、兄さんはお医者さんと先生を連れてきた。

お医者さんはボクの右の前脚を触って確かめてる。

そして先生と兄さんに難しい顔で何か言ったんだ。

「能力喪失」って聞こえたよ。

どういう意味なんだろう。


それを聞いた先生も難しい顔になって、兄さんは悲しい顔してガックリしてた。

ボク、痛いのバレちゃったんだね。

でも、治ったらまた走れるよね?

先生や兄さんに聞いたんだ。

でも、誰も何も言ってくれなかった。

スータさんも小窓の方向いたまんま、何も言わなかった。


何日か経って、ボクはまた育成場に戻ることになった。

先生と兄さんが見送りに来てくれた。

ボク、痛いの治してまた戻ってくるよ。

そしたらレースに出られるんだよね?

こう聞いたんだけど、先生も兄さんも「元気でな」としか言ってくれない。

ふたりともなんだか寂しそうだ。

お別れだよって顔してる。

もしかして、ボク、もう戻って来られないの?

そうこうしてるうちにボクは車に乗せられた。


ボク、どうなっちゃうの?

帰ったらお兄さんやお姉さん、そしてまぶしいおじさんに聞かなくちゃ。

まだレースも走ってないのに。

畑だってまだやってないのに。

もしかしたら、この間の「能力喪失」ってこういうこと?

まだ状況がよくわからないボクは車に乗ったまま。

何がどうなってるのかよくわからない。

一体、ボクはどうなっちゃうんだろう……。

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