お天気お姉さん

詩一

お天気お姉さん

 最近の天気予報は本当に良く当たる。

 昔の天気予報は予報ではなく天気予想だなどと揶揄やゆされていたが、その時と今とでは的中率がまるで違う。

 その上、雨が降るかどうかだけではなく、何時から何時までどれくらいの強さで降るのかまで事細かに分かる。のみならず気温の変動までも1時間ごとに示してくれるのだ。

 最早予報を超えて予言なのではないかという領域にある。

 そんなことを友人の柄道えどうに話すと、彼はしばらく俺の目をじっと見つめ、冗談を言っていないかの確認をした。

「お前、嘘だろ? 知らないのか。最近の天気はお天気お姉さんこと結月ゆづきちゃんが全部決めているんだぞ」

 言っている意味がよくわからなかった。何度も柄道に確認したところ、お天気お姉さんが決めているというのは言葉そのままだということが分かった。つまり、今は予報していないのだ。お姉さんが天気を言って、その通りになる。それが現代の天気予報なのであった。最早ここまでくると予報でも予想でも予言でもない。だ。

 気象庁のホームページによると、お姉さんがテレビの中で日付と場所と天候を言い、最後に「でしょう」と締めくくるとその通りの天気が実現するらしい。

 気象庁のホームページに書いてあるのだ。間違いないのだろう。そういう気でテレビを見ていると、確かにお天気お姉さんの結月ちゃんは全く予報を外さないのであった。

 基本的には天気図を見た気象予報士が分析、予測した天気を報じるのだが、多雨により地盤が緩くなり災害が起こり得る地域や、日照り続きでダム湖の貯水量が著しく減ってしまっている地域には特例的に天気を変更し予約する。これにより、各地域が抱える問題が解消され、災害が激減した。

 しかしどれほど天候をコントロールしても、上手く行かない事もあった。

 野菜が不作になり、市場は高騰こうとう。農家と世の主婦たちは嘆いた。

 確かに野菜が上手く育つかどうかには、天候が大きく関わってくる。だがしかし今回の不作は病気の蔓延まんえんによるものである。結月ちゃんが心を痛めるような事ではない。それは当事者たちも十分わかっていた。寧ろいつも天気を予約してくれている結月ちゃんに感謝しており、誰一人責める者はいなかった。しかし当の本人は自分を許せなかったらしい。

 番組の天気予報のコーナーになると、結月ちゃんは神妙な面持ちで、不作による野菜高騰のお詫びを言い、頭を下げた。そして最後に一言。

「明日は日本の農家の方々の畑に朝から晩まで野菜が降り続けるでしょう」

 胸が締め付けられる思いだった。彼女の愚直なまでの優しさに。

 俺は農家の人間でもなければ野菜高騰に頭を悩ませる主婦でもない。学生だ。そんな俺でもこんなに切ない思いになったのだ。きっと当事者たちは泣いているに違いない。

 しかし次の日、寝起きで見たニュースの内容に愕然がくぜんとした。

 本当に農家の畑に野菜が降っていたのだ。

 俺は関係ないのに、急いで柄道に電話を掛けてニュースを見させた。

「すげーな結月ちゃん。これから忙しくなるだろうな」

 柄道の言った通り、結月ちゃんの仕事はお天気コーナーのキャスターだけに留まらなくなった。あの一件による反響がとても大きく、お天気コーナーは視聴率が驚異の90%越えとなった。それに目を付けないはずがないのが業界の人間だ。

 皆、天気を知る為に視聴しているのではない。結月キャスターがお天気コーナーに出てくるから見ているのだ。つまり結月キャスターが登場する番組であれば、誰でも見るという事になる。

 ある時はコメディ色の強い番組のゲストとして、またある時は歌番組の司会者の横でニコニコしているだけの人として、更には俳優にも挑戦するなど、彼女の躍進は留まる所を知らなかった。

 しかし彼女は求められるままに応じているだけで、出世欲などと言うものは皆無の様であった。そんな健気な姿がまた世間の人々を魅了した。

 ある朝、テレビを見ていると、そこには結月ちゃんが居た。なんだか小難しい話をしているワイドショーだった。昔は呼ばれてもただニコニコしているだけの彼女だったが、今は違った。ジャンルの違った番組に呼ばれ、とにかく応じ続けていた彼女は、業界の人間でも予想できない程成長していた。小難しそうな顔をしたなんとか評論家の奴がわざと難解な言い回しをして来ても、彼女はハキハキと答えた。そして解らない時は知った風な態度はとらず、丁寧に謝って、評論家から教えをうていた。誰もが好感を持てる態度だった。

「もしも本日の会議で、日本がアメリカの要求を受け入れず、このまま外交に消極的な姿勢を取るばかりか、アメリカに対する輸入などを制限する国策を打ち出したら、どうなってしまうと思われますか」

 結月ちゃんは答えた。ハキハキと。

「そんなことをしたら明日は日本各地でミサイルの雨が降るでしょう」

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