epilog


 巨大な門の前に一人の男が立っている。細身で銀髪の男だ。


 彼は踊り足で門の前まで歩くと門衛に暗号を唱えた。



「サイベル、クラーレス、アウグスト、ペルメ、カルテウス」



 門衛は暗号を聞き届けると眉根一つ動かさず白髪の男を城の中へ招き入れた。

 開かれた扉の先には執事が待機していた。



「何かご用ですかな?」


「陛下にお目通り願えるかな? 私は密使のレバノンと言う者だ」


「少々お待ちください」



 執事は謁見室に入ってからしばらくして銀髪の男のもとに戻った。

 微動だにしない表情からは一体何を考えているのか読み取れない。いや、この国の人間はみんなそうだ。その全てとまでは言わないが大凡総てが何も考えていない……いや考えようとしていない様子だった。無理もないだろう。逆らえば死が待っていて従っていても幸溢れる訳ではない実力社会。自身で仕事を選択する自由すら無くただひたすらに課せられた役目を全うし続けなければいけない世の中。人一人に何か手間を掛けてやることを手間だとして機械のようにただ歯車として働かせ続ける。オディロンはそんな国だった。



「どうぞ、お入りください。帝の前ではどうか粗相無きようお願いします」



 執事に連れられてレバノンは帝王の前に跪く。


 広間を抜け、仰々しい扉の内側は玉座に腰掛ける老人がまるでアリに見える程に広く遠い。真っ直ぐに敷かれた真っ赤な絨毯の上を一歩ずつ静かに慎重に歩く。

 


「陛下、此度は密使の任を私めにお任せいただきありがとうございます」


「よい。して、貴様の願い何だったかな」


「はっ! 恐れながら私の願いを申させてもらえば、今後このオディロン帝国で私めのしがない商会をご贔屓にしていただければと思いまして」


「しがない商会で余の国を回せと?」


「いえ、失礼しました。私めの商会はゴルトセバンと言う名で通っており、商会界隈でも比較的大きな商団であることは間違いありません、しかし陛下の前にはどれ程の店であろうと小さく霞んで見えてしまいます故、ついしがない等と言ってしまったばかりであります」


「……ふん、まぁいい」



帝王の言葉にレバノンは笑みを浮かべると己の罪を明かした。



「ところで陛下、私が用意した材料はどうでしたか?」


「粗悪だな……全て使ってはみたが、やはり男の方が強い力を示す。女子供ばかり連れてくるのはやめろ。力がないものを石の材料にしても足しにならん。どうせ攫うなら男にするんだな」


「これは配慮が足りませんでした、申し訳ありません」



 頭を下げ媚びへつらうレバノンに帝王は興味なさ気に口を開いた。



「レバノンよ、今回の一件、如何様にしてソテルの事を知ったのだ」


「それについては私が教職に就いていたこともあり、偶然学長と町長が話しているところを耳にしまして、箝口令という言葉とソテルという言葉が聞こえたモノですから神が授けたもうた祝福だと思いましたね。私の実力ではありません」




 そういって笑顔を向けるレバノンに帝王は舌打ちをすると徐に立ち上がった。



「貴様は本当によくやってくれた。しかしレバノンよ、貴様では駄目だ」



 そう言うと瞬きを許さぬ早さでレバノンの横を帝王がすり抜ける。



「己が働いた悪事を他人になすりつけ、餌を吊り下げれば飼い主を平気で裏切り、情報収集をさせれば曖昧なモノばかり掴んできてまるで役に立たん。貴様の働きは他の密使から聞いているぞ。密使はお前だけでは無いのだ。……それから余は――」



 帝王はレバノンの背中をトンと押すと別れの言葉を継げた。



「役立たずが、大嫌いだ」


「なっ、く、クソ……ったれぇ……」


 ゴトリと上半身は床に落ち、立ったまま血を吹き出すレバノンの下半身は帝王に蹴飛ばされ門の前まで吹き飛んだ。玉座に戻り腰を掛けると深い溜め息をついた。



「石の材料をこれからどこで仕入れようか……まぁいざとなれば何とでもなる、か。それにしても我が一族の血を引いているにもかかわらず死に行くとは情けない。所詮武力だけの阿呆は駄目だったか。やはりあの力は惜しいな」



 帝王はサルヴァトールが撃沈されたと共にローレンスが戦死したという報告書を読みながら愉快そうに笑った。



「おい、爺。今日は機嫌が良い。そこのゴミを片付けたら余の酒に付き合え」



 呼ばれたはずの執事は何も言わずに傅く。帝王はただ高笑いをし王城に響き渡る笑い声に門衛は怯え竦んだ。


 静かな謁見室に威圧の籠もった凶悪な声が響き渡っていた。

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創世の先生 ~抗世の物語~ 真白な雪 @nicola0727

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