Last. これから
町を出て歩き続けているとステラは泣き疲れてしまったのか抱きかかえた腕の中で眠っていた。
さて、これから何処へ行こうか、この子をどうしようか。
そんなことを考えながらソテルは魔法都市フックスを目指して歩き続けた。
アリステラを起こさぬ様にと静かに移動しながらも、足を稼がなければエンデルに向かった時同様一週間も荒野をさまようことになってしまう。そうはならないようにと大跳躍をする。よくよく見ればオディロンからエンデルに向かう道は一面荒野が広がっているが、フックス方面へは少し歩けば木々が生い茂っているのが解る。ひとまずは水分や食料は平気だろう。
旅の途中、森の中でテントを簡単に作るとアリステラがようやく目を覚ました。
みたことの無い場所、感じたことの無い空気にアリステラはソテルに抱きつきながらも町で起こった惨劇を思い出す。すると静かに震えだしソテルに嘆きを放った。
「貴方さえ……貴方さえ来なければお父様もお母様も生きていたのに! 私もこんな気持ちにならなかったのに! 貴方さえ、貴方さえいなければ!」
アリステラは力強くしがみつきながらソテルの胸を叩いた。その強く握りしめられた拳はアリステラの怒りを表した様に決して解けない程にしっかりと握りしめられていた。そして振り回される拳をただ受け止めることでしか俺は彼女を慰めることが出来なかった。
「うぅ、ううぅう」
アリステラは休むこと無く三十分ほど泣き続けると突然冷静さを取り戻した。
「……先生、八つ当たりしてごめんなさい」
「いや、俺こそ……ごめん」
二人の間にぎこちない雰囲気が流れる。
「えっと、ステラ――」
「そのステラという名の呼び方。もうやめましょう?」
アリステラの提案にやはり関係の再構築は難しいのかと落胆しているとアリステラはソテルの顔を両手で挟みジッとみてきた。
「これから先生は帝国から逃げなきゃいけないんですよね? だったらその痕跡を無くすべきです。別に先生が嫌いになったからやめる訳ではありません。それに、その名で呼ばれる度に悲しい気持ちになるので……」
押し黙るアリステラにソテルは思案する。
「なら、お互いに偽名をつけあわないか? 痕跡を残さないならまずお互いがお互いの名を変えなくちゃいけないだろうし。容姿に関しては魔法でどうにかしよう」
「偽名、ですか。ん~……先生、先生が先に名前つけてください!」
「それならアリスなんてどうかな。アリス=アズライト」
「アリス、アリス……うん。アリスにしましょう! ねぇ先生、アリスはいいとして何故アズライトなのですか?」
「アスールライトって空の光って意味でしょ? 綺麗な意味だったから失うのが惜しいような気がして、少し縮めてアズライト。アリスの目のような深くて綺麗な青色」
そう言うと納得したようにアリスは自分はアリスだと何度も言い聞かせた。
「それじゃあ次は私の番ですね。えーっと……ロクデナシ・ハゲチャビン」
「ぐっ……俺ははげてないよ……」
ロクデナシの部分に関しては俺が訪れる先々が滅んでしまっている過去を思っても否定することは出来ない。事実今回もろくでもないことになってしまったのだから。
アリステラはきっとまだ俺のことを許せていないのかも知れない。その片鱗をこうしてチクチクと責められるのかも知れない。そう思うと俺が言い返すわけにもいかず、気の重さばかりが倍々に増していくような気がした。
「あ、勿論さっきのは冗談です! 名前に関しては先生の希望があればそれでいいんじゃないですかね? ほら、私のネーミングセンスはこう……先生笑いますし」
そうは言われても自分の偽名など考え始めても何も思いつかない。ソテルと言う名前は誰が付けたのかわからないし、いつの間にか自分をソテルと呼んでいた親がユージーン村のアリア夫妻だったからソテル=ユージーン・アリアという名前を名乗っているだけに過ぎないのだ。自分の名前の起源も知らない俺が今更自分の名前などいちいち考えるなどとは思いもしなかった。
「うーん……ダメだ! 思いつかないや……アリステ――アリス、何か無いかな?」
今先ほど決めた偽名を早速忘れそうになる。慌てて口を言い直すとアリスは何か閃いたように人差し指をピンと立てて自信尊大に答えた。
「アリア=セイヴァーなんてどうですか!」
「えっ……アリアって女の子みたいじゃないかな?」
「そんなことないですよ? 魔法使いですから詠唱の意味のアリア。それに頭二文字が私とお揃いでちょっと親近感湧きますし!」
「そんなもんか?」
「ですです」
「しかし、なんでセイヴァー?」
「それはですね。多分ですよ? 多分なんですけどソテルって多分ソーテイルから来てると思うんです。救世主って意味なんですけど」
「そんな大層な名前だったのか」
ソテルが自分の名前に苦笑いしているとアリスは言葉を続けた。
「さっきの剣、なんだかよくわからないですけど不思議な雰囲気で私を助け出してくれるような気がしたんです。けど先生が怖い人になってたから……とにかくあの剣と救世主という意味にちなんでセイヴァーって付けたんですけど、どうですかね?」
「うん、俺は何でも構わないよ。アリスがそう呼んでくれるならそれでいい」
彼女が冗談交じりに自分にまだ心を開いてくれることを素直にうれしく思う。しかしその態度がもし演技だったとしたら笑えない冗談だ。
「それじゃあこれから俺はアリアで」「私はアリスですね」
「うん、二人で当面は野宿になるかも知れないけど、これからもよろしくね。君のことは必ず俺が護るから」
「先生? その言葉の後で私は魔力暴走をしたんですが……」
「ぐっ……それは置いといて! 絶対、絶対に守るから」
「……はい! よろしくお願いします!」
二人は握手をし、二度と彼女に悲劇を見せないようにとアリアは改めて誓った。
今は無き彼女の両親に報いるためにも、アリアは自分の一生を掛けてアリスを楽園へと導くことを心に決めたのだ。
その楽園はアリアが描いた夢、軍を抜けてまで叶えなければならなかった夢。
決して傷つくことも無く、決して人を虐げず、決して人を見捨てない。
必ず助け合い、決して争いは無く、みんなが幸せであるそんな世界を彼は願い続けていた。しかし今回の一件で二度目の大切な場所の損失を経験し、人の過ちの深さを思い知った。それは自分自身のことも言えることであり、怒りに狂った自分は他者を屠ることを厭いもしなかった。そんな自分の凶暴さを知ることが出来た。楽園とは彼の想像するとおりには行かない。だからこそ追い求め、いつか実現しなければならないのかも知れない。今回の事は彼の中で大きな糧となった事だろう。
「ひとまずこの辺で野宿するけど、当面は魔物や動物を食料にするだろうからこの際実践を交えて剣術指南をしよう」
「いきなりですか?」
「もちろん基礎は教えるけれど、拳闘術、剣術、どっちがいい?」
「それでは拳闘術で!」
さすがアリシアの娘である。武器より拳で戦うことを選んだ少女は、まだ見ぬ魔物を見据えて仮想で戦って遊んでいるように拳を振るっていた。
「それから――はい。これがアズライト色だよ」
俺はアリスの首にペンダントを掛けるとアリスはジッと石を見つめ続けていた。
「それじゃあ今日はもう寝なさい、火の晩は俺がしてるからアリスはもう寝なさい」
「はい! 明日からよろしくお願いしますね! 先生!」
焚き火に当たりながら枯れ葉の上に寝転がる少女は瑠璃色に透き通るペンダントを大切に握り締めながら眠りに就く。その石の中に炎が揺らめくのが見えたがきっと焚き火が映ったせいだろう。しかしその少女の瞳のような石に炎が宿るのがまるで少女自身に何かを宿したように思えて遠い何処かで両親は見守ってくれているのだろうなと一人考え耽る。
彼は歩み続ける。自分が目指した道を、恩人が夢見た道を、楽園に向かって続く道を拓くために彼は今日も歩き続ける。隣で無邪気に笑う少女と共に。
彼らはまだ己の存在を知らない。彼らはまだ己の道の有り様に悩む。
これは彼らの物語の序章に過ぎない。
彼らを振り回す世界、そして不思議な存在。
彼らはこれから数多の試練に苛まれるだろう。
しかし彼らは諦めない。
何度でも立ち上がり、抗い続けるだろう。
何故なら彼は救世主。
《抗世の救世主(ワールドブレイクセイヴァー)》なのだから。
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