青春ブタ野郎はバニー○○○○○の夢を見ない
井守千尋
青春ブタ野郎はバニー○○○○○の夢を見ない
梓川咲太は、ゴールデンウィークに野生のバニーガールに出会った。5月6日、湘南台の図書館でぴょこぴょことした黒いバニー耳、白い毛玉のようなふわふわのバニーテール、てらてらと艶やかに煌めくバニースーツ。その姿は峰ヶ原高校の有名人にして国民的女優、桜島麻衣! このことは忘れなさい、と桜島麻衣は咲太に警告したので、なるべく忘れようとしたが、なんだか全然眠れないし、目がぎんぎんとしていたので、バニーガールが一匹、バニーガールが二匹、と数えているうちにようやく寝落ちることに成功した。咲太の周りに集ったバニーはゆうに三千を超えていた。
さて。ゴールデンウィークの終わった水曜日、7月までこれから祝日のない寂しさと休みボケから立ち直るためのから元気とで徹夜明けのようなヤケクソの一日。咲太はクラスメイトの女子に放課後屋上へと呼び出され、友人に関わるなと迷惑な忠告をされてしまう。
「わかった?佑真に近づかないでよね」
「お前、バニーガールか?」
「なっ……!?」
上里沙希は、赤い顔をして脱兎のごとく逃げ出した。しかし、咲太は別に沙希に対してどうこう言いたかったわけではない。野生のバニーガールが屋上に佇んでいたのだ。しかも、桜島麻衣先輩ではないバニーガール。脚や髪の長さでどう見ても別人だった。彼女と目が合うと、やはり脱兎のごとく逃げ出した。というか脱兎だった。
「最近街でよくバニーガールを目撃するんだ」
「お兄ちゃんいったいどこの街に行っているんですか」
その日の夜、妹のかえでに図書館の桜島麻衣と屋上のバニーガール少女の話をすると、素で引かれた。よほどのブラコンな妹だと思っていたので、この反応はかなりダメージが来る。これでは、もうかえでに相談できない。
翌、木曜日。体育のマラソンを適当にやっていると、バニーに追い越された。逞しい肩周りの筋肉、むき出しの腕は5月なのに浅黒く、網タイツに包まれた脚も無駄のないしなやかな筋肉だった。スポーツ刈りにバニーカチューシャはあまりに似合わない。バニー……ボーイと呼べばいいのかその妙ちくりんな男は、クラスの誰よりも速くマラソンをゴールすると、休むことなく筋トレをしていた。しかし、咲太以外の誰もその姿に気がつかない。
その日から、あちこちでバニーを目撃するようになった。朝出かけると、登校中のバニーガール先輩。江ノ電乗り場にはバニーボーイ野球部やバニーガールテニス部が大きなカバンを持って並んでいて、美しい七里ヶ浜に沿って走る区間ではバニーサーファーたちが波に乗っている。結構峰ヶ原高校の中にもバニーガールやバニーボーイやバニー教師がいて、毛深い中年体育バニー教師は思わず目を背けてしまった。
バイト先のファミレスには、結構な数のバニー中学生たちがドリンクバーを使っていたりした。多分、普通に買い物もできずに困っているんだろうなと情けをかけて見て見ぬふりをする。家に帰ればバニーガール先輩が困って訪ねてきたり。
バニーの数は増えているように思えた。テレビをつけたらキャスターの後ろに痴態を晒すバニーガール。かえでの教育上良くないのでテレビは即効スイッチオフ。マンションの階段でもバニー主婦やバニーキッズ、バニー人妻とすれ違うようになった。
バニー姿は誰からも見えなくなる、どうやらそうらしいとバニーガール先輩は言った。思春期症候群と呼ばれる都市伝説のようなものだが咲太は信じた。
もしかして、バニースーツを着れば誰しもが、姿を見られないようになるんじゃ。と思った矢先バニーガール先輩が置いていったバニースーツが部屋に残されている。そもそもここで、桜島麻衣に関する思春期症候群がバニーガールと関係ないことを気づいていればよかったのだが、バニーの魅力に取り憑かれた咲太には猫に小判、ブタに真珠である。早速麻衣が着ていたバニースーツを手に取ると、あれやこれやを考えて生唾をゴクリ、と飲み込んだ。
「お兄ちゃん?」
パンツ一丁でバニースーツを握りしめ悩む咲太を見て、かえでは呆れた声を出す。バニー化都市伝説の夢はここで覚めたのだった。
青春ブタ野郎はバニー○○○○○の夢を見ない 井守千尋 @igamichihiro
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