きみの心は僕のもの。僕の心はきみのもの。
スパイシー
きみの心は僕のもの。僕の心はきみのもの。
僕は最近悩んでいることがある。
その悩みは、到底他人に理解されることではないし、きっと前例も無い。僕だけが抱える、世界にたった一つだけの悩み。それは、
――
というものだ。
先に言っておくが、僕は彼女のことが嫌い、というわけではない。
そんなありきたりな理由だったら、世界に一つだなんて僕は表現しない。ただ、その理由は僕の言葉ではうまく説明できないと思う。だって、僕と彼女の間に起こる現象は、少し複雑なものだから。
「おはよう。
悩む僕に、彼女――私は、とびきりの笑顔で声をかけた。そんな私に、高羽くんは驚いた表情を浮かべていた。
私が声をかけると、高羽くんはいつも驚いた顔をしてくれる。普段の高羽くんは冷静を装っているから、私だけに向けるこういう顔がなんだかうれしい。
私は、それだけで高羽くんとはもっと仲良くなりたいと思った。
そんな高羽くんは焦った表情で、私に言った。
「不用意に近づくのはやめてくれないかな」
「なんでー? 高羽くんも嬉しいんでしょ?」
「なっ! なんでそうなるのさ!?」
「わかってるくせにー」
私は笑顔の色を変えて、高羽くんを見た。高羽くんはそれを私の思った通りに受け取ってくれて、恥ずかしそうに目を逸らしていた。
ま、嘘だけどね。たぶん嬉しいって思ってるのは、私だけ。でも、高羽くんもまんざらでも無いみたいだし、遠慮する必要は無いよね。
これからもどんどんお近づきになろー!
一人で気合を入れる私を、高羽くんはジト目で見てきた。
「……騙したね」
「あはは、ばれちゃった」
「そりゃそうでしょ。ていうか、きみこそ僕のことそんなふうに思ってたんだ」
「――えっ!?」
高羽くんの思いもよらない返しに、私は顔が熱くなるのを感じた。
ええっ!? 嘘!? 私何を思ったの? たぶん、高羽くんのことが好きなんて考えてないとは思うけど……。実際好きなわけでは無いと思うし。
でも、私高羽くんのこと嫌いじゃない。むしろ一緒にいたいなって思う。なら……好き、なのかな? うーん、わかんない……。
あ、待って待って! わたしそんなこと思って無いから! 覗かないでぇ!
「わぁああ! だめぇ!」
「いてっ!」
――彼女は僕の頭を軽く叩いて、教室の端にいた女の子達のほうに走っていってしまった。その女子グループから、少し冷ややかな視線を受けた。理不尽だ。
だけど、ほら見たことか。結局二人とも恥ずかしい思いをするんだから、近づかないほうが良いんだ。
と、これが僕の悩みの理由。
彼女――中島友香と僕の距離が一定以上近づくと、僕は彼女の心の声が聞こえるようになってしまう。
しかも、ただ単純に声が聞こえるだけじゃない。彼女の心の声が聞こえるとき、彼女も僕の心の声を聞いている。その上、互いに自分の心の声がわからなくなる。自分が何を思っているのか、僕のは彼女、彼女のは僕にしかわからなくなる。
やっぱり、言葉で説明すると少し難しい。
簡単に言ってしまえば、僕と彼女の心の声が入れ替わっているってことだ。
いつどこで、どうしてそうなったのかは、僕も彼女も知らない。と言うか覚えていない。最近のことではあるけれど、気づいた時にはこうなっていたんだ。
だけど、今のままでは不便がすぎる。
こんな状態では、二人のプライバシーなんて無いようなものだし、彼女と距離が近いときに限った話ではあるけど、自分の心の声が聞こえないのでは生活がし辛い。解決策を考えるべきだと僕は思った。
僕は携帯を取り出して、彼女を呼び出すメッセージを打ち込んだ。
放課後。僕らの教室にて、僕と彼女は向かい合っていた。
「呼び出された理由聞いてもいいー?」
彼女がいつもより大きめの声で、そう言った。
僕もあまり大きい声を出すのは慣れていないけど、同じように声を大きくして返す。
「今後のルールを決めようと思って!」
「ルール? 何でー?」
「そうしないと、困るでしょ!」
「私は困らないよー」
「じゃあ何で距離とってるの」
普通の大きさの声で言ったのに、彼女は頬を薄桃色に染めた。
僕らは教室の端と端に立って話しているけど、別に声を大きくしなくても聞こえたらしい。彼女につられて大きな声を出してたけど、良く考えたらそこまで離れているわけではないし、周りが騒々しいわけでも無いから、声を張る必要はなかったみたいだ。
ちなみに、僕らが離れているのには理由がある。
心の声が入れ替わるのは、僕らの距離が近い時だ。具体的に言えば、半径三メートルくらい。教室の端と端では少しばかり大げさだけど、これなら入れ替わることは無いと考えた。
「た、確かにルールは必要だね。うん」
「鮮やかな手の平返しだね」
「それで、どんなルールを作るの?」
「そうだね。まず一番に、極力近づかないことかな」
「それは当然だね。うん」
いつもそっちから近づくくせに。どうやら彼女の手の平は、自由に返し放題みたいだ。
「次に、近づかなきゃいけない場合」
「あ、そっか。それ決めないとすれ違うときとか大変だもんね」
「うん。だからその場合、僕は相手のことを考えないようにするのが良いと思う」
「……どういうこと?」
「きみは僕のことじゃなくて、他のことを考えるってこと。今日の天気とか、空飛ぶ蝶々とか、晩御飯の献立とか」
「ねぇ高羽くん。私のことバカにしてない?」
これが一番の妥協案だと思う。
もう互いの心の声が聞こえてしまうのは仕方ない。その上で問題になるのは、お互いをどう思っているかなんだ。かっこいいとか、かわいいとか、好きとか、嫌いとか。そういうことを思って、知られてしまうから恥ずかしくなる。
だったら、相手のことを考えなければ良いと僕は考えた。
「とりあえずこれだけで良いかな。あまりいろいろ増やしてもきみが守れなさそうだし」
「む、やっぱり私を馬鹿にしているね? ま、でも否定できないからいっか。それだけなら簡単そうだし。よし! じゃあ、お互い気をつけよう!」
「いいんだ……。でも、うん、そうだね」
「じゃあ私帰る! また明日!」
「また明日」
彼女は、元気に笑って去っていった。嵐のような女の子だなと思った。
僕もこれ以上学校にいる意味は無かったから、家に帰ることにした。
あれから数日がたった。今のところ問題なく過ごせていた。
一つ目のルールを僕も彼女も守れているし、たまに範囲内に入ったときは、二つ目のルールで痴態を晒すのはどうにか回避できている。
ただ一つ問題があるとすれば、彼女と話すことが一切なくなったこと。僕に向けられる彼女の笑顔が、僕はわりと好きだったらしい。いざ見なくなると、それはそれで寂しくなった。
でも、もともと僕は独りでいることが多かったから、前の生活に戻ったと考えれば問題はない。誰にでも社交的な彼女と僕では、そもそも生きる場所が違う。何も変わらない。
変わらないはずだけど、どうしてか気になって彼女に目をやった。
「友香行こうよー」
「そうそう、俺達と遊ぼうぜ? 知り合いが大勢くるんだ。絶対楽しいぞ、な?」
「うーん、どうしよっかなー」
彼女は少しだけ困った顔で、チャライ男女二人組みに遊びに誘われていた。反応的に行きたくないみたいだ。
それにしても、ああいう人達とも仲が良いんだ。彼女の交友の広さには恐れ入る。
この前、上級生の人に声をかけられてるのも見たし、下手をしたら彼女は学校の全員と仲が良いのかもしれない。
その後も彼らは熱心に彼女を誘っていた。懲りない人達だなと思う。
僕はそれを横目に、昼休憩だしパンでも買いに行こうと席を立った。
だけど、彼女のいる位置は廊下側の真ん中の席辺りで、これでは前と後ろどちらの扉から出ても範囲にギリギリ入ってしまう。
でも、行かないと僕は昼飯抜きになってしまうし、こういうときの為に二つ目のルールを作ったんだ。他の事を考えていれば大丈夫。
僕はそう簡単に考えていた。
でも――
どうしよう……誰か助けて――
「え……」
一瞬聞こえた声に驚き、思わず呟いて彼女を見た。
彼女と目が合った。彼女もこっちを見ていた。
気づけば、僕は逃げるようにして教室を出ていた。
いろんな感情が頭の中で、ヘドロのように混ざり合っていた。
なんだろう、この感じ。怒り? 困惑? 心配? 後悔? そのどれもが違って、どれもがあっている気もする。
でも、何でそんな気持ちになるんだ? なんで彼女は僕をこんな気持ちにさせる? 彼女はぼくのなんなんだ?
どんどん感情が渦を巻いて整理ができない。冷静さが僕の売りのはずなのに、何度も彼女の顔がちらついて、頭が熱を帯びた。
その後何度考えても、やっぱり僕にはわからなかった。
結局、パンは買い損ねた。
「一回だけで良いから行こうぜ?」
あの後、教室に戻ったときにはいなくなっていたのに、放課後になって隣のクラスの二人組みは、また彼女を囲んでいた。
「……さっきも言ったんだけど、今日は用事があって」
彼女はそういうことにして、逃げることにしたらしかった。
「でもいつも友香家に帰るだけじゃん?」
「そうなん? ならいいじゃーん」
「今日は違くて――」
「よーし、けってーい!」
「ま、待ってよ」
男のほうが無理やり彼女の手を握り、歩き始める。あまり上品とは言えない笑い声をあげて、二人組みは彼女を教室の外へ連れ出そうとしていた。
何故だろうか。僕は何故こんなことをしているのだろうか。最近自分がわからないことが多い。
僕は気づくと、彼女の元へ走っていた。
「き、きみ達! 待って」
――高羽くんの声に、私は驚いて振り向いた。
高羽くん……? なんで……。
「なんだよお前。関係ないやつはすっこんでろよ」
だめ、彼あまり良いうわさが無いの。高羽くん、怒らせる前に謝って! お願い!
「関係なくないよ。僕は中島さんの……」
「中島の、なんだよ?」
そこまで言って、高羽くんは口を噤む。
私のことなんて考えてる場合じゃないよ。
……ねぇ待って。なんで、なんで今そんなこと気づくの。そんなの、ただの錯覚だよ……。
「錯覚なんかじゃないっ!!」
「――っ!」
突然大声を上げた高羽くんに私は驚いた。
けど、すぐに私は理解した。心の声が聞こえたから。
……そっか、高羽くんも一緒だったんだ。本当は私も、最初は自分の気持ちがなんだかわからなくて、戸惑ってた。だけど、しばらく高羽くんと離れてみて、気づいたの。
わたしも、高羽くんのこと――
「――ぼ、僕は、中島さんが好きなんだ! だから、きょ、今日は遠慮して欲しい!」
「……は? え……はぁ? なんだこいつ。頭おかしいのか?」
高羽くんは心じゃなくて、しっかり言葉にして言ってくれた。
なら、私も答えなきゃ。
「……私も、私も高羽くんのことが好きだよ」
「中島? お前までなに言ってんだ?」
「ごめんね。私彼と予定があるの」
「……はぁ? わけわかんねぇ」
修哉くんは私達に呆れ返っていた。
「もう良いよ……。修哉、行こ?」
「……そうだな。しらけちまったし」
そう言って、二人は行ってしまった。
私は声を上げて笑った。
「あははは! 高羽くん、声は私達にしか聞こえて無いのに、あんなこと言ったらおかしいって言われても当然だよ。あははは!」
「う、うるさいな。僕だって必死だったんだよ。あの人、すごい怖かったし……」
「それもわかってたよ。怖い、怖いってずっと言ってたもん。あはははっ!!」
「笑いすぎだよ!」
高羽くんを困らせて、私は笑った。
でも、高羽くん。本当にかっこよかった。助けてくれてありがとう。
それと、
大好き。
「ここでそれは、卑怯なんじゃないかな……」
「あははは! 高羽くん真っ赤、真っ赤! 茹でたカニみたい! あははははっ!」
そう言って笑う私も、きっと耳まで真っ赤だった。
――こうして、僕の悩みは解決……とは言え無いんだろうけれど、悩みは綺麗さっぱり無くなった。
それからは、僕と彼女――友香は付き合うことになって、二人で新しい道を歩み始めた。
あの不思議な現象は、高校を卒業する頃にはなくなっていた。でも、その後も僕らは心の内を隠さず、さらけ出すようにしている。それがうまく人と付き合っていくコツだと、あの不思議な現象に教えられたから。
今思えば、あれは神様が僕と友香にくれた赤い糸の代わりだったんだと、大人になった僕は思う。
だから、とりあえず僕は神様に感謝しておいた。
「
「ごめん、今行くよ友香」
僕はそう言って、また今日も幸せな一日へと足を踏み出した。
きみの心は僕のもの。僕の心はきみのもの。 スパイシー @Spicy
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