終章
終章
山吹久子は望みどおり卯井彦太郎に抱かれながら、毒の入った注射をみずからの首に刺して死にました。
彦太郎は大いに動揺しましたが、褌にさしこまれていた告白状にやがて気づき、一気に読みとおすと、すべてを理解し、遺体を抱きしめ、ナイフでみずからの首をつき刺してあとを追いました。
二人は切株の上で彫像のようにぴったりとくっついていました。
台座となった切株は、もとは立派な人参果の幹でした。
中国の人参果は実在しましたが、実が芽をだす前に、切り倒されました。「臨終」の芝居に自分の赤んぼうを使われたあげく久子の不注意によって殺された家族が、腹いせに久子の崇めたてまつっていた木をだめにしたのでした。彼らは人参果のことはなにも知りませんでした。
一九四五年五月九日、抱きあって死んでいるのを発見された日本人夫婦は、現地民によって切株ごと焼かれました。
それから四十九日後、日本の人参果にひとつの芽が生えました。芽はおよそ二か月後、赤んぼうそっくりの実に成長しました。そっくりどころか、乳児そのものでしたが、ただひとつ、口が欠けていました。
GHQが収穫し、研究機関に運んで皮膚から栄養を注入しましたが、小さな体は受けつけず、まもなく鼓動を停止しました。
泣くかわりに口のない皮膚をぴくぴくと動かしてやまなかった赤んぼうは、死んでなお抗議しているようでした。
〝うるさいと思われて育てられるぐらいなら、口なんかいらない〟と。
【了】
隣の音 吉津安武 @xianglaoshe
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