レイチェルとサトー

『シャバの空気はおいしいね』

「言い方悪いし、空気の味なんてわからんだろうに……」


乗ってくれればいいのに、あくまでマイペースなやつである。今日は念願の、いやそんなに願ったりしてたわけでも無いけど、初外出の日である。ちなみにわたしは携帯できるデバイスに、というかぶっちゃけスマホみたいなのを介して見たり聞いたりしている。サトーの胸ポケットからカメラレンズを出す形で収まっている。


「まぁ、その分なら接続状況は良さそうだな。行くぞ」

『どこに?』

「とりあえず適当にここらを回ってみようと思う。なんか気になることがあったら言って」

『了解』


サトーは片方だけイヤホンをしていて、そこからわたしの声が聞こえているらしい。これで独り言とは思われないはずだ、とは彼の言。それで怪しまれないにしても、白衣着たまんまだから目立つと思うんだけどなぁ。それはまた今度ツッコむとしよう。


それにしも、歩くのおっそい。やっぱり研究者だから筋力とかがあんまり無いんだろうか。わたしも研究者みたいなもんで、体力が無かったからそうだろうと思ってるけどどうだろう。胸ポケットからでは顔が見えなくて、へばっているかが休みでもしない限りわからない。へばってたら真正面からバカに出来てたのし……ってさすがに相手がサトーでも失礼でしょ。親しいからって甘えてばかりではいけないのだ。レイチェルは今回の件でまた賢くなったんだよ。……うわぁ名前一人称って頭悪そう。インテリジェンスなわたしには合わないな。封印しておこう。


視界が動いた。


「あれ?半径1キロは行けるはずだったけど切れてるのか?」


黙ったわたしを訝しんでサトーがポケットからスマホを出したらしい。燦々と輝く太陽が眩しい!眩しいよ!?


『目を潰す気か!!!』

「ぎいぇっ!?鼓膜がっ………」

『だからとりあえず眼を太陽から外してって』

「あ、おう。ごめんごめん。……なるほど、太陽は効くのか」

『効くのか?じゃないよわたしは基本的に暗い環境だったでしょうが!』

「なるほど……」

『納得するとこじゃないでしょ』

「だな。はは……」

『何笑ってんの』

「こんな感じでとりとめのない話をしてたなーって」

『なんで過去形?』

「これの開発に集中してたのと気まずかったのでそれなりに喋って無かったからさ。なんか懐かしくなったというかは」

『懐かしくなるほど長くもないでしょ……』

「思い出?にはなってたんだろうな」


わたしと喋ったりするのが思い出、か。………なんか反応に困る。


『クックック……その調子で我が野望も叶えてもらおうか……』


バーチャルユーチューバーになりたいという野望を、ね。


「なんだよ野望って。テンションもおかしいし」

『あ、あれなんだー?』

「どれだよ」

『あの橋みたいな、看板のやつだよ』


ため息が聞こえた。話の逸らし方が雑すぎたかな。


「Ark……って通りの名前じゃん。この通りの名前の看板だよ。アーカム・ストリートって言うんだよ」

『アーカム?』

「この地域を元ネタにした小説があって、その小説での街の名前がアーカムだったらしい。そこから通りの名前として取ったらしい」

『へぇ〜』


わたしが見えるようにならなければ知り得なかったことがある。これからも知らなかったことをわたしは知っていくんだろう。


今はポケットに入れられたままだけど、近いうちにサトーのとなりに立てたらいいな、なんて。そんなことを思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レイチェルとサトー 亀馬つむり @unknown1009

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ