第28話 いつかの未来への約束
あの日から、数日が経った。
今日は、ついにお姉ちゃんとたもっちゃんの結婚式だ。
ピンポーンと鳴るチャイムの音に玄関のドアを開けると、スーツ姿の貴臣君がいた。普段見慣れている制服姿とは違う格好に、ドキドキしてしまう。
「おはよう」
「た、貴臣君! おはよう!」
お姉ちゃんとたもっちゃんの強い希望で呼ばれた貴臣君は、お父さんの運転する車に乗って一緒に行くことになっていた。
「でも、本当に俺までよかったの……?」
「何が?」
「や……その、わざわざ車に乗せてもらわなくても、自力で行くことだって――」
「いいのよー」
私たちの声に気付いたお母さんがリビングから出てきた。
「あ……おはようございます!」
「おはよう。ごめんね、真尋たちが無理言っちゃったみたいで」
「いえ……嬉しいです」
貴臣君の返事に、お母さんは嬉しそうに微笑む。
そんなお母さんの後ろから、お父さんが顔を出した。
「おや……?」
「あ、あの……はじめまして! 今日車で一緒に乗せて行っていただけるということで、甘えてしまってすみません」
「ああ、君が保君の教え子か。いやいや、気にしなくていいよ」
「……別にたもっちゃんの教え子ってわけじゃないけどね」
思わず呟いた私の言葉に……お父さんが反応する。
「それは、どういう意味だ……?」
「え、あの……」
「俺は保君の教え子だって聞いてたが……」
「私は美優の彼氏だって聞いてたわよー」
「なっ……!!」
お母さんの一言で、お父さんの表情が凍りついた。
「何、え、は……そ、それはどういう……」
「お父さん、日本語になってないわよー」
「俺は聞いてないぞ!」
「……言ってなかったっけ」
「言ってない!」
「そういえば言うの忘れてたわねー」
今にも卒倒しそうなお父さんにいろいろ説明していると、貴臣君が……何かを決意したようにギュッと手を握りしめるのが見えた。
そして――。
「おとうさん」
「……お父さんじゃない!」
「あ、えっと……美優さんのお父さん。俺、桜井貴臣っていいます。美優さんと、お付き合いさせていただいています」
「っ……子どもが、何を言って……」
「なっ……」
その言葉に声を荒げそうになった私の腕を、貴臣君が優しく掴んだ。
「でも……」
「いいから。……確かに、おとうさんから見たら僕らはまだまだ子どもかもしれません。でも、それでも……本気で付き合ってるんです」
「本気って……」
お父さんは、貴臣君をジッと見つめる。
そんなお父さんから視線を逸らすことなく、貴臣君も見つめ返していた。
どれぐらいの時間が経っただろう――。
根負けしたように、お父さんが視線を逸らした。
「貴臣君、といったか」
「はい」
「君はその……美優との結婚を考えてたりするのか」
「お父さん!」
「うるさい! 本気だと言っただろ! なら……」
「今は、考えてません」
突然のお父さんの言葉に動揺している私とは反対に、貴臣君は冷静に、そう言った。
その言葉に、ショックを受ける。
そりゃ確かにそうかもしれない。でも……嘘でも、考えているって言ってほしかった……。
こんなにおめでたい日に、何もそんなことを言わなくても……。
貴臣君にこんなことを言わせたお父さんにだんだん腹が立ってくる。
でも……。
「考えて、ないのか……?」
「今は、ですけど」
「それは……」
貴臣君の言葉にショックを受ける私とは違い、お父さんは真剣な表情で貴臣君を見つめていた。
「今は、か」
「はい」
「そうか。……じゃあ、その時が来たらまた聞かせてもらうよ」
「ありがとうございます」
そう言うと……貴臣君はお父さんに頭を下げた。
お父さんはそれ以上何も言わず……お母さんはニコニコと笑っているだけだった。
お父さんの車に乗り込み、私たちはお姉ちゃんたちが待つ教会へと向かった。
「凄い……。ここで結婚式するんですか?」
「綺麗……」
「ホントだね」
辺りを見回した貴臣君は思わず感嘆の声をあげる。
でも、その気持ちは分かる。連れて行かれたところは森の中にある小さな教会で、まるでおとぎ話にでもでてきそうなそこは、たくさんの花に囲まれたとても素敵なところにあった。
さっきの出来事で拗ねていたはずの私も、そんなことを忘れてしまうぐらいの景色に、思わず貴臣君と一緒に歓声を上げてしまう。
「――機嫌なおった?」
「別に……」
悪くなんかないもん、そう言おうとした私の言葉を遮ったのは――。
「お、美優。着いたのか。どうだ? 凄いだろ」
「たもっちゃん……!」
教会の扉が開いたかと思うと、中からタキシード姿のたもっちゃんが出てきた。
あまりのカッコ良さに、思わず声を失った。
「ん? 何、見惚れてんだよ」
「だ、だって!」
からかうようにたもっちゃんは言うと、私の頭に手を伸ばした。
「美優も可愛いなー。ドレスよく似合ってるよ」
「っ……」
その言葉にドキドキしてしまう――。
ダメダメ、たもっちゃんは今からお姉ちゃんと結婚式をあげるの。
それに私には――。
「先生、それセクハラですよ」
その声が聞こえたのと同時に、私の頭を撫でようとしていたたもっちゃんの手が振り払われた。
「貴臣君!」
「ったく。結婚式当日に教え子にセクハラとかやめてくださいよ」
「おー、桜井。今日は来てくれてありがとな」
貴臣君の言葉なんて聞こえていないかのようにたもっちゃんは笑うと、ガシガシと貴臣君の頭を撫でた。
「ちょ、やめ……やめてください」
その手を振り払うと、貴臣君は私に言う。
「藤原先生ってこんな人だったっけ?」
「こんな人だよ。でも……いつもの三割増しぐらいでテンション高いかな」
「三割……。まぁしょうがないか」
こんな日に、テンションが上がらない方が変だよねと貴臣君は苦笑いする。
そんな貴臣君の隣で、私はこの一年のことを思い返していた。
あの日、貴臣君が告白してくれなかったら……今こうやってこんな気持ちでここに立っていることは出来なかったと思う。
いっぱい泣いて、いっぱい喧嘩したけれど、でも……。
「貴臣君」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「内緒」
笑う私に、変なのと言いながら貴臣君も笑った。
「そろそろ中に入ってください」
式場の人の呼び声で、教会の扉が開かれる。
テレビの中でしか見たことのなかった教会は……厳かな空気を纏っていた。
「緊張するね」
「うん……」
貴臣君とわかれて親族の席へと向かう。
パイプオルガンの音楽が流れ始めると……いよいよ結婚式が始まった。
「新郎の入場です」
司会の人の言葉とともに、教会の扉が開かれると……たもっちゃんが入ってきた。
そこにいたのは、普段のおちゃらけているたもっちゃんとは違って……きりっとした大人の男の人だった。
たもっちゃんが神父さんの前に立つと、扉が閉められた。
そして――。
「新婦の入場です」
扉が開くとそこには、お父さんの隣に立つお姉ちゃんの姿があった。
「っ……」
純白のウェディングドレスに身を包んだお姉ちゃんは――今まで見たどの花嫁さんより綺麗だった。
結婚式は滞りなく進み、あとはブーケトスと写真撮影を残すのみとなった。
先に退場させられた私たちは、教会の外でお姉ちゃんたちが出てくるのを待っていた。
「綺麗だったね」
「そうだね……」
「私もいつか……」
お姉ちゃんのウェディングドレス姿を思い出しながら、ぼんやりと私は思う。
いつか、あんなふうに大切な人と一緒に……。
「憧れる?」
「当たり前だよ!」
「そうなんだ」
興味なさそうに言われて、がっかりする。
やっぱり、さっきお父さんに言ってたみたいに私との未来なんて、貴臣君は考えていないのかな……。
私が思い描く結婚式で隣にいるのは、貴臣君の姿なのに……。
「あ……!」
そんなことを考えていると、教会の扉が開いた。
歓声に包まれて、お姉ちゃんとたもっちゃんが出てくる。
「それでは、未婚の女性の方は――」
司会の人がブーケトスの案内をしているのが聞こえる。
お姉ちゃんが後ろを向くと、カウントが開始された。
「5……」
「それじゃあさ」
「え……?」
「4……3……」
「いつか大人になったら」
「2……1……」
「またここに来よう」
「きゃー!!」
貴臣君がそう言った瞬間……何故かみんなの視線がこちらへと向けられた。
「え……?」
「美優―! う――え――!」
「上?」
お姉ちゃんの言葉に、空を見上げると……風にあおられたブーケが私たちの方へと飛んできているのが見えた。
「えっええええ!?」
「っと」
思わず目をつぶってしまった私は……一瞬の間の後聞こえたみんなの笑い声にそっと目を開けた。
そこには……ブーケをキャッチした、貴臣君の姿があった。
「貴臣君……?」
「えーっと……男性の方がキャッチしたのでやり直しを……」
司会者の人がそう言っているのが聞こえたはずなのに……その声を無視すると、貴臣君は私にブーケを差し出した。
「え……?」
「ブーケを受け取った人が次の花嫁さんになるんでしょ? なら……」
私にブーケを手渡すと、貴臣君はニッコリと笑うと言った。
「次のお嫁さんは、美優だね」
「っ……」
「もちろん――その時、隣にいるのは俺だよ」
そう言うと、貴臣君は――私の唇にそっとキスをした。
キャーッという悲鳴にも似た声が聞こえる。
でも、貴臣君はいつものように微笑むと
「約束だよ」
と、囁いた。
「な、な……」
「ん?」
「だ、だって……さっき!」
「さっき?」
ブーケトスの失敗で中断してしまったけれど、やり直すためのブーケをもらうと、他の参列者の視線は再びそちらへ向けられていた。
私たちを除いて。
「お父さんに言ってたじゃない! 私との将来は考えてないって」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ!」
貴臣君は何かを思い出すような表情をした後、ふっと笑った。
「美優、それ勘違いだよ」
「勘違い?」
「俺が言ったのは、今は考えていません。だよ」
「一緒じゃないの……?」
「違うよ」
貴臣君は私の手からブーケを取ると、花を一輪抜いた。
「あれはね、今はまだ結婚できるような年じゃないから考えられないけど、その時が来たら美優を幸せにしますっていう俺からおとうさんへの宣言だよ」
「え……?」
その花を、貴臣君は私へと差し出した。
「いつか必ず美優のことを世界でいちばん幸せな花嫁さんにするから……その日まで、俺の隣でいて下さい」
貴臣君の言葉に重なるように、教会の鐘が鳴った。
「はい」
貴臣君の手からそれを受け取ると――私たちはもう一度キスをした。
いつかあの鐘の下で、永遠の愛を誓う日を夢見て。
13歳、まだ本当の恋は知らない 望月くらげ @kurage0827
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