第12章 いつかの未来への約束
第27話 いつかの未来への約束
春が来て、私たちは三年生になった。
相変わらず、特進クラスの貴臣君とはクラスが別だけど、今年は同じ棟に教室があるから去年よりは学校で顔を合わす機会が増えた。
とはいえ、特進のA組とF組では廊下の端と端ぐらいの距離があるので、実際はどちらかが会いに行かないと偶然会うことはないに等しいんだけれども……。
「でさ、今度――」
「あ、貴臣君だ」
そんなことを思っていると、教室の外から覗きこむ貴臣君の姿が見えた。
隣の席の男子にごめんねと言うと、私の姿に気付いて微笑みながら手を振る貴臣君の元へと駆け寄った。
「どうしたの?」
「ん? 会いたくなっちゃって」
「っ……! こ、ここ学校だよ!?」
「だからだよ」
理由はよくわからなかったけど、貴臣君はニッコリと笑うと、私の席のあたりを見つめていた。
「油断も隙もない……」
「何か言った?」
「ううん、なんでも。そうだ、美優今週の日曜日のことだけど」
歩き出すと、小声で貴臣君は言う。
今週の日曜日――。
「あれ、本当に俺行ってもいいの?」
「お姉ちゃんとたもっちゃんがいいって言ってるからいいと思うけど……」
「でも、いくら美優と付き合ってると言ってもやっぱり……」
「いいっていってるだろ」
「たも……藤原先生」
持っていたノートで貴臣君の頭を叩くと、たもっちゃんは笑った。
去年担任だったたもっちゃんは、今年はB組の担当になったから私の担任ではなくなってしまった。
でも、こうして姿を見つけると話しかけてくれるのがくすぐったくてなんだか嬉しい。
「どうせ身内と数少ない友人しか来ないんだし、お前が来た方が美優も嬉しいだろ?」
「うん!」
「そう、なんですかね……。じゃあ、行かせてもらいます」
「そうしろ、そうしろ」
ケラケラと笑うと、たもっちゃんはB組の方へと歩いて行く。
「浮かれてるね」
「まあ、しょうがないよね。でも、数日前までげっそりとしてたよ」
「そうなの?」
「うん、なんかやってもやっても作業が終わらないーってお姉ちゃんと二人して、うちのリビングで必死に何か作ってた」
「へぇ……。楽しいだけじゃないんだね」
貴臣君は意外そうな顔をして、歩いて行くたもっちゃんの背中を見ていた。
「ってか、さ」
「え?」
たもっちゃんの背中を見ていたはずの貴臣君が、突然私の方を振り返った。
「さっきの何」
「何って……」
「先生に話しかけられた瞬間、嬉しそうな顔してさ」
「そんな顔してた……?」
「してたよ。あれじゃあまるで……」
「貴臣君……?」
貴臣君は何かを言いかけて、やめる。
「どうかした……?」
「別に何でもないよ」
何でもないと言うわりには、不機嫌そうに目を逸らす。
どうしてしまったんだろう……。
「あ、予鈴だ。そろそろ教室戻らないと」
話しながら歩いているうちに、いつの間にか中庭まで来てしまっていた。
予鈴が鳴り始めて、中庭にいた他の子たちものろのろと校舎へと入っていく。
貴臣君のクラスは私よりも遠いから、早く戻らないと――。
「あの、さ」
「え?」
「さっき話してた男子って……」
「園部君?」
「いや、名前はどうでもいいんだけど……」
珍しく歯切れが悪い。
どうしたんだろう……。
「その……仲良いの?」
「え、あ……それって……」
「ごめん! やっぱり今のなし!」
「貴臣君……?」
「気にしないで」
もしかして、さっきのたもっちゃんの話も……。
後ろを向いてブツブツと言っている貴臣君の姿を見て、思わず緩んでしまいそうになる頬を、必死で隠す。けれど、貴臣君はそんな私に気付いた。
「何、笑ってるの」
「笑って、なんか……」
「最近美優、余裕そうだよね」
「え……そうかな……?」
余裕と言われると変な感じだけど……確かに貴臣君とこうやって一緒の時間を過ごすことに少しずつ慣れ始めて来ていた。
「前はあんなに赤くなったり恥ずかしそうにしてたのに」
「そう、かな」
「もうドキドキしなくなった?」
「そ、そんなことないよ」
「ホントに?」
「ホントだよ!」
貴臣君を好きな気持ちに変わりはない。むしろ前よりももっともっと好きになったぐらいだ。
「ふーん……? じゃあ、証拠見せてよ」
「しょ、証拠って……」
ほら、と少し拗ねたような表情で貴臣君は言う。
証拠……いったいどうすればいいんだろう。
「それともやっぱり、もう俺のことなんて……」
「っ……そんなことないよ!」
こうなったら……。
私は覚悟を決めて、貴臣君の腕を引っ張ると……中庭の木の下で、貴臣君の頬にキスをした。
「っ……これで、信じてくれた?」
「…………」
「貴臣君の、バカ!」
頬を押さえたまま動かない貴臣君をその場所に残すと……私は、校舎へと向かって走った。
バカバカバカ! 貴臣君のバカ!
信じてもらえないどころか、証拠を出せなんて言われると思わなかった。
そんなに、私の想いは信用ないのかな……。
「美優!」
誰かが、私の腕を掴んだ。
「…………」
「怒ってる?」
「怒ってる」
「ごめん……」
振り返ると……焦った表情の貴臣君が、そこにはいた。
「何であんなこと言ったの……?」
「――美優が」
「え?」
「先生に話しかけられて嬉しそうだったから」
ポツリと貴臣君は言う。
先生って、たもっちゃんのことだよね……?
でも……。
「たもっちゃんはお姉ちゃんの旦那さんだよ……?」
「でも――美優が前まで好きだった人じゃないか」
「それは……」
「他のやつは我慢できる。でも……先生は、ダメなんだ……」
両手を固く握りしめる貴臣君の手を、そっと握りしめる。
「ごめん」
「ううん、私こそ、そんなふうに貴臣君が思ってたなんて知らなくて、ごめん」
そっと貴臣君の手を開くと、私は指先を絡め取った。
「私が好きなのは、貴臣君だよ」
「知ってる」
「もうたもっちゃんのこと、なんとも思ってないよ」
「うん」
私の手をギュッと握りしめると、貴臣君は言った。
「カッコ悪いね、俺」
「え……?」
「美優の前では、カッコつけてたかったのに、なんか……ダメだ……」
「貴臣君……」
胸がキュッとなる。
普段は私の方がいっぱいいっぱいで、何度も貴臣君を困らせてきた。
なのに……。
「ごめんね……?」
「別に美優は悪くないよ。俺の気持ちの問題だし……」
「じゃあ……ありがとう?」
「それも変だよね」
私の言葉に、貴臣君は笑う。
そして、繋いだ手を引き寄せると――私の身体を抱きしめた。
「きゃっ……」
「好きだよ」
「貴臣君……」
「美優のことが、大好きだよ」
抱きしめられた身体から伝わる体温が心地いい……。
この体温をずっと感じていたくて、私も貴臣君の背中に手を回すとギュッと抱きしめた。
そして――小さく背伸びをすると、貴臣君の耳元で囁いた。
「私も、貴臣君が、大好き!」
顔を見合わせた私たちは、お互いの赤くなった顔を見て、もう一度笑った。
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