第26話 どうしても伝えたくて
「どこに行くの?」
「秘密」
行き先を尋ねるけれど、何故か貴臣君は教えてくれない。
駅の方に向かっているのはわかるけど……どこに行くんだろう。
「はい、これ」
その答えは、改札口の前で渡された切符を見て分かった。
「これって……」
まさか、という気持ちと多分そうだと思う気持ちが入り混じる。
でも、あそこだとしたらどうして……。
理由が分からずに悩んでいる間に、電車は目的地に着いた。
そこは予想通り――たもっちゃんにフラれた、あの遊園地だった。
「どうして……」
「……ここってさ、遠足の定番なんだよね」
「え……?」
「それに、よくバラエティとかテレビドラマでも使われるし」
「それが、どうしたの……?」
貴臣君の言葉の意味が分からなくて思わず尋ねると、苦笑いをしながら貴臣君は言った。
「この場所に触れる度に……先生のことを思い出して、美優が悲しくなるのが嫌なんだ」
「っ……」
「っていうかさ、そのたびに先生のこと考えちゃうでしょ? だったら、ここを俺との思い出で上書きして、先生とのことなんて忘れてくれればって、思って……」
照れくさそうに貴臣君は笑うけれど……私は、そんな貴臣君の気持ちが嬉しくて……何も言えないまま立ち尽くしていた。
「美優……? ごめん、気持ち悪かった? 変なこと言ってごめんね!」
心配そうに言う貴臣君に必死に首を振ると、
「ありがとう」
そう伝えるので、精一杯だった。
「……行こうか」
「うん……」
微笑む貴臣君に促されるように、私たちは遊園地の中へと足を踏み入れた。
あの日と何も変わっていない遊園地。
違うのは、私の気持ちと――隣を歩くのが貴臣君ということだけ。
「何に乗ろうか?」
「貴臣君絶叫マシーン得意?」
「得意だよ! 美優は?」
「私も!」
私たちは、一つ、また一つと乗り物に乗る。
その度に、悲しい思い出が楽しい思い出へと変わっていく。
「美優、楽しい?」
「楽しいよ! 貴臣君は?」
「俺も楽しい!」
はしゃいで、叫んで、子どものように笑い合っていると、だんだんと悲しい思い出が、消えていくのを感じていた。
全部、全部貴臣君のおかげだった――。
そして――気付けば乗っていない乗り物のは、あと一つだけになっていた。
「最後は、観覧車だね」
「……うん」
これは……これだけは……どうしてもあの日の出来事をひしひしと思い出してしまう。
たもっちゃんに好きだと伝えたときの感情が、たもっちゃんの表情が蘇る。
「っ……」
どうしよう。
貴臣君が待っているのに、足が動かない。
助けて……。
「……悔しいな」
「え……?」
ポツリとつぶやくと、貴臣君はしゃがみ込んでしまう。
「ど、どうしたの……?」
「フッたあとも美優にそんな顔させるなんて、先生ズルいよ」
「えっ……」
「なんてね。ヤキモチ、妬いちゃった」
へへっと笑うと、貴臣君は立ち上がって……私の手を取った。
「ね、一緒に乗ろう?」
ギュッと私の手を握りしめる貴臣君の手のひらから温もりが伝わってきて……私は、気付くと小さく頷いていた。
「気をつけてね」
あの日と同じように、観覧車に乗り込むと……私たちは向かい合って座った。
だんだんと地上が遠くなっていく……。
「ね、美優」
「え……?」
「聞いてもいい?」
外の景色を見ながら、貴臣君が口を開く。
「もしかしなくても、ここで告白したの……?」
「っ……」
「そっか」
思わず言葉に詰まった私を見て、貴臣君は困ったように、笑う。
「分かりやすいなぁ、美優は」
「ごめん……」
「……なんて」
「え……?」
「なんて言ったの?」
「っ……」
貴臣君と、目が、合う。
「言ってよ、美優。先生になんて告白したのか、教えてよ」
目が、そらせない。
「っ……」
「……ごめん」
貴臣君は私から目を逸らすと、小さな声でそう言った。
「ごめん、ダメだ。上書きするだのなんだの言ったくせに……カッコ悪い……。結局、俺の方が気にしてる……」
「そんな……」
「情けないやつでごめんね。さっきの忘れてくれて――」
「好きです」
「え……?」
私の突然の告白に、一瞬驚いた顔をした後……貴臣君は泣きそうな顔で笑った。
「そう言ったの? 先生に」
「……違う」
「え?」
意味が分からない、そう貴臣君の顔には書いてあった。
だから、私はもう一度――今度は、誤魔化さずに、告げた。
「私は、貴臣君が、貴臣君のことが好きです」
「美優……?」
「辛い時も、悲しい時も、いつもそばにいてくれてありがとう。悲しい想いをさせたり、傷付けたりしてごめんなさい。でも……」
涙で、言葉が詰まる。
でも、これだけは、最後まできちんと伝えたい。
私の、貴臣君への気持ちだから……。
「でも、私……貴臣君のことが好きなの」
「美優……」
私の名前を呼ぶ貴臣君の声が、とまどっているのが分かる。
どうしよう……私、何か間違えたのかな――。
「ごめん」
「え……?」
貴臣君の言葉の意味が分からなくて……一瞬、呼吸が止まった。
今、なんて言ったの……?
ごめんって、どういう……。
「カッコ悪くて、ごめん!」
そう言って貴臣君は私の腕を掴むと……そのまま、私の身体を自分の方へと引き寄せた。
ガタンという音がして、観覧車が大きく揺れる。
私の身体は……貴臣君の腕に包まれるようにして、抱きしめられていた。
「俺も、美優が好きだ」
「貴臣君……」
「あの日、美優に初めて恋をしたあの日から、ずっとずっと美優のことが好きだった。でも……実際に美優と話をするようになって、もっともっと惹かれていった」
「っ……たかお、みく……ん」
「新庄美優さん」
「は、い……」
真剣な表情で、貴臣君は私の名前を呼んだ。
「初めて会ったあの日から、あなたのことが好きでした。……俺と、付き合ってください」
「っ……」
「返事、聞かせてくれないの?」
「はい……!」
私の答えに、貴臣君は抱きしめる腕の力を強めると、耳元で囁いた。
「大事にするから。もう絶対、泣かさないから」
その言葉が嬉しくて……私は、貴臣君の背中に手を伸ばすと、少し震える身体を、ぎゅっと抱きしめ返した。
遊園地からの帰り道、貴臣君は何かを思い出したようにポケットに手を入れた。
「遅くなっちゃったけど、これ」
「え……?」
「誕生日プレゼント」
「いいの……?」
小さな紙袋を受け取ると、恥ずかしそうに貴臣君は言う。
「ホントは告白して、それから渡そうと思ってたのに、それどころじゃなくて忘れてた」
「ふふ……」
「ホント、今日の俺カッコ悪い」
「そんなことないよ。……ね、開けてもいいかな」
「うん」
紙袋の中には小さな石のついたヘアピンが入っていた。
「その、何がいいか分からなくて……でも、それなら学校とかにもつけていけるかなって思って」
「嬉しい……! つけてみてもいい?」
「え、あ……うん」
袋から取り出したそれを、私は髪につける。
鏡がないから自分では見えないけど……。
「どう、かな」
「可愛い」
「ホント?」
「うん、凄く可愛い」
貴臣君は少し赤い顔で、そう言った。
そして……。
「あれ? まだ何か入ってる」
「っ……ちょ、ちょっと待って」
「カード?」
慌てたように貴臣君はそれを取り上げようとするけれど、それより早く私は見てしまった。
「“来年も再来年も、またこうやって一緒に誕生日を過ごせますように”……。これって……」
「あーもう……。それは家に帰ってからでよかったのに……」
「ありがとう……。嬉しい」
「まあ、そういうことです」
照れくさそうに顔をそむけると、貴臣君は言う。
「来年は……もうちょっとカッコつけさせてね」
「ふふ……楽しみにしてる」
「じゃあ……また」
「うん、また……」
離れるのは名残惜しいけれど……でも、これからはいつだってこうして出かけられるから――。
「気をつけて帰ってね」
「うん……美優、大好きだよ」
「っ……!」
そう言うと、貴臣君は手を振って走り去った。
残された私は、赤くなった顔が冷めるまで家に入ることができずに、その場に立ち尽くしていた……。
次の日の学校で、ゆきちゃんと美咲に貴臣君とのことを報告した。
二人とも喜んでくれていたけれど……ゆきちゃんは、よかったねと言ったあと、ちょっとだけ泣いていた。
ごめんね、なんて言うのは間違っていると分かっているけれど……その涙に、私はほんの少し胸が痛んだ。
「月日が解決してくれるよ」
相談した私に、美咲はそう言って微笑んだ。
その言葉通り、春休みを迎えるころには、ゆきちゃんの表情も少し明るくなってきていた。
「二年生、終わっちゃったね」
「そうだね」
「クラス替え嫌だー! 美優やゆきちゃんと同じクラスだといいなー」
誰もいなくなった教室で、こうやって話をするのも久しぶりな気がする。
貴臣君とのことがあってからどうしてもゆきちゃんのことが気になって、なかなか顔を合わせられずにいた。
「ね、美優さ」
「え?」
「私のこと、避けてたでしょ」
「っ……」
そんな私の態度は、ゆきちゃんにはお見通しだったようで。
「ごめん……。避けてた訳じゃないんだけど……」
「気を使わせちゃって、ごめんね」
「ちが……」
「でも、もう大丈夫だよ」
「ゆきちゃん……」
ゆきちゃんは、ふんわりとした笑顔を浮かべる。
「ホントはね、まだちょっとだけ切なくなる日もあるけど……でも、なんとなく、もう大丈夫な気がするんだ」
「ん……」
「だから――」
そう言うとゆきちゃんは、教室の入り口を指差した。
「行っていいよ」
「っ……ゆきちゃん」
そこには、困ったような表情で教室を覗き込む、貴臣君の姿があった。
あの日から、学校では貴臣君と会わないようにしていた。
それが、私にできるせめてものゆきちゃんへの償いだと思ったから。
でも……。
「今度は、正真正銘、私が呼んだんだよ」
「え……」
「美優のこと、迎えに来てあげて、ってね」
「ゆきちゃん……」
「私のために、色々考えてくれてありがとう。でも、大丈夫。だから、もういいよ」
ゆきちゃんの笑顔が滲んで見える。
私の頬を伝った涙が、机の上にポタポタと落ちていくのが見えた。
「っ……ホントに?」
「ホントだよ」
「無理してない?」
「してるっていったらどうする?」
「貴臣君に帰ってもらう!」
「もう……バカなんだから」
ゆきちゃんは涙でぬれた私の頬をハンカチで拭うと、もう一度笑った。
「ほら、桜井君待ってるよ」
「うん……」
「また、新学期にね」
「うん……」
涙で言葉にならず……頷くことしか出来ない私の背中を押すと、貴臣君の元へと追い立てられる。
「もういいの?」
「いいんだって……」
「そっか、よかったね」
「うん……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなくて俯く私の頭を、貴臣君は優しく撫でた。
「帰ろうか」
「うん……」
手を繋ぐと、私たちは並んで帰り道を歩く。
十三歳だった私は十四歳になって、今日中学二年生が終わった。
子どもというには幼すぎず、大人というにはまだまだで。
そんな子どもと大人のはざまにいた私たちだけど、真剣に恋をしてました。
大人たちは、そんなのままごとの恋に過ぎないと笑うかもしれないけれど、それでも泣いて怒って笑って、ホントの本気で恋をしました。
「どうしたの?」
「ううん、もうすぐ三年だなーって思って」
「あっという間だったなー」
十三歳の私は、恋も友情も上手くできずにたくさん泣いて泣かせて怒って怒らせてきました。
十四歳の私は、どんな一年を過ごすのかな……。
「まあでも、受験もないし、いっぱい貴臣君と過ごせるね!」
「受験はないけど、内部進学のテストはあるよ?」
「う……それ、言わないで……」
「一緒の高校に通いたいから、落ちないでね」
ニッコリと笑う貴臣君の手をギュッと握りしめると、ちょっとだけ誤魔化すように私も笑う。
そんな私を、貴臣君はしょうがないな、と笑った。
「いざとなったら、俺が勉強見てあげるよ」
「ホント?」
「その代わり、俺厳しいからね」
「はーい!」
十四歳の春は、もうすぐそこまで来ている。
早々と咲き始めた桜の下を、貴臣君と並んで歩きながら、期待に胸を膨らませていた。
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