第11章 どうしても伝えたくて
第25話 どうしても伝えたくて
待ちに待った誕生日。朝からそわそわしながら、何度も洋服を着替えていた。
おかげでベッドの上は、クローゼットから出してきた服で小さな山が出来ていた。
「やっぱりさっきの方がいいかな……。でも、ワンピースの方が可愛い気もするし……」
「何やってるの?」
「お母さん!」
呆れたように、お母さんが私の部屋を覗いていた。
「お父さん、へこんでたわよ」
「そんなこと言われても……」
「美優までお嫁に行っちゃったらどうしたらいいんだ、だって」
「お嫁って……。早いよ……」
呆れたように言う私に、お母さんは困ったように笑う。
実は、今日出かけるにあたって、お父さんと一悶着あった。
お姉ちゃんが結婚して家を出てからというもの、お父さんは私を猫かわいがりするようになった。まるで結婚して出て行ったお姉ちゃんの分も合わせたかのように。
門限だってそんなに厳しくなかったのに最近じゃあ六時を過ぎると文句を言われるようになったし、少し遅くなろうものなら車で迎えに行くと電話が来る。
今日だって――誕生日と土曜日が重なったおかげで、仕事が休みのおとうさんが家にいるもんだから、やけに張り切っちゃって……。
「パーティするんだって楽しみにしてたものね……」
「夜には帰ってくるから、その時でいいじゃん」
「そうよねぇ。まぁでも、寂しいのよ。真尋が結婚して」
「それは分かるけど、だからって私に向けられても困るよ」
私の言葉にお母さんは苦笑いすると、小さな箱を取り出した。
「何これ?」
「お母さんからの誕生日プレゼント」
「え、ホント! 嬉しい! ね、開けてもいい?」
「どうぞ」
ニッコリと笑うお母さんにもう一度お礼を言うと、私は包み紙をそっと開けた。
箱の中身には、可愛いケースに入ったリップグロスが入っていた。
「これ……」
「学校にはダメだけどね。今日デートなんでしょ?」
「知ってたの?」
「当たり前じゃない。あ、大丈夫。お父さんには内緒にしてあるからね」
「ありがとう!」
お父さんにバレたらきっと行かせてくれない……。お母さんの優しさに感謝だ。
「それより、さっそくつけてみたら?」
「うん!」
いつもつけていた色つきリップを慌ててティッシュで拭うと、私はリップグロスのキャップを開けた。
鏡の前で唇に塗ってみると――リップに比べて鮮やかな赤い色が、なんだか背伸びしているみたいに見える……。
「変じゃない? 可愛い?」
「可愛いわよ」
そんな私を見て、お母さんはクスクスと笑う。
本当に大丈夫かともう一度、鏡を覗き込む。そこには、十四歳の私がいた。
昨日までの私とは違う、少し大人になった私。
今日、私は――大好きな男の子に、告白します。
「ふふ……ところで、時間は大丈夫なの?」
「え? あ……大変! もうこんな時間! それじゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね」
「はーい!」
慌てて家を飛び出すと、私は貴臣君との待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせ場所へと向かうと、そこにはすでに貴臣君の姿があった。
「ごめん、待たせちゃった……!」
「大丈夫だ、よ……」
私の声に、貴臣君は顔を上げると――何故か言葉が途切れた。
「どうかしたの……?」
「あ、や……なんか、いつもと感じが違うから」
「え……あ、グロスかな」
「グロス?」
「うん、お母さんから誕生日プレゼントにもらったの。……変かな?」
貴臣君の態度に、不安になる。
やっぱり似合わなかったんじゃないかとか、ちょっと派手すぎたかなとか……化粧をする女の子は嫌なのかな、とか……。
でも、そんな私の不安を吹き飛ばすように、貴臣君は目を逸らすと、小さな声で言った。
「可愛い」
「っ……」
「あまりに可愛いから、ビックリして声が出なくなっちゃった」
恥ずかしそうに笑う貴臣君に、私の心臓がどんどんと早くなっていくのを感じる。
たったこれだけで心臓がこんなになっちゃうのに、本当に告白なんてできるのかな……。
「美優……?」
「っ……なんでもない!」
「そう……? じゃあ、行こうか」
貴臣君が差し出した手をそっと握りしめると、私たちは歩き始めた。
「着いたよ」
「ここって、公園?」
連れて来てくれたのは少し歩いたところにある、自然が沢山ある大きな公園だった。
少し肌寒いけれど、二月にしては日差しが暖かいから、確かに外でも過ごしやすいけど……。
意外な場所に戸惑っていると、貴臣君は近くのベンチに座ると私を呼んだ。
「話がしたくてさ。それでここにしたんだ」
「そうなんだ」
確かに、ここなら広いから誰かに聞かれることもないし、話をするのにはちょうどいいのかもしれない。
隣に私が座ったのを見て、貴臣君が口を開こうとした。
でも、その前に――。
「み……」
「ちょっと待って」
そう言うと、私は貴臣君の言葉を遮った。
「え?」
「あのね、話の前に……私に、謝らせてほしいの」
「美優……?」
「そうじゃないと……貴臣君の隣にいる資格、ないから……」
「そんなの……」
気にしないで、と言おうとしたのかもしれない……。でも、その言葉を飲み込むと、貴臣君はしょうがないなと私の方を向いた。
「俺が気にしなくても、美優が気にするんだよね」
「うん」
「わかった」
ありがとう、と言った私に貴臣君は困ったように微笑む。
そんな貴臣君に、私は頭を下げた。
「この間は、本当にごめんなさい。貴臣君の気持ちを知っていたのに、あんな……。でも、傷付けるつもりはなかったの」
「うん、わかってる」
「え……?」
「どうせ美優のことだから、言いだせないうちに流されちゃったんでしょ」
「どうして……」
「わかるよ。……美優のこと、見てきたんだから」
貴臣君の声が優しくて、胸が苦しくなる。
でも、それよりなにより……私が貴臣君を傷付ける訳がないと、信じてくれていたことが、嬉しい……。
でも……。
「じゃあ……どうして……」
「ん?」
「どうしてあんな態度……」
「ああ、それは……」
恥ずかしそうに視線を外すと、貴臣君は口を開いた。
「分かってはいたけど、なんか悲しくって意地悪しちゃった。……ごめんね」
「っ……」
言葉にならなくて、必死に首を振る。
謝らせたいわけじゃない。だって本当に、悪いのは私なんだから……。
「でも、もう本当に気にしないで。それに――俺の方こそ謝らなきゃいけない」
「え……?」
「あの日、会いに行くのが遅くなってごめん……」
「お母さんから聞いたよ。おじいちゃんが亡くなったって」
「うん……でも、本当は連絡しようと思えばどうにかなったかもしれない。でも、そうしなかった」
「どうして……?」
やっぱり怒っていたから……?
そう尋ねた私に、貴臣君は小さく首を振った。
「もしかしたら、俺が来るのを待っていてくれるんじゃないかとそう思ったら、なんか嬉しくて……」
「貴臣君……」
「あと、本当はもう少し早く帰れる予定だったんだ。それが途中で渋滞にハマっちゃってあんな時間に……。こんなことなら連絡しておくんだったって、後悔したよ」
「そうだったんだ……」
「あんな目に合せてしまって、本当にごめん」
頭を下げる貴臣君の手をギュッと握りしめる。そんな私に気付いた貴臣君は、そっと顔を上げた。
「もう謝らないで」
「美優……」
「ね……?」
「うん……」
顔を見合わせて、私たちは小さく微笑んだ。
「……これで、話は終わりなんだけど」
「あ……」
そうだ、話がしたいからとここに来たんだった。
でも、その話が終わりということはもうこれで終わりになるのだろうか――。
もう少しだけ一緒にいたい。
だって、肝心なことを私はまだ伝えてないんだから。
「貴臣く……」
「このあと、まだ時間ある?」
「え……?」
「今からデートしよう!」
「……うん!」
その言葉に、私が嬉しそうに返事をすると、貴臣君はニッコリと笑った。
「はい」
「え……?」
「手、繋ごう」
差し出された手を、そっと握りしめる。
私たちは手を繋いだまま、二人並んで公園をあとにした。
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