第24話 傷付いた笑顔と告白と
翌日、朝からスマホを片手に、ああでもないこうでもないと悩み続けていた。
チョコの材料は昨日買い込んできたから、作るだけ。あとは……。
「貴臣君、見てくれるかな……」
私は、よしっと気合を入れると……相変わらず既読マークのつかないチャット画面を開けた。そして、一通のメッセージを送った。
『渡したいものがあるから会いたいです』
震える手で送信ボタンを押す。
すると……次の瞬間、既読マークがついた。
「っ……! 貴臣君……!」
けれど、返信は来ない。
でも、それでも……見てくれた……。
私は、続けてもう一通メッセージを送った。
『明日、二人で行った水族館の前で待ってます』
そのメッセージに既読マークはつかなかった。そして、どれだけ経っても返信が来ることはなかった。
それでもいい。
あとは、貴臣君が来てくれるのを、待つだけだから……。
私は買ってきた材料を冷蔵庫から取り出すと、キッチンへと向かった。
「あれ? 美優、何か作るの?」
「あ、あの……」
「もしかして、バレンタイン?」
「うん……」
キッチンで料理をしていたお母さんが、私の姿を見つけて嬉しそうに近寄ってくる。
「あらあらー。今年はあげないのかと思ってたわ」
「え……?」
「保君にでしょ? 結婚したし、さすがに微妙じゃないー?」
「ち、違うよ! たもっちゃんにじゃないよ!」
「あら、そうなの? お母さんてっきり……」
ふふふ、と笑うお母さんに何?と尋ねると……。
「それじゃあ、今年は本命チョコなのね?」
「っ……! もう、お母さんうるさい! あっち行ってて!」
「はいはい」
何故か嬉しそうなお母さんをリビングへと追いやると、私は用意していたレシピを見る。
お母さんの言う通り、たもっちゃんに毎年作っていたからお菓子作りは苦手じゃない。
でも、渡す相手が貴臣君だと思うと、どうしても緊張する。
「喜んでくれるといいな……」
来てくれないかもしれないことは、今は考えない。
そうじゃないと、甘いはずのブラウニーがしょっぱくなってしまうから……。
じんわりと熱くなった目頭を軽くこすると、私はそれ以上何も考えずに手を動かし続けた。
次の日、緊張からかいつもより早く目が覚めた。
カレンダーをチェックする。二月十四日、いよいよバレンタイン当日だ。
私は、鏡の前で念入りに服装をチェックすると、ラッピングしたブラウニーを持って家を出た。
駅に着くと、一人で切符を買ってホームに向かう。バレンタインデーだけあって、カップルでいっぱいだった。
あの日、貴臣君と一緒に乗った電車に今日は一人で乗ると、私は水族館へと向かった。
二人で来た時はあっという間に着いた気がしたけれど、一人で行く水族館への道は思った以上に遠かった。
「やっと着いた……」
入口近くのベンチに座ると、私は辺りを見回した。
「いない、か……」
貴臣君はいなかった。
スマホを見ても、メッセージは来ていない。
「……ううん、待つって決めたんだから、大丈夫! 貴臣君はきっと来てくれる!」
けれど、それから一時間経っても、二時間経っても、貴臣君が来ることはなかった。
「寒い……」
気が付くと、辺りは薄暗くなっていて……あんなにたくさんいたお客さんの姿もまばらになっていた。
「もうこんな時間なんだ……」
閉館前の最終入場のアナウンスが流れ始めた。
あと一時間だけ、もう一時間だけだから……自分自身に言い訳をしながら、それでも私はその場を動けずにいた。
もう、貴臣君は来ないのかもしれない……。
そんな考えが頭をよぎる――。でも、それでも……待つと、決めたから。
「冷たっ……え、あ……」
頬に何かが触れた。水滴のように感じたそれは――雪だった。
「バレンタインに雪だなんて、ロマンチック……」
帰り始めたお客さんたちも雪に気付いたのか、自然と距離が近付いていく。誰との距離も縮まることがないまま一人きりなのは、私だけだった……。
「っ……」
溢れそうになる涙を、必死に拭う。
水族館の、ライトが消えた。
「あ……」
もし、私が諦めて帰ってしまったとして、そのあとに貴臣君が来たら……? そう思うとこの場所を動けずにいた。でも……。
「バカだなぁ、私……」
「――ホントだよ」
すぐ傍から、誰かの声が聞こえた。
ううん、誰かじゃない。
この、声は――。
「貴臣君……」
「美優は、大馬鹿だよ」
ギュッと抱きしめられた身体の温度があまりにも温かくて……私は、その温もりに甘えるようにして、意識を手放してしまった。
そのあとのことは何も覚えていない。
けれど、貴臣君が呼んでくれたらしくたもっちゃんが車で家まで連れて帰ってくれたそうだ。
目が覚めた時にはもういなかったけれど、お母さんからお礼を言っておきなさいよと言われた。
「保君と、あと貴臣君だっけ? 彼、何回も謝ってたわよ。自分が行けなかったから、美優が倒れてしまったんだって」
「…………」
「彼ね、おじいちゃんが亡くなって県外にあるお父さんの実家に行ってたんだって」
「え……?」
「美優に連絡しなきゃと思ったらしいんだけど、慌てて家を出たから携帯電話を忘れて行っちゃったらしくて……。帰ってきて、あなたからのメッセージを見てびっくりして飛んで行ったんだって」
「そうだったんだ……」
それで、来れなかったんだ……。貴臣君にすっぽかされたわけじゃないと分かって、ホッとした。
ちなみに、風邪をひいてしまった私は、翌日から五日間、学校を休んだ。
たもっちゃんから事情を聞いたお姉ちゃんには心配されるどころか、呆れられ、そして怒られた……。
「あんた何やってんの!」
「お、お姉ちゃん……」
「みんなに心配かけて! 無茶してんじゃないの!」
「ごめんなさい……」
まだ熱の残る私の身体を抱きしめると、お姉ちゃんは涙声で言った。
「心配したんだからね……」
「ごめんね……」
私の意識がないと知らされたお姉ちゃんは、私に万が一のことがあったらどうしようと凄く心配してくれていたんだと、あとから聞いた。
結婚式の準備で忙しいお姉ちゃんにまで心配をかけてしまっただなんて……。
今度会ったら、もう一度ごめんねと謝ろう……。
ごめんね、といえば……貴臣君からもあの日ぶりに、メッセージが届いた。
『ごめんね』
そして、もう一通。
『二十日、十時に駅で待ってる』
と――。
二十日。前に約束していた、デートの日……。
もう一回、きちんと謝って、それで――。
今度こそ、貴臣君に伝えよう。
貴臣君のことが、大好きだと――。
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