第23話 傷付いた笑顔と告白と
あの日から、数日が経った。
ゆきちゃんとの関係は、いつも通り――とはいかず、どこかぎくしゃくしてしまっていた。
「お、はよう」
「う、ん……」
「…………」
教室に入ってきたゆきちゃんに声をかけたけれど、目を逸らされた。
一緒に登校してきたらしい美咲は困ったように笑うだけだった。
私とゆきちゃんの間で何かあったことは気付いているようだけれど、どちらの味方をするでもなく、何も言わないスタンスを貫いているみたいだ。
ただ――。
「もう少しだけ待ってあげてね」
そう言って寂しそうに微笑むだけだった。
そしてもう一人。貴臣君とも、あの日から連絡が取れずにいた。
いつもなら来るはずのメッセージも来ない。
あの日の夜、翌日の約束をなしにしてほしい、という連絡が来たのを最後に、私からのメッセージに既読を付けることもなくなった。
自分がしてしまったことが原因とはいえ……無視され続けるのは、苦しい。
「はぁ……」
解決策が見えないまま……日にちだけが過ぎて行った。
数日後、私は誰もいない放課後の教室にいた。
ゆきちゃんや美咲は先に教室を出て行った。追いかけようかと思ったけれど……また困らせるだけかと思うと、足がすくんで動くことができなかった。
結局――私はまだ、ゆきちゃんとも……そして貴臣君ともあのままの状態だった。
「はあぁ……」
「……どうしたの」
思わずため息をついていると――誰かが私に声をかけた。
この声は――。
「……ゆきちゃん!」
そこには帰ったはずのゆきちゃんと……美咲の姿があった。
「この間から溜息ばっかり。美優らしくないね」
「そう、かな……」
ゆきちゃんの後ろでは、美咲がよかったねというように笑っているのが見えた。
「……桜井君絡み?」
「え?」
「溜息の理由」
「あ……」
なんて言えばいいんだろう……。いくらなんでもここでゆきちゃんに貴臣君の話をするのは――。
「ひ、ひらい《い、いたい》……」
「今何考えてたか当ててあげようか」
「え……」
「フラれたばっかりのゆきちゃんに桜井君の相談なんてできないよね……でしょ」
「なんで……!?」
思わず口走った私を、ゆきちゃんは持っていたノートで軽く叩いた。
「バカ」
「だって……」
「もう、いいの。どうせフラれるってわかってて告白したんだから……」
「ゆきちゃん……」
「だから、遅くなっちゃったけど、話聞くよ。聞かせてくれるよね?」
ゆきちゃんの優しさが、伝わってくる。
「で、でもね……」
「何?」
ゆきちゃんは私の前の席に座ると、首をかしげる。
また怒らせたらどうしようって思うと、怖い。でも、これだけは伝えておかなくちゃ……。
私は、ゆきちゃんの顔を見ると、口を開いた。
「貴臣君のことだけじゃなくて……ゆきちゃんとこうやって話が出来なくて、寂しかった」
「美優……」
「傷付けて、本当にごめんなさい……」
「もう、いいよ。私も――酷いこと、いっぱい言ってごめんね」
そう言うとゆきちゃんは、滲みかけた涙を拭うと、優しく微笑んだ。
私は二人に、今までの出来事を包み隠さず話していた。
たもっちゃんにフラれた時のこと、それを貴臣君が慰めてくれたこと。
二人で行った水族館のこと。
そして――だんだんと、貴臣君に惹かれていったこと。
正直に、包み隠さず話すと、恥ずかしいけど、なんだか気持ちが軽くなるのを感じた。
「これで、全部だよ」
話し終えると、二人は……何故か私に怒っていた。
「なんでこれだけのことを、今まで黙ってたの!」
「ホントだよ! 酷い!」
「だ、だって……」
「「だってじゃない!」」
「ごめんなさい……」
二人の剣幕にたじたじになる私を見て、ゆきちゃんはため息をついた。
「もういいよ。これからは隠し事なしだよ?」
「わかった」
「よろしい」
ニッコリとゆきちゃんは笑う。
こんなふうに、笑う子だったっけ……。
私は、不思議な気持ちでゆきちゃんを見つめる。
前までのゆきちゃんはどちらかというと物静かで、うるさい美咲とは対照的な存在だった。
それなのに、今は――こんなにもキラキラと輝いている。
「ゆきちゃん、変わったね」
「え……? そうかな……?」
「確かに、前より明るくなった気がする」
「そうかな……だとしたら、二人のおかげかも」
「え……?」
ゆきちゃんは嬉しそうに笑う。
「明るくて前向きな二人と一緒にいたから、私まで影響されて前向きになっちゃった」
「ゆきちゃん……」
「なんだそりゃ」
ゆきちゃんの言葉に、美咲が笑う。
つられるようにして私も、そしてゆきちゃんも笑った。
こうやって三人で笑いあえるのはいつぶりだろう。
何気ないことが幸せで、私は鼻の奥がツンとなるのを感じた。
「――それで?」
「え?」
なごみはじめた空気を元に戻そうと、ゆきちゃんは口を開いた。
「これからどうするつもりなの? 桜井君のこと」
「どうしたらいいと思う……?」
何度も何度も考えた。
でも、貴臣君を怒らせたのは――ううん、傷付けたのは、私だ。
「連絡は? してみた?」
「うん……でも、既読にすらならない」
「じゃあ、教室に会いに行っちゃうとか!」
美咲が、名案を思い付いたとでも言うかのように、目を輝かせて言った。でも……。
「行ったの」
「え?」
「連絡が取れなくなった次の日、教室まで。でも……」
そう、あの次の日、私はA組まで貴臣君に会いに行った。
そして――A組の廊下の前で貴臣君に会うことができた。けれど――。
「貴臣君と目があったはずのに……私の存在に気付いていないみたいに無視して、通り過ぎたまま教室に入って行っちゃった」
「そんな……」
「追いかけなかったの?」
美咲は不服そうに言うけれど……でも……。
「怖かったの……。追いかけて、みんなが見ている前で拒絶されたらって思うと、怖くて追いかけられなかった……」
「美優……」
「私、どうしたらいいのかな……このままは、いやだよ……」
このまま、貴臣君との関係が終わってしまうなんて、嫌だ。だって、私はまだ、貴臣君に何も伝えていないのに……!
「じゃあ、告白しよう!」
「え……?」
「告白だよ! 告白」
美咲はスマホの画面にカレンダーを表示すると、私に見せた。
「ほら、明後日はバレンタインデーだよ!」
「バレンタインデー……」
「そう! 女の子から、好きな男の子に告白する日だよ!」
バレンタインのことなんて、今の今まですっかり忘れていたのに、そう言われるとその日しかない気がしてくる。
そうだ、バレンタイン。どうして思いつかなかったんだろう。
「私、チョコレート買ってくる!」
「何言ってんの! 本命チョコは作らなきゃ!」
「え、えええ!? 作る!? 本命チョコは作るの!?」
「そうだよ! 古今東西そう決まって……」
「――ないからね」
どんどんとテンションが上がっていく美咲を落ち着かせると、ゆきちゃんは苦笑しながら言った。
「手作りでも買うのでもどっちでもいいとは思うけど、美咲のいう通り、せっかくのバレンタインを逃す手はないんじゃないかな」
「ゆきちゃん……」
「でも……」
「でも?」
「桜井君、チョコレートいっぱいもらうだろうなー」
ため息をつきながら別棟を見るゆきちゃんにつられるようにして、私も視線をそちらに向ける。
「なんなら、もうバレンタインの予定も埋まってたりして」
「ゆ、ゆきちゃん!?」
「……なんちゃって」
可愛らしく舌を出すと、ゆきちゃんは笑った。
「いじわる言っちゃった」
「ゆきちゃん……」
「そんな顔しないの。でも、私だけじゃなくて、桜井君を好きな子、他にもいっぱいいると思うよ」
「……うん」
そうかもしれない。
貴臣君と過ごすようになってから、彼がモテることを知った。
二人で出かけていても、女の子の視線を感じることだって一度や二度じゃなかった。
そんな貴臣君だから、バレンタインにチョコを貰わないはずがないよね……。
「だからさ……バレンタイン、ちゃんと頑張ってきてね」
「ゆきちゃん……」
「ちゃんと告白して、両思いにならないとダメなんだからね」
「ありがとう……」
言葉の端々から、ゆきちゃんの優しさが伝わってくる。
あんなふうに傷付けてしまった私に、ゆきちゃんはこうやって笑いかけてくれる。
「ゆきちゃん、大好き……!」
「ありがとう。それ、私じゃなくて桜井君に言ってきてね」
「貴臣君にも大好きだけど……ゆきちゃんのことも大好き!」
「美優、私は?」
「美咲も大好き!」
ギュッと抱き付くと、ゆきちゃんはいい子いい子するかのように私の背中を撫でてくれた。
「美優なら、絶対大丈夫だから。頑張ってね」
「うん……ありがとう」
二人の優しさに背中を押されるようにして、私は教室をあとにした。
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